38/ 石に囲われた小屋

文字数 3,895文字

 積もる話はさておいてと前置きしてから、透は手招きをして俺を誘った――本人にとってはどうでもいいことなのかもしれないが、胸から腹まで開けた状態で歩き回られるのは見ていてちょっと落ち着かない――それに従って着いた場所は、石小屋の入り口の前だ。

 扉も石で出来ていて、薄い板状をしているらしい。人間のように機械を使えるわけでもあるまいし、どうやって石か岩を板状に出来るのか想像も出来ないが。さらにその扉にはびっしりと魔術式が刻まれている。
ミクちゃーん、開けるよー
 コンコン、間を開けてまたコンコン、透は拳で計四回戸を叩く。さらに数秒の間を置くと、透は両手のひらを扉に押し付けた。すると、石の扉は消失し、同時に小屋の内からは何やらこもった匂いが噴出して、俺は腕で鼻をかばう。
もう中に入っていいのか?

まだだけど、この匂いは敦くんには慣れないかなーと思って。

換気してるんだ

 石小屋の中は薄明るい。天井からツタがぶら下がっていて、中央に空いたそこそこ大きな穴に続いている、そのツタがかすかに光を放っているからだ。
ミクちゃんってのは?

本当は(たくみ)ちゃんっていうんだけど、

男の子みたいな名前だからって嫌がるんだ。

だからみんなにミクちゃんって呼んでもらってるんだって。


ぼくより先にゴーレム化の実験をしたんだけど、

どっちかっていうと失敗だったみたいで。

日光の魔力供給だと体が保たないから、

昼間は小屋に閉じこもってるしかないんだよ

 透の話し口は時にまどろっこしいところがあって、肝心な部分が後回しになったりはぐらかしたりする。今回は後者のような気がしたから、

ゴーレム化っていうのを、透も受けたのか? 

だからエメラードにいるのか

 自分から本題を切り出すことにした。

――うん。そうだよ。

ティアー達と同じで、ぼくも一回死んでるよ。

それをアッキ―に助けてもらって、ここで暮らしてるんだ

渡にいちゃんや、お父さん、お母さんはどうしてるんだ

 控えめながらもにこやかに応対していた透の表情が、ひやりと凍りついたようになる。何と答えるのか、唇が動いた刹那に。

おう、敦! 

アッキ―が入っていいってさ!

 室内の穴からライトが顔を出し、呼び掛けた。

それじゃあ、ぼくはまたひなたぼっこしてようかな。

心配しなくても、君が気にしてることは後できちんと答えるから。

早くティアーに顔見せてあげなよ。

あ、それとさ

 にやり、茶化すような笑顔は実に透らしくなくて新鮮だ。しかしどこか不慣れというか、からかうには毒気が足りないぞと言いたくなるような微笑ましさがある。さわやかな奴は何をやらせてもさわやかになるってか。

ティアーが持ってる小瓶、敦くんがあげたんだって? 

彼女、あれをさ。

無事な方の手でぎゅーっと握りしめちゃって放さなかったんだよ






ん? どしたんだよ敦
どうって、何が?

いやぁ、一瞬、顔がゆるんでるように見えてさ。

気のせいかねぇ

 ライトは首を傾げているが、おそらく見間違いではないのだろう。いろんな意味で喜んでいる場合じゃないっていうのに、俺も現金というか不謹慎というか……。




 換気扇があるわけでもないから、入り口を開放したくらいでは小屋にこもった悪臭を完全には取り去れなかった。口呼吸に頼り鼻息を止めれば耐えられる程度に落ち着いただけましなのだろう、きっと。


 ちょうど暗がりになっている場所に居て姿は見えないが、小屋の隅から人の息遣いが流れてくる。走った後のように大げさに荒いわけではないが、湿った息遣いだとすぐにわかる音で、いかにも具合が悪そうだと思う。




ティアーは今、寝かせてるからな。静かにな
わかった
おいらの後に続くか先に下りるか、どっちがいい?
後でいいや

 穴に収まった状態の本人に訊かれたら、たいていは後でいいと思んじゃないだろうか。




 ツタを頼りに下りた先は思いのほか広々としていて、少なくとも小屋の面積の三倍以上はあるだろう。ライトが立っていても天井までにいくらか余裕がある。足の着いた地点は隅っこのようで、空間の中央は地面から生えて天井までつながっている無数のツタに囲われている。


 岩を積んだ層のような壁に、地面にはでかでかと魔術式を描くように並べられた小石。想像するに、小屋の周囲に広がっていた岩場にあって、ここだけはぽっかり穴が空いているような状態だったんじゃないだろうか。その上にどうにか石で小屋を建てた。わざわざこんな不便そうな岩平原を選んだ理由ばっかりは、俺の知識だけで推測しようがない。

遠路はるばるご苦労さん

 おそらく先ほど透がしたのと似たような仕掛けでもあるのだろう。彼のために出口を作ったような動きでツタの群れがかき分けられ、けだるい表情の男が出てきた。用をなしたのだろう、やはり自動的にツタは元の形に戻る。




