⑧ 森の中

文字数 2,750文字

 サクルドの光を頼りに、俺達は森の中を進む。涙さんやヴァニッシュの足取りは慣れたものだったが、もちろん俺は足元がおぼつかない。あまり険しい森ではなくっても――少なくとも、たくましい木の根が地面に凹凸を形成しているということもなく、地面は平らだ――人間に都合よく舗装されていない土の地面 が、こうも歩きにくいものだとは思ってもみなかった。
 おまけに今は、自分より体格のある、気絶した男を背負っている。楽だと思っていたわけではないが、気の遠くなる重みが全身にかかっていた。

 何より気掛かりなのは、豊の身体が汗もかかずに熱を持っていることだ。汗をかくというのは、体内に必要以上の熱をこもらせないために、熱を外へ放出した結果だから。汗だくの身体をおぶって歩くのはいい気分はしないだろうが、心労を考えたらその方がよっぽど楽だったろう。

さっき、豊はダムピールだって言ってたよな。

それって、今の豊の状態に関係あるのかな

 足を切断されたのに、何事もなかったかのように両足が健在だったこと。認めたくはないが、どうやら今の豊は普通の人間じゃないと考えるしかない。
……ダムピールは、ヴァンパイアと人間の混血種だ
 前を歩くヴァニッシュが、俺達に背中を向けたまま語る。涙さんは、万が一、俺が豊を落としてしまっても対処できるようにと言って後ろからついてきている。

それって……ヴァンパイアと結婚する人間がいるってことか? 

物好きだな

……ヴァンパイアは食事以外に、

本能に突き動かされて人間を襲うことがある。

種の存続のために。豊もそうして生まれた

 言わなくてもわかりそうなことを、ヴァニッシュはきっぱりと口にした。そんな個人的なことを第三者が話していいのだろうか。
…… ダムピールは人間だが、その血にヴァンパイアを殺せる抗体を持つ。魔物はお互いの魔力を察知して相手の接近を知ることができるが、ダムピールには魔力がないから近寄ってもその存在は知れない。むしろ、血を吸おうと近寄ったら返り討ちにできるというのがダムピールの最大の強みだ

ふーん……自分の勝手で産み出した子孫が、

絶対で最大の天敵になるなんて、いい様だな

……ただし、ダムピールは死後、ヴァンパイアとして再生する。

そうなったら、もう人間には戻れない

……じゃあ、今の豊はヴァンパイアになった?
うん……豊はこうなること、望んでいなかったんだけどね

ダムピールが人間として死ぬためには、ヴァンパイアを葬る時と同じように、儀式を踏まえなければなりません。

死期を悟ると、ダムピールのほとんどは、自ら仲間に儀式を託して死んでいくんです

 俺を助けようとして命を投げ出し、豊はヴァンパイアになってしまった。あのまま死んでしまうよりはずっと良い――と思うのは、きっと、俺自身の都合の良い理屈だ。豊の心中を思うと、俺は目を覚ました豊に、まず何と言ったら良いのか――謝るのも違う気がするし、慰めるなんてもってのほかだ――わからなく なってしまう。

……敦が責任を感じることはないんだ。

豊は、いつかはこんな日が来るかもしれないとわかっていて、君の側にいた

――俺の、側に?
 豊と俺が友達になったのは、たまたま同じクラスになったからで、そこに豊の意思が介入しているなんて疑うはずもない。
あたしも、豊も、敦君を守るために側にいたんだよ
あなたは、わたし達にとっても、人間達にとっても特別な、尊いお方ですから
 尊いお方、なんて言われても何だかしっくりこない……魔物の思想なんて知らないが、人間は誰もが平等に生まれてくるものだろう。特別な誰か、なんていうのが、努力も何もなく生まれた時から決まっているなんて、不平等なだけだから。
あたしのせい、なんだ
 ぽつりと、聞こえるか聞こえないかは運次第というような声で、涙さんが呟いた。幸い風もなく、俺はその言葉を聞き逃さずに済んだ。

何が?

豊のことなら、あたしのせいだよ。


本当はね、あたし達はこの島にやって来た時、

すぐにでも敦君に事実を教えなくちゃいけなかったの。

今までずっとそうしてきたんだから。


敦君は誰かにつけ狙われることになる、

だけど自分で自分を守れる力を最初から持ってるんだ

 生まれてこのかた、自分に得体の知れない未知の力が宿っているなんて気が付かなかったが、涙さん達の元にはその力を解放できる何かがあるってことだろうか。

だけど、あたしは……

敦君が今の生活に満足してるなら、

あたし達の世界に無理やり引っ張ってくるなんて出来ないって思った。


あたし達が陰でうんと頑張ればこの生活を守れるって、

今のままの敦君の側にいたいって思った。


そう、思い込もうとしてた……

だから豊を、こんな形で死なせることになっちゃったんだよ

 思わず、足が止まる。後ろで、涙さんも立ち止まる。それらの気配を感じ取って、ヴァニッシュもサクルドも止まる。だがこちらを振り返ることはしない。

 俺だけが振り返り、涙さんと向き合った。彼女の肩がぴくりと反応する。
 サクルドの光がなければ、夜の闇にかき消されてしまっていただろう。彼女は、涙をこぼしてはいないものの、確かに涙ぐんでいた。
 涙を流しているのなら、それをぬぐってあげたい。けれどそれはなく、そもそも今は、まさに手も足も出ない状況だ。
 彼女らは、俺には特別な力があるというけれど……今夜の俺はどうしようもなく無力だった。自分をかばった友人をみすみす殺され、目の前で大切な人が心を傷めているのに、こうして二の足を踏んでいるなんて。

――過ぎたことを気にしたってしょうがない。

豊だってきっとそう言うよ。

あいつはそんな情けない奴じゃないから。


俺だってそうさ。

本当のことを隠されていたかなんて関係ない。

だって、涙さんは俺のことを思いやってそうしてくれたんじゃないか

 せめて心からの気持ちをそのままに、言葉にして伝えた。俺は、自分のために力を尽くしてくれた人達を無碍にはしたくなかったし、一年たらずの付き合いとはいえ豊の考えそうなこともわかっているつもりだ。
これからは涙さんにそんな顔させないように、俺も努力するから
 まだ浮かない顔をしている涙さんに、誓う。おそらく生半可なことじゃないんだろうけど、サクルドだって言ってくれたんだ。俺になら、きっとできるって。
 強くなりたい。心も体も。せめて、後悔せずに済むように。怖れにとらわれず、自分の生まれ持った現実に立ち向かうことのできるように。

……うん、あたしも。

もう泣き事言ったりしないで頑張るから

 さいごまで、あなたをまもれるように。
 そう続いた言葉は、何故だか配慮して声をおさえたようだった。俺の耳に届かないように、ということだと思うのだが、そうはならなくて。俺は彼女のその行動を、どう受け止めればいいのか図りかねていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色