39/ 鎮魂歌(レクイエム)

文字数 3,500文字

かつてオレと彼女が愛し合っていたのは本当だけどな、

今の彼女には心もなければ反応もない。

もう百年になったかな、頭を別の生き物に乗っ取られているんだ。

ブロッブって生き物のこと、聞かされたかい

いいや

液状の体をした魔物なんだが、見かけによらず無駄に頭が良くってな。

肉体を食らうやつ、鼻から入り込んで脳みそを占拠するやつと色々いるんだ。


ローナは後者だ。

このタイプは宿主が死なない程度に脳みそをかじって、肉体を乗っ取るのさ。

後は寿命がくるまで生かさず殺さずってことだ

それじゃあもう、ローナさんはいないようなものなんじゃないか
 すでに体を動かす自由も、思考する自由もブロッブとやらに奪われているのなら。彼女の名残は外見だけだし、かつてはこんな活力のない表情ではなかっただろう。

そうだな。この体は抜けがら同然で、

オレの愛した彼女はもうどこにもいないのかもしれない

 あっけらかんとした調子で、アッキ―は答える。

でも、あきらめきれないんだよなぁ。

脳の形は大部分が残っているもんだから、何とか修復出来ないものか。

そう思って、魔物、人間、思いつく限りの色んな生き物の肉体構造について調べてきた。

そんで、行き着いた先がアンデッド種の研究だった

 俺達が話している最中も、ローナの歌声は止むことがない。リズムも声の大きさも変わらない、まるで壊れて止まらなくたった音楽プレイヤーのようだった。

ヴァンパイアやワ―・ウルフは、一旦死んだ肉体が何らかの働きで蘇る。

心も体も自由のまま。


この仕組みを解明すれば、死者、あるいは死にかけの生物を蘇生か修復が出来るかもしれない。

研究の内容柄、まぁ倫理的にどうよ、ってことにも手を出してきた。


トールはその研究成果の、現状では終着点みたいなもんだ。

目標に掲げていた、死人の完全再生を成し遂げたんだからな

でも、死んだ人間がそう簡単に蘇ったら大変なことになると思うんだけど
 人間は、いつか必ず死ぬ。長く生きてもせいぜいが百年。魔物の寿命は長短が種族によってバラバラで、一年しか生きない種族もいればライトのように千年生きる種族もいるのだという。
 別れは悲しいに決まっているが、死はひとつの区切りだ。衰えていく体を抱えて永遠に生きることなど出来ないし。仮に出来たとしてもそんなにも弱って生き長らえる。あるいは自分の見知った人々に置き去りにされて自分だけ生き延びるのは、幸せなことといえるのだろうか。

 ……なんて理屈は、全ての生き物に時間が平等だったら、という前提だけどな……誰もが健康で、不慮の事故にも遭わず、寿命が尽きるまで元気に幸せに生きられるのだったら。
もちろん、簡単にはいかないさ
 アッキ―は、出会いからここまでに一切の淀みなく話してきた。非道な行いだと言いながらも、確かな信念がそこにあるのだろう。愛する人を取り戻すための努力に後悔はないという。

ひとつの命の死を覆すためには、同等の命を代替に差し出す必要がある。

生者と死者の命を取り換えるってわけだ。


実験材料が尽きると、俺は人間の島へと出向く。

幸い、この体のつくりなら衣服で隠せる。


人間は魔物よりも死に対しての感情処理に脆いところがあるようでな。

自分を犠牲にしても誰かを蘇らせたいと思っているのはそこいら中にいるのさ。


トールの両親もそうだった。


彼らにゴーレム化の技術について話したら、何の迷いもなく、

自分達の命で息子を蘇らせてやってくれと懇願されたよ

 かと言って、かつて親密にしてきた人達がその所行の犠牲になって、はいそうですかと納得出来るはずもなかった。
あーつーしーさーまっ
 唐突に、言葉通り目の前にサクルドの顔があった。常より若干大げさに、はしゃいだような笑顔を見せて。

(  感情を乱してはいけません。

彼にどのようなルーツがあったとしても、

アッキ―のおかげでティアーが助かったことは事実なのだから  )

 その実、笑顔の裏では俺にしか届かない叱責を送りつけてくる。
おや、君は?

