25/ エリス

文字数 2,789文字

 ティアー達が仲間と共に生活してきた拠点。それが、ここだ。




 当たり前と言えば当たり前だけど、ここは人間の島にあった彼らの住まいよりよほど質素だった。あちらと違って館と呼べるようなものではなく、シンプルな小屋といったところだ――それが地面ではなく、中空に位置していることを除けば。


 今いる四人で両手を広げて囲んでも、おそらく到底足りないというくらいの太さの幹。その枝分かれするすぐ下、幹に貫かれるような形で小屋が建っている。さらにその木を包囲するように足場が作られている。


 それらは全て丸太のみで構成されていて、太めのロープで固定してある。ちょっとやそっとの風ならびくともしないだろう。


 下に落ちる葉をつまんで、見る。手のひら型のカエデの葉の出来そこないのような形をしている。




 足場の真下まで案内されて、改めて構造等を確かめてみる。大黒柱となる大樹に、丸太で逆さの三角すいを作るように土台を組み立てているのがわかった。それが足場であり、その上に幹を囲むように小屋を建てたわけだ。


 ……ただでさえ中空という高さにあって、決して軽くはない丸太を用い、ある程度の頑丈さを確保するためにきつくロープで縛る。重機などあるはずもないから、間違いなく人間技ではないなと思った。




 足場の一角に、人ひとり通り抜けられそうな隙間が空いていて、縄ばしごがぶら下がっている。狼のままじゃあヴァニッシュは上がれないんじゃないかと思ったら、彼は地上の見張りとして下に残るらしい。


 俺が戦う術をじゅうぶんに習得したら、下の見張りは必要なくなるらしい。言葉での礼の代わりにヴァニッシュの頭を撫でてから、俺は縄ばしごを掴んだ。




 正直、何時間も森を歩いてきてへとへとになったところでの縄ばしごはきつい。ふっと腕の力が抜けそうになり、肝を冷やしながらまた縄を握る手に力を込める。


 足場にたどり着くと、いよいよ膝立ちのまま身体が言うことをきかなくなってしまった。もう体裁なんて気にしていられないな、こりゃ。




お疲れさま。

今日はもうゆっくりしていていいからね

そうね。明日からはさっそく働いてもらうことになるけど
ティアーからのいたわりの言葉に続く、疲れた身体にしみるような凛とした台詞に思わず気が遠くなる。その場に腰をおろして声のした方を見上げると、小屋の陰から女の人が姿を現した。



 耳は細長く先が尖り、目は深みのある青。女性にしては背が高く、頭の高いところで髪をバンダナで結わえてうなじあたりまでのポニ―テールにしているので、なおさら長身が際立っている。


 そして、一目で人間じゃないとわかる特徴は衣服にある。上は鎖骨のあたりから、下はへそのあたりから、それぞれ大きめのハンカチーフくらいの白い布が同化しているのだ。要するに、服を着ているというよりは生えている。


 すらりと長く見える足には、左が長く右が短く、不揃いの皮を巻き紐で結んで固定している。




はじめまして、お二方。

こちらはエリス。

その名のままに呼んで頂戴

 右の手のひらを胸に押し付けるようにしながら、彼女は告げる。独特な自己紹介に一瞬戸惑うが、エリスというのが名前で間違いないと思う。

ソース、あなたの名はティアーから飽きるほど聞かされたわ。

そこのヴァンパイア、名は?

ユイノだ

ユイノ、あなたはもうそこの小屋でお休みなさい。

ベルと一緒に。

ヴァンパイア同士、生活時間は重なることが多いだろうし、

せっかくだから仲良くしてやってね

……ああ
 何故か気乗りしないような顔をして、豊は小屋へ引っ込んだ。
さて、と

 一息つくと、エリスはぐるりと辺りを見渡した。つられて俺も、視線を巡らせる。


 周囲の景観を見ようとすると、この場所からツリーハウスの基礎組みは見えないので、本当に宙に浮いているような感覚があった。森の中にあって、ここだけが切り離された空間であるかのように。

ライトもまだ戻りそうにないし、少しお話しましょうか。

あなたとエリス達の、これからのこと

 エリスは、何のためらいもなく尻から着地した。その動作にしても、床から振動が伝わってこないことにしても、彼女の身体には体重がないのだろうか。
進路指南所?
 それが所長・ベルを筆頭とした、ティアー達の集まりの呼び名らしい。

そう。あんまり俗っぽい名前なものだから、

皆そういった疑わしげな顔をするわ。

人間の島で生まれ育ったソースにとってわかりやすいように、という配慮なのに

 ぴしっと、人差し指で俺の顔をさしながらエリスは言う。魔物の世界では他人を指さすのは無礼に当たらないんですよ、と、サクルドの声が届いてくる。おそらく、俺にだけ。ほんの少し疑問に思っただけでもわざわざ反応してくれるのはありがたいな。

あたし達の本当の役目は、ソースを護衛することじゃないんだ。

ソースが魔物に狙われながらでも、ひとりで生きていけるように、

術なり魔物のことなりを教えてあげるのが目的なの

知識はエリスが、技術はライトが、そして荒事はベルが担う。

フェナサイトへ出張してソースを確保するのに、必要に応じて仲間を増やす。

こういう形でやってきて、もう四百年ほどになるかしら

 エリスの一人称は、自分自身の名前なんだろう。……人間の島では、いい歳して自分を名前で呼ぶ人間はあまり愉快な気はしないという人も多い。しかし、エリスがそうしていても子供じみた感じは一切しないのが不思議だ。

ソースに実力がついてきたら、ソースの力を持った人間として生きていく上で、

参考になるだろう情報を提供する。それも済んだら、その後の人生をどう過ごすかは

エリス達は一切関与しないわ。

人間なり魔物なりと戦う修羅の道を選ぼうが、エリス達は止めはしない

ただし、あたし達に直接的に害があるようだったら……

その時は情も何もかも忘れ去って、全力でソースと戦うことになる

 ティアーは沈痛な面持ちで、俺を見やる。……自分がティアーや豊やヴァニッシュと殺し合う未来なんて、想像する気にもならないくらい馬鹿げた仮定だと思う。彼女が心配しているようなことは万が一にもないだろう。その気持ちが俺自身の表情にも表れたのか、ティアーはほっと安心のため息を吐いて、笑顔を見せてくれた。
ぅおおーい、帰ったぞーぃ

 男のそれとすぐにわかる、それでいて男にしては高めでよく通る声がした。おそらくこの木の根元あたりにいるんだろうけど、距離があるというのに耳元で叫ばれたようなすさまじい声量だった。




ライトよ。エリスは先に降りるけど、

まだ話は済んでいないから、あなた達も速やかにね

はぁーい

 すっかりご機嫌なティアーが返事をすると、エリスはそのまま飛び降りた。まず間違いなく無事だろうが、一体どういう仕組みなのかが気になる。が、そんな様子をティアーは見せてはくれず、俺を縄ばしごへと追い立てるのだった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色