43/ フェニックス
文字数 3,070文字
よーしがんばるぞーなどと気の抜けそうなことを言いつつ、ほんのり疲れた体に気合を入れる。なんだかんだで俺もエメラードに来ておそらく二十日くらいは
経っているわけだから、最初と比べたら若干体力がついたかもしれない。少なくとも数時間歩き通したくらいでバテなくなったようだ。
滝の音は聞こえてくるが、まだ遠い。進行方向から右手側に流れている穏やかな川は、その滝から続いているのだろう。
うーん、ちょっと意味合いが違うかな。
フェニックスはね、死んだ瞬間に生き返るの。
魔物は生きるのに魔力を消耗して、魔力が枯渇したら死んでしまう。
フェニックスもそれは同じなんだけどね、
魔力を消費しても太陽光で回復しない。
その代わりに死んだ瞬間に、魔力が無条件で回復するの
神竜だって生まれ持った魔力を使いきったら死んじまうのに、
フェニックスはそうならない。
ある意味、この世界で唯一、太陽竜に頼らず生きていける生物ってことだ。
そりゃあ、太陽の代替品のつもりで作ったんだから、
太陽をあてにしてたら成り立たないもんな
太陽なしには、この世界では何も生きていけない。人も魔物も野生生物も植物も――そう考えると、太陽なしに生きられるというフェニックスがいかに常識外れな存在かがわかる。
ブルー・フェニックスがアクアマリンに、
レッド・フェニックスがエメラードにいるんだけど、
ふたりが分かれて何をしてるかっていうとね。
それぞれの島で魔物を見張ってるんだって。
昔、エメラードとアクアマリンが魔物同士で戦争になりそうだった時に、
同胞同士で殺し合いなんてするならふたつの島ごと焼き尽くしてやるって宣言したんだ
フェニックスの話をした地点からさらに歩いて、一時間くらいは経ったんじゃないだろうか。川の流れはだんだん、勢いを増してきているように見えた。
そんな広大な滝だから、上から流れ落ちる川の水音は凄まじいものがある。どんな嵐がやって来たとしても、この滝を揺るがすことは出来ないだろう……そう思えるような轟音だった。
人間の島で、人の住む場所から見える範囲の滝には、こんな規模のものはないはずだ。そんな事情もわかっているのだろう、滝を眺めて呆けている俺を、ティアー達は無言でしばらく見守っていた。
最初にティアーがひとつ、ふたつと石の上に跳ぶ。次に俺が同じように石の上に跳び移ると、ヴァニッシュはちょっと遅れて俺と同じ石に立つ。岩はそこそこ大きいので、俺と狼のヴァニッシュが同じ岩に立ったところでまだ余裕がある。
ティアーがさらにひとつ先の岩に移り、俺、ヴァニッシュと同じようにすると、最後に川岸の豊が岩へ跳んだ。そんな動作の繰り返しで十メートルほど進むと、ティアーが立ちどまる。ティアーが立つのは他の岩よりやや大きいので、俺とヴァニッシュもその上に移る。
すると、目の前で滝の流れが割れ、ひとりぶんの幅の裂け目ができた。滝の内部も同じように岩の足場が用意されているのだろう。しかしそのひとつ目に居座る影があり、せっかくの通り道を塞いでいた。
ムシュフシュと呼ばれたその獣は、金色の瞳に威圧を込めてこちらを睨んでいる……いや、俺とは目が合わない。隣のティアーも、そうだろう。目線の高さが同じ、ヴァニッシュを一心に睨みつけている。
ついに、ヴァニッシュはもと来た岩の道を跳ねて、川岸に戻るとそこに体を落ち着けた。滝の中からヴァニッシュの行動の全ては見えないだろうが、何か満足したらしく、ムシュフシュは道を開けた。