⑯ 別れの言葉
文字数 2,773文字
サクルドの言葉には聞く耳を持たず、さえぎる。アネキは、ティアーの言葉を求めているのだ。信じたいからこそ――そしてティアーの口から現実を突き付けられることで、受ける心の負荷が最悪のものになるとわかっていても。
アネキの気持ちをわかっていて、ティアーはあえて直球の伝え方を選んだ。オブラートに包むとか、適度に虚飾をまじえた優しい伝え方ってものもあるだろう。だけど、ティアーにそれはできない。
一年間の付き合いで、ティアーもアネキの性格をよくわかっているはずだ。悪気はなくても、自分の目的、してきたことはアネキを深く傷つける。理解していてもそうせざるをえないのは、真実を伝えることでしかアネキに対して償えることはないから。傷つけても、真実を告げることが何よりの誠意になる。そうして――
こうして、アネキの怒りを真っ向に受け止める以外、彼女にしてやれることはない。事実をティアーの都合でぼかして、アネキの感情のぶつけどころを奪えば、かえって彼女を苦しめる。俺にさえわかることがティアーにわからないはずもなかった。
アネキは言葉で感情をぶつけるが、他人に身体的な暴力をぶつけることは苦手だから。心からの言葉をティアーに与えたものの、何をするでもなく、ただティアーを睨みつけた。
静かに告げて、ティアーは去った。玄関の戸が閉まる音が確認できると、アネキもようやく動く。両手で顔を覆い、自室へと走り去った。
居間に出て、散らかった窓ガラスを片付ける。アネキの部屋からは、押し殺した嗚咽が漏れてくる。
俺も苦しかった。少し、泣きたい気分だった。それでももっと辛い思いをしているであろうふたりのことを想うと、どうしようもなかった。
サクルドはすでに姿を消しているが、ヴァニッシュは獣姿のまま俺の後をついて回る。片付けを済ませて、また自室のベッドに上がると、そこにもついてきて言葉もなく共に過ごした。もう眠る気にもならない。
なんとなく、ヴァニッシュの頭を撫でながらその表情を見てみる。狼のヴァニッシュの表情はどこまでも澄んでいて、俺に何も求めていないような気がする。言葉も、感情も。ただ側にいて、ティアーの代わりに俺を守っているのだろう。
――俺は、決断した。
涙でくたびれた風の顔には、もはや疲れしか見えなかった。一時的なものではあるだろうが、怒りも悲しみも抜け落ちてしまったかのように。
空いている勉強机の椅子に腰を下ろすと、アネキの方から話を切り出した。
みっともない弁解だと思ってくれていいけど、これだけは言わせて欲しいんだ。
アネキだって、最初から彼女を友達として必要としていたわけじゃないだろ?
自分が孤立していないと外から見られないで済む、そういう気持ちで一緒にいたはずだ。
だけど、そんな気持ちはお互いの接点だけで、今はアネキも彼女を心から親友だと思ってただろ?
涙さんだってきっと同じだよ。
アネキだって知ってるじゃないか。
彼女は隠し事はしても、自分を偽ることは絶対しないって。
言葉にして伝えてくることに嘘はない、絶対に
た島に生きてきた者にとっては、自然のあるがまま手付かずになっているという、たったそれだけの情報が脅威であり、語り草になっている。
勇んでなんかないよ。
俺だって不安しかないけど、ここにいたら何度だって、
家族や周りの人間を巻き込むことになるかもしれないんだ。
だったらどうにかし
て、自分の身を守る方法を身に付けるしかない。
――この島で、自分の力で生きていける自信が出来るくらいの力を手に入れたら、
きっとすぐに戻ってくるよ
エメラードがどんな場所なのか知らないが、俺の力を強化するためには魔物社会に入って鍛錬するしかないらしい。俺のいるせいで、豊のように目の前で殺され、アネキのように傷つけられるところを見せられるのはごめんだった。
先のことはわからないが、今の気持ちとしては、俺だって生まれ故郷であるこの島が恋しい気持ちが強い。自衛の力を手に入れたらすぐに帰ってこよう。そうしてこれまでのように、一方的に脅かされることのない生活を取り戻してやるんだ。