⑯ 別れの言葉

文字数 2,773文字

……どういう、こと?
 怒り、恐れ、悲しみ……ありとあらゆる負の感情に、アネキの声は震えていた。この現場、愛情のかけらも残さず去っていった恋人に、聞かずとも自分に計り知れない不条理が襲いかかっている予感があるのだろう。
……柴木先生は、敦を狙っている魔物だったの
円、あなたの弟には特別な事情が
彼と、敦や涙達は何か関係があるの?

 サクルドの言葉には聞く耳を持たず、さえぎる。アネキは、ティアーの言葉を求めているのだ。信じたいからこそ――そしてティアーの口から現実を突き付けられることで、受ける心の負荷が最悪のものになるとわかっていても。




高泉敦は特別な力を持って生まれた。

だから魔物に狙われる。


……だからあたし達は、彼を守るためにエメラードから出てきて、今ここにいる

 アネキの気持ちをわかっていて、ティアーはあえて直球の伝え方を選んだ。オブラートに包むとか、適度に虚飾をまじえた優しい伝え方ってものもあるだろう。だけど、ティアーにそれはできない。


 一年間の付き合いで、ティアーもアネキの性格をよくわかっているはずだ。悪気はなくても、自分の目的、してきたことはアネキを深く傷つける。理解していてもそうせざるをえないのは、真実を伝えることでしかアネキに対して償えることはないから。傷つけても、真実を告げることが何よりの誠意になる。そうして――

出ていって……あんたの顔なんか二度と見たくない!

 こうして、アネキの怒りを真っ向に受け止める以外、彼女にしてやれることはない。事実をティアーの都合でぼかして、アネキの感情のぶつけどころを奪えば、かえって彼女を苦しめる。俺にさえわかることがティアーにわからないはずもなかった。




 アネキは言葉で感情をぶつけるが、他人に身体的な暴力をぶつけることは苦手だから。心からの言葉をティアーに与えたものの、何をするでもなく、ただティアーを睨みつけた。

ごめんね、円……言い訳をする気はこれっぽっちもない。

だけど、あなたといた一年間、とても楽しかったよ

 静かに告げて、ティアーは去った。玄関の戸が閉まる音が確認できると、アネキもようやく動く。両手で顔を覆い、自室へと走り去った。




 居間に出て、散らかった窓ガラスを片付ける。アネキの部屋からは、押し殺した嗚咽が漏れてくる。


 俺も苦しかった。少し、泣きたい気分だった。それでももっと辛い思いをしているであろうふたりのことを想うと、どうしようもなかった。


 サクルドはすでに姿を消しているが、ヴァニッシュは獣姿のまま俺の後をついて回る。片付けを済ませて、また自室のベッドに上がると、そこにもついてきて言葉もなく共に過ごした。もう眠る気にもならない。




 なんとなく、ヴァニッシュの頭を撫でながらその表情を見てみる。狼のヴァニッシュの表情はどこまでも澄んでいて、俺に何も求めていないような気がする。言葉も、感情も。ただ側にいて、ティアーの代わりに俺を守っているのだろう。


 ――俺は、決断した。









アネキ、起きてるか?
 彼女の部屋の扉を二回、ノックする。もぞもぞと布団の動く音がして、電灯がつけられる。入っていいという意思表示ととらえることにする。
何よ

 涙でくたびれた風の顔には、もはや疲れしか見えなかった。一時的なものではあるだろうが、怒りも悲しみも抜け落ちてしまったかのように。




 空いている勉強机の椅子に腰を下ろすと、アネキの方から話を切り出した。

つっこまれる前に言っておくけど、あんたが悪いわけじゃないってことくらいわかってるから
許せないのはあくまで……涙さん、なんだよな
あんた、あの子の本当の名前、知ってるのね
 思わずティアー、と言いそうになって言葉に詰まったのを、見破られてしまった。彼女が魔物であるなら「海月涙」という名前が仮名であるのは、確かめるまでもないことだ。

親友だと思ってたのに……

あたしはあの子の本当の名前も、家も知らなかった。

本当に、利用されてただけなのね

みっともない弁解だと思ってくれていいけど、これだけは言わせて欲しいんだ。


アネキだって、最初から彼女を友達として必要としていたわけじゃないだろ? 

自分が孤立していないと外から見られないで済む、そういう気持ちで一緒にいたはずだ。

 だけど、そんな気持ちはお互いの接点だけで、今はアネキも彼女を心から親友だと思ってただろ? 


涙さんだってきっと同じだよ。

アネキだって知ってるじゃないか。

彼女は隠し事はしても、自分を偽ることは絶対しないって。

言葉にして伝えてくることに嘘はない、絶対に

 ティアーは最後、アネキと過ごした一年間は楽しかったと告げた。その言葉自体は嘘じゃない。だったらふたりは、やっぱり友達だったんじゃないかと思う。

わかってるわよ、そんなの。

だけどあたしだって、もう顔も見たくないって気持ちは嘘じゃない。

あたしの友達って顔して、頭の中ではあんたのことばっかり考えてたんだから

……そう言うと思ってたよ。

だから彼女は、俺が連れて行く。

父さんと母さんにはもう言ったけど、俺はこの島を出るよ

 俺の行方不明が知らされた時、両親はすぐに出張先から発ったそうで、夕方にはこちらへ戻ってきた。一日とはいえ仕事を切り上げさせてしまったのは悪いと思うけど、俺としては直接、事情を伝えてから出て行けることに安心した。
あいつらの島に行くってこと? エメラードへ?
そうだよ

わかってんの? 

人間が住めるような場所じゃないでしょう、あそこは。

勇んで行くつもりかもしれないけど、人間が生きていけるような場所じゃないかもしれないのよ?

 一応、心配はしてくれているらしい。政府間のものとはいえ交流のあるアクアマリンと違って、エメラードは人間には未知の世界だ。人間に都合よく開発され
た島に生きてきた者にとっては、自然のあるがまま手付かずになっているという、たったそれだけの情報が脅威であり、語り草になっている。

勇んでなんかないよ。

俺だって不安しかないけど、ここにいたら何度だって、

家族や周りの人間を巻き込むことになるかもしれないんだ。


だったらどうにかし
て、自分の身を守る方法を身に付けるしかない。

――この島で、自分の力で生きていける自信が出来るくらいの力を手に入れたら、

きっとすぐに戻ってくるよ

 エメラードがどんな場所なのか知らないが、俺の力を強化するためには魔物社会に入って鍛錬するしかないらしい。俺のいるせいで、豊のように目の前で殺され、アネキのように傷つけられるところを見せられるのはごめんだった。


 先のことはわからないが、今の気持ちとしては、俺だって生まれ故郷であるこの島が恋しい気持ちが強い。自衛の力を手に入れたらすぐに帰ってこよう。そうしてこれまでのように、一方的に脅かされることのない生活を取り戻してやるんだ。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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