はじめまして、アッキ―。

わたしはサクルド。

敦さまにお仕えしております

へえ、そうなの。よろしく
 アッキ―はどうでもよさそうにやり取りをしながら緩慢に動き、ローナの前でしゃがみこんだ。かつて……いや今だって、恋仲だった男が目の前にいても、彼女の瞳はアッキ―を映さない。透明なガラス玉を通り抜けるように、ローナの目は誰も見ていなかった。
 話の流れ、というか場の空気を変えたくて、適当に疑問を投げてみる。
その……ローナが歌っているのは?
これはティネスを送るために奏でられた曲だよ
ティネス?

……源泉竜さまの第一子。

すなわち人類の最初のひとりですね

なにぶん、最初だからな。

丈夫な体に生まれなくって、

十年経つか経たないかで死んでしまった子なんだ。


それでも前向きで、声かけるとにっこり笑ってな。

そのティネスがさ、毎日のように何か口ずさんでいた。

今、ローナがそうしているように。

けれども弱ってくるとそう元気に声を出せなくなって、歌うこともなくなっていった

ティネスには、連れ添いとして第二子のクークさまが仕えておられました。

ティネスが弱く生まれてしまった反省を込めて、

現在の人間と較べてもなお頑強であるように作られました。

その彼が、ティネスの生きた証を残したいと。

彼女の口ずさんだメロディをきちんと形にしようと願ったのです

そんで生まれたのがオレ達、パンってわけでな。

オレ達は笛を抱えて生まれてくる。

暇さえあればいつだって笛でこの曲を奏でるのさ。

その笛はパンにとっては半身のようなもんで、片時も手放すことはない

ふーん……アッキ―の笛はどういうの?
もう持ってないよ。手放してしまったから
 アッキ―はその後を告げない。ここで終わられると先の説明と矛盾するだろうに。

敦さま。実はこの場所、ローナが守っていた地脈なんです。

地脈というのは大地に流れる魔力――

このエメラードは源泉竜さまの領地でしたから、源泉竜さまの魔力が今も大地に息づいています。

ニンフというのは大地であったり大樹であったり、そうした自然の魔力の化身です

えーと……ニンフっていうのは、自分が生まれた地脈を守っているんだな

そういうことです。地脈は魔術道具を作るのに活用出来ますが、

そこで生まれたニンフを殺めてしまうとバランスを崩し災害を起こすこともあります。

だから優秀な魔術使いはニンフと契約し、持ちつ持たれつの関係を築くことが多いんです。

……だからこそ、今のようなローナの状態は危険がありました

 言いながらサクルドは、ローナの目の高さまで動き、右へ左へ適当に移動してみせる。案の定、ローナの眼球はぴくりとも動かず、サクルドの行動を気にも止めない。

あー……、なんだ。

ローナごと地脈を自分の好きにしちまおうって輩が出てくるだろうな

 サクルドが言葉を続けないのを察して、しぶしぶといった感じでアッキ―が話し始める。

そういうのはごめんだったから、オレが先にそうしちまったってことさ。

オレが彼女からこの地脈を奪った。

当然、そんなこと簡単に出来るわけじゃない。

パンにとっては自分の半身とも言える笛を、この地脈に捧げるのと引き換えにな

 アッキ―の言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、
んん~……っ

 ローナの膝枕と、子守歌のような音色に包まれて眠っていたティアーが、身じろぎをした。もぞもぞと左右に寝返りをうち、狼の耳がぴくぴくと動く。左腕で思いっきり伸びをしたと思うと、黒い瞳がすっきり開いた。




敦だ! 久しぶりだね!

 寝起きの良い彼女らしく、気持ちの良い笑顔で跳ねるように立ち上がった。




もう具合はいいの?

それはこっちの台詞だって。

腕、もう平気なのか?

ばっちりだよ! 

ライトが手伝ってくれるっていうし、今日から狩りもしないと。

アッキ―にお礼もしなくちゃいけないしね

一応、今夜もティアーはここで休むんだ。

せっかくだから君も泊まるかい?

え、いいの?

見ての通り、ここはスペースに余裕がある。

ひとりやふたり増えるくらいどうってことないさ

ここは魔力で満ちてて寝心地がいいんだよー。

あ、敦は魔物じゃないから関係ないかもだけど

 ほのかな賑わいの中で、注目の中心から外れても、ローナは一人で歌い続ける。用は済んだとばかりにサクルドは姿を消していた。
ねぇ、トールともう話した?
ああ、挨拶くらいは

何年かぶりなんだよね。

積もる話もあるって感じ?

まあねー……
 忘れていたわけじゃないけど、透のこともあるんだった。ほんの少し疲れも見えるけれど、いつも通りに元気なティアーの様子に俺は安心して、悪く言えば気が抜けた。彼女と別れてから数日の気疲れが抜け落ちるようだった。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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