69/ 旧友

文字数 3,458文字

 フェニックスが姿を現した昨日の一件で、新学期二日目にして学校は臨時休校となった。報道では魔物による宣戦布告ではないかと取りざたされ、この島に暮らす人間達は誰もが戦々恐々とこの日を過ごしていることだろう。




 しかし、俺は彼女――レッド・フェニックスであるシュゼットの炎がこの島に降臨するのは、あの一回きりであると知っていた。シュゼットは別に攻撃として不死鳥の姿を現したわけではない。無論、フェナサイトに危害を加えようという意思なんてこれっぽっちもないのだから。


 俺達のトラブルが原因で恐怖にとらわれている同胞の皆さんには申し訳ない話だが、俺はどうせ休校になるだろうと踏んで、昨日の内に急遽立てた外出の計画を実行した。




 朝、寝床に入って休んだばかりと思われる豊を置いて、俺はサクルドの宿る小瓶を首からぶら下げるだけの手ぶらで館を出た。


 シュゼットは不死鳥の姿を現してからひとまず空高く上昇し、姿を隠した。夜が明けてもまだ戻っていない。せっかく人間の島に帰ってきたのだからひとりで行動したいと思う俺には好都合だった。




 向かったのは、隣町にある墓地だ。ここには豊の墓がある。実際あいつは生きているし、納められているのは足一本だけなんだが。豊の母親が彼の墓を用意してくれたことは意外だったが、それだけで放置しているのかもしれないという懸念もあり、実際どうなっているのか確かめる必要もあった。




 ここの住職さんに教えてもらった、豊のために用意された墓の、その前。四人もの人が集まっていた。


 墓の前にうずくまって泣きじゃくる、おそらく同年代の女の子。その子を慰める年配の女性と、一心に手を合わせる同じく年配の男性。しゃがんでいるその三人の後ろに立ち、悔いるような、少女とはまた違った意味で痛ましい表情の青年。一見した印象でしかないが、両親と兄妹の四人家族なんじゃないかな、と想像した。




 目的の場所に思いがけない先客があった困惑に、その光景をただ眺めるしかない俺と、ふいにこちらを見た青年との目があった。何となく気まずいな、と思った俺の態度を察したのか、彼が歩み寄ってくる。




もしかして、豊に用ですか
 物腰もそうだが、話し口も大人びた人だ。
高校の元同級生で……
 墓参りだというのに供え物のひとつも持っていない俺は、疑いの目を向けられてもしょうがない。しかしそんな様子はこれっぽっちも見受けられず、ためらいがちに彼はこう言った。
あの……長矢豊の、“その後”のことを知りませんか
え……

 言い回し、というか、ニュアンスに妙なものを感じて俺は言葉が出なかった。普通、墓に入ったはずの人間に対して、「その後」なんて言い方をしないだろう。




 ……他の可能性がないとは言い切れないが、直感で、彼は豊がダムピールであることを知っているのではないだろうか。そう思った。向こうからしても、俺が豊の事情を知っているのではと睨んだのは直感でしかないのかもしれない。

知っているんですね……ぶしつけだとは思いますが、

よかったらお時間を頂けませんか






 臨時休校が明けた翌日、学校で顔を合わせたマージャは、何事もなかったような顔をして過ごしていた。隙を見て、一昨日の騒ぎは何だったのか、おまえの事情っていうのは何なんだと問いつめてみたが、
今はまだいいや

 と、笑ってはぐらかしてくる。
 


 シュゼットは昨日の内に館に戻ってきて、今日は平然と登校している。そして俺とマージャとのやり取りに口を挟み、マージャに同調して

確かに、まだその時ではないかもしれん
 などと言ってくる。

 当事者であるはずの俺が事情を知らされないのは腹立たしい限りだが、このふたりに抗議して口で勝てるとは到底思えなかったのでしぶしぶ引き下がるしかなかった。




 教室の、豊の使用していた席はかつてのまま残されている。そして、誰ともなくスナック菓子やキャンディの袋を机の上に供え物として置くのが毎朝の定番となっていた。供えた食べ物は無駄にしないことが何よりの供養。朝に供えたものは放課後なり休み時間なりにみんなで口にするのが、このクラスでは自然な日課となっていた。


