28/ ベル

文字数 3,848文字

これからあなたが真っ先に習得しなければならないのは、魔力のコントロールよ。

制御が出来ていないから魔術と共に、常識外れの魔力が放たれたというだけ。

人間にわかりやすいたとえをすれば、蛇口の調節で水の量をコントロールするようなもの。

コツさえつかめばなんてことはない

……えぇーっと、その
自信がない?
……うん。正直なところ

最初は誰も、そんなものよ。

謙虚なのは罪ではないわ。

それで、今、この場で諦めるというなら情けない話だけれど

 諦める気なんかない。このままフェナサイトへ逃げ帰ったところで、待っているのは命の危険に脅える日々なのだから。




 たった今、この時に気がついた。俺はこれからの日々に対する不安と同時に、ある種の自信を、どこかしら抱いていたんだ。ソースの力は得体の知れないものだが、自分自身の中にある力が使いこなせないはずがないと。


 問題は俺自身じゃなかったんだ。この力はいとも簡単に、他者を害する。エメラードの大部分がそうであるように、ここも木が密集していたとしたら、どれだけ恐ろしいことになっただろう。いや、きっとエリスはそれを見越してここへ連れてきた。


 俺が力を制御出来なければ――先ほどのような爆発を起こしてしまったら、敵味方の区別なんてしようがない。だけど、俺にその力の使い方を指導してくれるのは、俺の側にいてくれる仲間なんだ。

――なんか落ち込んでるな。

何かあったのか?

 夕方、起き出してきた豊に指摘される。例の場所から戻ってきたら、ライトにもティアーにも似たようなことを言われた。




 今日のところは俺の一番近くで護衛する役にあるらしいヴァニッシュは、俺の傍から離れなかった。今は足を投げ出し、所在なくたき火を眺めている俺の――

出会い頭に言ったように、エリスは今日はゆっくり休んでいろと指示した――足の上に腹を乗せている。狼の身体の重みと同時に、心臓がほんのりと熱を帯びる感触。実際はそんなことはないだろうが、不要な魔力がそこからにじみ出ているような気がして、いくらか心が落ち着いた。




 何でもないよ、なんて心にもないことを答える。当然ながら豊も、それが本音とは思っていないようで、

ベルの奴がおまえを呼んでるんだ
 気遣うような声に、心配してるんだなとわかる表情で、そう告げる。ベルという相手と自分との立場上、俺に拒否権はないし、豊も進言出来るような命令じゃないんだろう。
いいよ、行ってくる
一筋縄じゃいかない相手だぞ。無理するなよ
わかったよ。ありがとう

 昼間、最初に使った時よりも暗澹とした心地で、俺は縄ばしごを握った。




 先刻、通り雨があった。強い勢いで雨が降り、十分ほどしたら何事もなかったように晴れ上がっていた。


 縄ばしごを上りきり、入り口から頭を出して見た夕方の空は、何とも中途半端な色をしていた。毒を持った赤い太陽を覆い隠すために視界いっぱいに薄紫のシーツを広げたような、まがまがしい色だった。




 ふと視線を感じ、その方向へ顔を向けると、ティアーが小屋の壁に寄りかかってこちらを見ていた。弱々しい笑顔がそこにあって、俺はつい、

何かあったのか
 先ほど、豊が俺にしたのと全く同じ言葉をかけていた。ああ、俺もこんな顔をしていたのかなと思う。

ううん……何ていうか、ベルと話してるとつい口が軽くなっちゃってさ。

ほんの少し疲れちゃった。それだけだよ。

そろそろ夜ごはん獲りにいかなきゃね

 スカスカの空元気なのは明らかだったけど、気がつかないふりをして彼女を見送った。自分が滅入ってる時に無理して気を使ったところで、共倒れになるのが関の山だろう。




 そういえば、魔物に戸をノックする習慣なんてあるのかなー、と小屋の入り口を叩いてから思い至る。内から「どうぞー」と気の抜けた返事があったので、とりあえずよしとする。


 小屋の中は外見の印象より広く見えた。天井も、ライトが直立してぎりぎり足りるくらいには高さがある。この場所は主に寝床ということだが――昨晩、世話
になったオルンの家の寝床のように、床一面に木の葉が敷き詰められている――みんなで休むにはやはり狭いようにも思える。




 西側の壁に小さな窓があり、まがまがしい夕暮れが小屋の中もじんわりと染めている。窓のさんに両肘をつき、頬杖をして外を眺めている彼女の髪色は、まさしく先ほどまで眺めていた空と同じ色をしていた。濃い夕焼け色とすみれ色が同居した、不思議な色。


 髪形にしても、長い部分は腰まで、短い部分は耳のあたりまでと長さの不揃いなざんばら状態だ。しかしながら切り口はまっすぐなので、極めて適当に鋏を入れでもしたらこうなるんじゃないかなと想像してみる。


