38/ 石に囲われた小屋
文字数 3,895文字
扉も石で出来ていて、薄い板状をしているらしい。人間のように機械を使えるわけでもあるまいし、どうやって石か岩を板状に出来るのか想像も出来ないが。さらにその扉にはびっしりと魔術式が刻まれている。
本当は
男の子みたいな名前だからって嫌がるんだ。
だからみんなにミクちゃんって呼んでもらってるんだって。
ぼくより先にゴーレム化の実験をしたんだけど、
どっちかっていうと失敗だったみたいで。
日光の魔力供給だと体が保たないから、
昼間は小屋に閉じこもってるしかないんだよ
控えめながらもにこやかに応対していた透の表情が、ひやりと凍りついたようになる。何と答えるのか、唇が動いた刹那に。
ライトは首を傾げているが、おそらく見間違いではないのだろう。いろんな意味で喜んでいる場合じゃないっていうのに、俺も現金というか不謹慎というか……。
換気扇があるわけでもないから、入り口を開放したくらいでは小屋にこもった悪臭を完全には取り去れなかった。口呼吸に頼り鼻息を止めれば耐えられる程度に落ち着いただけましなのだろう、きっと。
ちょうど暗がりになっている場所に居て姿は見えないが、小屋の隅から人の息遣いが流れてくる。走った後のように大げさに荒いわけではないが、湿った息遣いだとすぐにわかる音で、いかにも具合が悪そうだと思う。
穴に収まった状態の本人に訊かれたら、たいていは後でいいと思んじゃないだろうか。
ツタを頼りに下りた先は思いのほか広々としていて、少なくとも小屋の面積の三倍以上はあるだろう。ライトが立っていても天井までにいくらか余裕がある。足の着いた地点は隅っこのようで、空間の中央は地面から生えて天井までつながっている無数のツタに囲われている。
岩を積んだ層のような壁に、地面にはでかでかと魔術式を描くように並べられた小石。想像するに、小屋の周囲に広がっていた岩場にあって、ここだけはぽっかり穴が空いているような状態だったんじゃないだろうか。その上にどうにか石で小屋を建てた。わざわざこんな不便そうな岩平原を選んだ理由ばっかりは、俺の知識だけで推測しようがない。
おそらく先ほど透がしたのと似たような仕掛けでもあるのだろう。彼のために出口を作ったような動きでツタの群れがかき分けられ、けだるい表情の男が出てきた。用をなしたのだろう、やはり自動的にツタは元の形に戻る。
男は、これまたわかりやすく魔物の様相をしている。こげ茶の髪で隠しようがない、大きな二本の角が頭に立っている。服の類は身につけておらず、髪色とお揃いの毛が下半身を覆っている。角と足の形を見るに……なんとなくだけど、羊男って感じだろうか。
表情からはやる気というものが感じられないが、瞳は魔力があらわれているのだろうとわかる金色で、その美しさが何となくアンバランスだと思う。
オレはアンデッド種の研究をしてるとはいえ、ワ―・ウルフの修復ってのは厄介でな。
トールみたいに完全に死んでるんならゴーレム絡みの魔術でなんとでもなるんだが。
とはいえ、容態を見るに明日には元気に帰れるんじゃないかね。
とりあえず、顔見ておくかい?
ちょうど寝かしつけたところなんで静かにな
促されるままツタの内に入ると、かすかに声が聞こえた。いや、声というより……歌だ。歌詞はなく鼻歌のようなものだが、メロディらしき規則性は感じられる。
ツタで囲われているので筒の中にでもいるような感覚の、こじんまりとした空間――俺達の暮らすツリーハウスの小屋の中よりやや広く感じる。発光するツタのおかげでほのかに明るい――その真ん中に、こちらに背を向けた女性が座っている。艶のないくすんだ灰色をした、腰までの長さのロングへアー。身体のラインが見えにくい、ローブのようなベージュのワンピースをまとっている。
横たわるティアーの体も見えているので、おそらく膝枕をしているのだろう。ティアーは眠っているのだから、歌っているのは彼女のはずだ。
音を立てないように慎重に歩き、彼女達の前へ回り込む。ティアーはおろか、女性にも反応はない。そも、彼女とは目が合わなかった。
どこも見ていないような茶色の瞳、笑みの形こそしているもののしまりのない口からは細くよだれを垂らしている。目が大きめだからか美人というよりは愛敬のある顔立ちをしている。
数日ぶりに見るティアーの姿からは疲れが感じられ、やるせない思いが込み上げてくる。たった数日でやや肉が落ちたようにやつれて見えた。ティアーが失っ たのは右腕だったようで、二の腕から包帯でぐるぐる巻きにされていた。横に投げ出した左手は、透が言っていたように何かを握りしめている。
いんや。人づてに聞いたもんだから実感はないんだが、
結婚ていうのは夫婦関係にあったら他の人間と子作りはしちゃいけないとか、
子供がいると援助金が貰えるとか、そういう取り決めのためにあるものなんだろ?
魔物にはそういったしがらみはないから、結婚も夫婦もないよ。
子孫というのは機会さえあればいく らでも残しておいた方がいい。
世の中何が起こるかわからんからな