28/ ベル
文字数 3,848文字
これからあなたが真っ先に習得しなければならないのは、魔力のコントロールよ。
制御が出来ていないから魔術と共に、常識外れの魔力が放たれたというだけ。
人間にわかりやすいたとえをすれば、蛇口の調節で水の量をコントロールするようなもの。
コツさえつかめばなんてことはない
諦める気なんかない。このままフェナサイトへ逃げ帰ったところで、待っているのは命の危険に脅える日々なのだから。
たった今、この時に気がついた。俺はこれからの日々に対する不安と同時に、ある種の自信を、どこかしら抱いていたんだ。ソースの力は得体の知れないものだが、自分自身の中にある力が使いこなせないはずがないと。
問題は俺自身じゃなかったんだ。この力はいとも簡単に、他者を害する。エメラードの大部分がそうであるように、ここも木が密集していたとしたら、どれだけ恐ろしいことになっただろう。いや、きっとエリスはそれを見越してここへ連れてきた。
俺が力を制御出来なければ――先ほどのような爆発を起こしてしまったら、敵味方の区別なんてしようがない。だけど、俺にその力の使い方を指導してくれるのは、俺の側にいてくれる仲間なんだ。
夕方、起き出してきた豊に指摘される。例の場所から戻ってきたら、ライトにもティアーにも似たようなことを言われた。
今日のところは俺の一番近くで護衛する役にあるらしいヴァニッシュは、俺の傍から離れなかった。今は足を投げ出し、所在なくたき火を眺めている俺の――
出会い頭に言ったように、エリスは今日はゆっくり休んでいろと指示した――足の上に腹を乗せている。狼の身体の重みと同時に、心臓がほんのりと熱を帯びる感触。実際はそんなことはないだろうが、不要な魔力がそこからにじみ出ているような気がして、いくらか心が落ち着いた。
何でもないよ、なんて心にもないことを答える。当然ながら豊も、それが本音とは思っていないようで、
昼間、最初に使った時よりも暗澹とした心地で、俺は縄ばしごを握った。
先刻、通り雨があった。強い勢いで雨が降り、十分ほどしたら何事もなかったように晴れ上がっていた。
縄ばしごを上りきり、入り口から頭を出して見た夕方の空は、何とも中途半端な色をしていた。毒を持った赤い太陽を覆い隠すために視界いっぱいに薄紫のシーツを広げたような、まがまがしい色だった。
ふと視線を感じ、その方向へ顔を向けると、ティアーが小屋の壁に寄りかかってこちらを見ていた。弱々しい笑顔がそこにあって、俺はつい、
スカスカの空元気なのは明らかだったけど、気がつかないふりをして彼女を見送った。自分が滅入ってる時に無理して気を使ったところで、共倒れになるのが関の山だろう。
そういえば、魔物に戸をノックする習慣なんてあるのかなー、と小屋の入り口を叩いてから思い至る。内から「どうぞー」と気の抜けた返事があったので、とりあえずよしとする。
小屋の中は外見の印象より広く見えた。天井も、ライトが直立してぎりぎり足りるくらいには高さがある。この場所は主に寝床ということだが――昨晩、世話
になったオルンの家の寝床のように、床一面に木の葉が敷き詰められている――みんなで休むにはやはり狭いようにも思える。
西側の壁に小さな窓があり、まがまがしい夕暮れが小屋の中もじんわりと染めている。窓のさんに両肘をつき、頬杖をして外を眺めている彼女の髪色は、まさしく先ほどまで眺めていた空と同じ色をしていた。濃い夕焼け色とすみれ色が同居した、不思議な色。
髪形にしても、長い部分は腰まで、短い部分は耳のあたりまでと長さの不揃いなざんばら状態だ。しかしながら切り口はまっすぐなので、極めて適当に鋏を入れでもしたらこうなるんじゃないかなと想像してみる。
衣服はエリスやライトのそれと違って、人間の島でも買えるようなきちんとした洋服だった。真っ赤で飾り気のない、長袖のワンピース。サイズが大きいのか袖口が余り、手の指先しか見えていない。髪と同様、スカートには統一感のないスリットが無数に刻まれている。
魔物にとって外見年齢が意味をなさないのはわかっているけれど、人間でいえば二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
所在なく扉の前に立ち往生する俺へと向き直り、ベルは口を開いた。
人を小馬鹿にするようなニュアンスと、ささやかな不機嫌をにじませた表情。そうしたとっつきにくい雰囲気が、彼女の第一印象の全てだった。
対面する相手に漠然とした恐怖を抱かせる存在感に、俺はすくみあがってしまう。そんな様子を見かねたのか、
アタシがこの五百年で何人のソースと過ごしてきたと思ってるのよ。
あの場所で魔術を体験させるのは毎度おなじみなの。
そしてその反応もある程度、パターン化しちゃってるわけよ。
自分の力に戦慄するか、調子付くか。
アタシとしてはかわいげがないのよりは少しばかし、
落ち込んでくれる方がよっぽど好感が持てるわ
それにねぇ、たった一日でアンタに何が判断できるっていうのやら。
アタシ達は何も、ソースに無償で奉仕したろうってわけじゃないのよ。
ソースと関わることでアタシにはちゃんとおこぼれがあるし、
ライトはアタシに付き合ってるだけ。
エリスちゃんは他人と話すとか、教えるのとかが好きらしいわ。
退屈しのぎってことよ
アタシ達はアンタ達、ソースの為に生きてるわけじゃない。
いつだって自分の為に生きてるのよ。
アンタがいくら危険になったって、自分を犠牲にしてまで守ったりしないわ。
だからアンタが余計な心配をすることないし、自分の人生のことだけ考えてりゃいいのよ
彼女は、第一印象こそ良いイメージを与えるとはいえない。また、言葉や態度の端々に悪気をたっぷり含ませる。だけど、決して根っからの悪人ではないし、自称するほど自分本位に生きてるわけでもないんじゃないかな、と思った。