 衣服はエリスやライトのそれと違って、人間の島でも買えるようなきちんとした洋服だった。真っ赤で飾り気のない、長袖のワンピース。サイズが大きいのか袖口が余り、手の指先しか見えていない。髪と同様、スカートには統一感のないスリットが無数に刻まれている。


 魔物にとって外見年齢が意味をなさないのはわかっているけれど、人間でいえば二十代後半から三十代前半くらいだろうか。




 所在なく扉の前に立ち往生する俺へと向き直り、ベルは口を開いた。

はじめまして、おチビちゃん

 人を小馬鹿にするようなニュアンスと、ささやかな不機嫌をにじませた表情。そうしたとっつきにくい雰囲気が、彼女の第一印象の全てだった。


 対面する相手に漠然とした恐怖を抱かせる存在感に、俺はすくみあがってしまう。そんな様子を見かねたのか、

獲って食おうってわけじゃないんだから、

そう脅えることはないじゃない……

でも、若いっていいわねー。

お肌もつやつや、血色も良くって。

さぞかし飲みごたえのある血が流れているんでしょうねぇ

 表情を変えずにそんなことを言ってみせる。発言の矛盾に突っ込みたいところではあるが、そんな余裕は俺にはない。
あ、あの。俺に用って?
別に、用はないよ
……は? 呼んでるって聞いてきたん、だけど
 この威圧感の前に、一瞬、敬語で話すべきか迷ったが、昨夜のオルンのアドバイスを信じることにした。

顔を見たかっただけよ。単なる顔合わせ。

アタシとアンタじゃあ生活時間が正反対だから、

放っておいたら何日もお互いの顔を知らないままになっちゃうかもしれないでしょ

それもそうだけど……

今になって話すべきことなんて思い浮かばないのよね。

アンタの人となりは人づてに聞いちゃってるものだから。

アンタからはどう?

俺は……あなたに会ったらひとつだけ、訊きたいことがあったんだ
へぇ? なになに?
 嬉々とした声。しかし、顔の表情は、どこか攻め立てるように歪む。危うく気圧されそうになるも、踏ん張って、俺は言葉を続ける。
どうして、ソースを助けようなんて思ったんだ? アクアマリンの魔物がソースを殺そうとするのには、思想も利益もあるからわかるけど。エメラードに住むいち魔物が、ソースの未来のために尽力することに得があるとは思えないんだ

――先に確認させて欲しいんだけど、

なぜそう思うの、得がないって

ソースと関わったら、本来、遭う必要もない危険に巻き込まれることだってあるんじゃないかな、と思ってさ

……ははぁ、さてはビビったわね。

初めて魔術を使ったものだから。

誤爆して傍にいる身内まで殺しかねないんじゃないか、

なぁんてさ。小心者ねぇ~

な、なんでそれだけでそこまで見抜けるんだ?

アタシがこの五百年で何人のソースと過ごしてきたと思ってるのよ。

あの場所で魔術を体験させるのは毎度おなじみなの。


そしてその反応もある程度、パターン化しちゃってるわけよ。

自分の力に戦慄するか、調子付くか。


アタシとしてはかわいげがないのよりは少しばかし、

落ち込んでくれる方がよっぽど好感が持てるわ

 どうやら小心者呼ばわりはどちらかというと褒め言葉のつもりだったらしい。

それにねぇ、たった一日でアンタに何が判断できるっていうのやら。

アタシ達は何も、ソースに無償で奉仕したろうってわけじゃないのよ。


ソースと関わることでアタシにはちゃんとおこぼれがあるし、

ライトはアタシに付き合ってるだけ。

エリスちゃんは他人と話すとか、教えるのとかが好きらしいわ。

退屈しのぎってことよ

 エリスは役目だからそれをするんじゃなく、説明好きだからその役目についていたってことか。確かに、今日、顔を合わせただけじゃあそこまでわからないよな。

アタシ達はアンタ達、ソースの為に生きてるわけじゃない。

いつだって自分の為に生きてるのよ。


アンタがいくら危険になったって、自分を犠牲にしてまで守ったりしないわ。

だからアンタが余計な心配をすることないし、自分の人生のことだけ考えてりゃいいのよ

そっか……そうなんだな。

ありがとう、ベル

だから、礼を言われるようなことじゃないってーのに
しょうがないだろ、言いたいんだから
 ま、いいけどねと呟いて、ベルは視線を窓の外へと戻した。これで用は済んだ、さっさと出ていけという意思表示な気がする。
 彼女は、第一印象こそ良いイメージを与えるとはいえない。また、言葉や態度の端々に悪気をたっぷり含ませる。だけど、決して根っからの悪人ではないし、自称するほど自分本位に生きてるわけでもないんじゃないかな、と思った。
ところでさ、ベルにとっての利益って結局、何?
 退出する前に、最後の疑問を投げてみた。返事は期待していなかったけれど。

ひと月かそこらでわかるんじゃない? 

例年通りならね

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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