 次の学年になるまで、言い換えればこのクラスである限りは、豊をクラスの一員として供養していこうと決めたんだ。もっとも、豊が殺されたのは新学年になったばかりだったから、昨年同じクラスでなく豊と面識の薄い連中との温度差はやはり感じないわけにはいかないけれど。




 昨日出会った人は、豊とその母がこの町に引っ越すまで住んでいた町の友人だった。名前を東 浩一(あずま ひろかず)といって、妹の二葉さんと三人で幼なじみのような関係だという。東さんが俺や豊の一学年上、二葉さんが一学年下だという。


 東さんは一旦家族と別れ、俺を連れて喫茶店へ入った。そこで色々と事情を聞かせてもらえたのだが、彼と出会ったこと、ここで知った事実を豊に伝えるか否かは俺に任せたい、とのことだった。

俺に頼むっていうのは別にかまわないけど、

せっかくだから豊に顔見せてやればいいのに

豊に合わせる顔なんてありませんよ、僕には。


豊に、あんなにも惨いことをしてしまったのに

 あんなこと、というのがそこで聞かされた話の主軸だった。



 確かに、当時の豊にとっては惨いことであったのは間違いないだろう。だけど、今の豊がそれを気にしているとは限らないと俺は思う。最後にそう伝えて、東さんとは別れた。そのまま森の奥の館に帰り、夜、起き出してきた豊と顔を合わせたが、東さんのことは伝えなかった。




 東さんの話は豊との過去の出来事だけでなく、そのつながりで現在の東さんがどうしているかというのもあった。俺はどちらかというと後者の方に問題を感じて、豊へ報告しないことに決めた。


 豊に対して罪の意識を感じている東さんは、自覚はしていないようだが心の底では豊に贖罪したい気持が多大にあるはずだ。だったら俺がこの件を伝えないことには始まらない。しかし、豊の件があって東さんが選んだ道は、豊にとって重荷になりかねないものだった。




 こう言っては何だが、東さんが豊にしてしまったことを悔いて進路を決めたのは、彼の自己満足でしかない。豊がそんなことをして欲しいと望んでいるはずがないんだから。その自己満足のために豊が苦い思いをするのは、ましてその手伝いを俺がさせられるのは気分が良くない。


 しかしながら、そんな東さんの存在は救いであるということも俺はわかっていた。両親から見捨てられた豊をこんなにも気にかけてくれる人達がいること。クラスメイトや東さん一家。魔物に殺され、失われた豊の存在を惜しんで今も弔ってくれる人がこんなにもいるんだという事実が、不謹慎だが俺は嬉しかった。




 フェニックスが姿を現して、しかし何の音沙汰もないまま一週間が過ぎた。こうなってくると世間の熱気も冷めてしまうもので、人間の島は一応の平穏を取り戻した。……それにしたって報道されなくなったくらいで不安もあとかたなくできるなんて、人間ってつくづく、喉元すぎれば熱さを忘れてしまうよなぁ。




 通学する以外はエメラードにいた頃と変わらず森の生活をする俺だったが、学校での昼食時まで獣やら魚やら丸ごと持ち込むわけにはいかない。朝食を実家で

厄介になるのは、母が用意してくれている弁当を受け取るためでもあるのだ。せっかく実家を出て暮らしているというのに、俺は親からま~ったく自立していないんだよな。




 学校に復帰してからというもの、昼食を共にするのはもっぱら、シュゼットとマージャだった。シュゼットはともかくマージャはいちいち騒がしいので、彼らの言う「その時」とやらが訪れるまでは放っておいて欲しいと思うのだが。


 どうせ、その時が来たら、ごく普通で平和な人間の学生生活なんて、消えてなくなってしまうのだろうから。




あーつーしー君っ

 弁当を片付けて一息ついたところで、廊下側の窓から名指しで呼びかけられた。見ると、ウェーブがかって色の薄い長髪に、豊満な胸を窓のさんに休ませ、どこをとっても柔らかそうな美しい女生徒がそこにいた。




キネ先輩、お久しぶりです

はぁい、元気にしてた? 

……ようには見えないね

 などと呟いてから、俺の耳に口を近づけてそっと囁く。本当に慎重に、クラスメイトに聞かれないようにという配慮だろう。

ちょっとだけ、付き合ってもらえる? 

例えばティアーや豊のこと、積もる話もあるだろうし。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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