 男は、これまたわかりやすく魔物の様相をしている。こげ茶の髪で隠しようがない、大きな二本の角が頭に立っている。服の類は身につけておらず、髪色とお揃いの毛が下半身を覆っている。角と足の形を見るに……なんとなくだけど、羊男って感じだろうか。


 表情からはやる気というものが感じられないが、瞳は魔力があらわれているのだろうとわかる金色で、その美しさが何となくアンバランスだと思う。

オレの名はアッキ―。

パンという、まぁ魔物としちゃあこれといって売りのない弱種族さ

 話しながら、アッキ―は口の端で何かの葉っぱを噛んでいる。ライトもたまにやっているが、人間でいうところのたばこのような嗜好品らしい。たばこと違って体に害はないそうだけど。
嘘つけ。特徴ないってこたぁないだろ
そこんところを言及したところでオレとはもう無関係だと思ってな
 アッキ―は俺と背丈も大差なく、きっと小柄な種族なんだろうと思う。ライトも体格差を気にかけているのか、時折あらわれる話しながら相手の体を叩く癖が――俺もたまにばしばしと背中を叩かれて思わず咳込むことがあって困っている。ライトに心を許している気配のあるベルでさえ、そうされる時はさすがにご立腹で、巨人の体を抱え上げて投げ飛ばしてみせたりする――小指で肩をつつく程度に控えられていた。

あ、俺の名は敦。

ティアーの様子はどうですか

 慌ててこちらからも名乗ってみるが、焦ったからか思わず相手の自己紹介に倣ってしまう。あまり人間らしくない名乗り方に、相手が気にしているわけがないと思いつつ何となく恥ずかしい。

そのティアーからオマエのことは聞いてるよ。

ティアーの方は、まぁ……心配するな、とは言わないが

ひどいんですか!?

オレはアンデッド種の研究をしてるとはいえ、ワ―・ウルフの修復ってのは厄介でな。

トールみたいに完全に死んでるんならゴーレム絡みの魔術でなんとでもなるんだが。

とはいえ、容態を見るに明日には元気に帰れるんじゃないかね。

とりあえず、顔見ておくかい? 

ちょうど寝かしつけたところなんで静かにな

 アッキ―がツタに片手を触れると、人ひとりが通れそうな隙間が開かれた。

 促されるままツタの内に入ると、かすかに声が聞こえた。いや、声というより……歌だ。歌詞はなく鼻歌のようなものだが、メロディらしき規則性は感じられる。
 ツタで囲われているので筒の中にでもいるような感覚の、こじんまりとした空間――俺達の暮らすツリーハウスの小屋の中よりやや広く感じる。発光するツタのおかげでほのかに明るい――その真ん中に、こちらに背を向けた女性が座っている。艶のないくすんだ灰色をした、腰までの長さのロングへアー。身体のラインが見えにくい、ローブのようなベージュのワンピースをまとっている。
 横たわるティアーの体も見えているので、おそらく膝枕をしているのだろう。ティアーは眠っているのだから、歌っているのは彼女のはずだ。

 音を立てないように慎重に歩き、彼女達の前へ回り込む。ティアーはおろか、女性にも反応はない。そも、彼女とは目が合わなかった。
 どこも見ていないような茶色の瞳、笑みの形こそしているもののしまりのない口からは細くよだれを垂らしている。目が大きめだからか美人というよりは愛敬のある顔立ちをしている。
 数日ぶりに見るティアーの姿からは疲れが感じられ、やるせない思いが込み上げてくる。たった数日でやや肉が落ちたようにやつれて見えた。ティアーが失っ たのは右腕だったようで、二の腕から包帯でぐるぐる巻きにされていた。横に投げ出した左手は、透が言っていたように何かを握りしめている。

察しているようだが、彼女に挨拶はいらないよ
 すでに存在しない入り口から動かないまま、アッキ―が告げる。

彼女の名はローナ。オレの奥さんだ
魔物にも結婚ってあるんだ

いんや。人づてに聞いたもんだから実感はないんだが、

結婚ていうのは夫婦関係にあったら他の人間と子作りはしちゃいけないとか、

子供がいると援助金が貰えるとか、そういう取り決めのためにあるものなんだろ? 


魔物にはそういったしがらみはないから、結婚も夫婦もないよ。

子孫というのは機会さえあればいく らでも残しておいた方がいい。

世の中何が起こるかわからんからな

しがらみ、かー……
 誰かを好きになって、その人と家庭を持ちたいっていうのはしがらみなんだろうか。もちろん、世の中幸せな結婚ばかりじゃないってくらい、俺にだってわかってはいるんだけど……。

つまり、ライトから人間のそういう習慣を聞かされて、

オレが勝手にそう触れまわってるだけなのさ。

ローナが反論しないのをいいことにな

反論しない?
 反論どころか、ローナの様子からは、たとえ何をされても反応さえ返さない予感がある。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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