43/ フェニックス

文字数 3,070文字

 エリスの言っていた通り、道中はそれほど険しくなかった。小学校の遠足で登らされるような、なだらかでぬるい山道といった感じで。ただし出発からここまでですでに半日は経っているような気がするので、持久力くらいはやはり必要なわけだ。
おい、後ろ振り返ってみな
おー、黒い雲、見え始めたなぁ
 エメラードの平地の木々を超える位置に立つ今、遠く見渡せる水平線の上に暗雲が立ちこめているのがわかる。

そろそろ敦の耳にも、滝の音が聞こえてきたでしょ? 

もうすぐだよ

 よーしがんばるぞーなどと気の抜けそうなことを言いつつ、ほんのり疲れた体に気合を入れる。なんだかんだで俺もエメラードに来ておそらく二十日くらいは
経っているわけだから、最初と比べたら若干体力がついたかもしれない。少なくとも数時間歩き通したくらいでバテなくなったようだ。




 滝の音は聞こえてくるが、まだ遠い。進行方向から右手側に流れている穏やかな川は、その滝から続いているのだろう。

そんなに強い魔物なのか? フェニックスって
 ここはフェニックスのお膝もとってことで、ティアーも豊も割合リラックスしている風だから――ヴァニッシュはいつもと変わらず周囲を警戒しているようで、後ろに伸びる俺の影に乗るような位置に、銀の狼が無言でついてくる。
強いよー。強いだけならまだしも、不死身で無敵なんだもん
ティアー、その説明じゃまったくわからないと思うぞ……
フェニックスっていうのは、人間の言葉だと「不死鳥」って言うの
要は死なない鳥ってことかな

うーん、ちょっと意味合いが違うかな。

フェニックスはね、死んだ瞬間に生き返るの。

魔物は生きるのに魔力を消耗して、魔力が枯渇したら死んでしまう。 

フェニックスもそれは同じなんだけどね、

魔力を消費しても太陽光で回復しない。

その代わりに死んだ瞬間に、魔力が無条件で回復するの

神竜だって生まれ持った魔力を使いきったら死んじまうのに、

フェニックスはそうならない。

ある意味、この世界で唯一、太陽竜に頼らず生きていける生物ってことだ。

そりゃあ、太陽の代替品のつもりで作ったんだから、

太陽をあてにしてたら成り立たないもんな

太陽の代わり?

太陽竜はこの世界の最高神だけど、別に不老不死ってわけじゃないから。

太陽はいつか死んで、なくなってしまうんだよ

太陽がなくなったら、大変……なんてもんじゃないか。どうなるんだろ

 太陽なしには、この世界では何も生きていけない。人も魔物も野生生物も植物も――そう考えると、太陽なしに生きられるというフェニックスがいかに常識外れな存在かがわかる。




まぁ、これから百年二百年で太陽がなくなるってわけじゃないから、

あたし達にはあんまり関係ないことだよ。

う~んと先の話だから、人間も魔物も存続してるか怪しいところだよね

自分達がいつか絶滅するかも、なーんて考えもしないくせに

無駄な技術ばっかり持ってた大昔の人間が、

太陽がなくなるんなら似たようなものを作って生き延びようって考えたわけさ。

それがフェニックスだよ

太陽の代わりになれるような存在が、地上で他の生き物と混ざって暮らせるのか? 

そこいら中火事だらけに……ってレベルじゃ済まないだろ、太陽並みだっていうんなら

太陽が死ぬまではフェニックスに用はないだろ。

だから本来の火力・熱量は今は封印されてる状態なんだ。

フェニックスには赤いのと青いのがいて、

二人が一つになった時、疑似太陽として覚醒するんだと

ブルー・フェニックスがアクアマリンに、

レッド・フェニックスがエメラードにいるんだけど、

ふたりが分かれて何をしてるかっていうとね。


それぞれの島で魔物を見張ってるんだって。

昔、エメラードとアクアマリンが魔物同士で戦争になりそうだった時に、

同胞同士で殺し合いなんてするならふたつの島ごと焼き尽くしてやるって宣言したんだ

なんでまたそんなことを? 

魔物同士で殺し合ったって、

別にフェニックスには関係ないんじゃ

さあ? 理由は知らない。

フェニックスがわけを話したって史実もないし、

あたしと友達になってもそれだけは教えてくれなかったから

ていうか、フェニックスと魔物が友達、

なんて話がそもそも前代未聞じゃないか。

初めて聞いた時は驚いたなぁ

最初に会った時、そんな近寄りにくい感じしなかったんだけどなぁ
 教室で孤立してるアネキに、目的があるとはいえ何の臆面もなく話しかけられるティアーだし、フェニックスがどんな生き方をしてきたかなんて関係無しに話しかけたんだろうな。そんな姿が容易に想像できて、なんとなく懐かしい気持ちになる。

 フェニックスの話をした地点からさらに歩いて、一時間くらいは経ったんじゃないだろうか。川の流れはだんだん、勢いを増してきているように見えた。
おー、滝だぁ……
 目的地であったその滝は、俺の想像していたより横に広かった。高さはおよそ十メートルほどだと思うが、横は少なく見積もってもその五倍はあるだろう。
 そんな広大な滝だから、上から流れ落ちる川の水音は凄まじいものがある。どんな嵐がやって来たとしても、この滝を揺るがすことは出来ないだろう……そう思えるような轟音だった。
 人間の島で、人の住む場所から見える範囲の滝には、こんな規模のものはないはずだ。そんな事情もわかっているのだろう、滝を眺めて呆けている俺を、ティアー達は無言でしばらく見守っていた。
さー! これから滝の中に入るよー!
 滝の音にかき消されないように、ティアーが声を張り上げる。俺もそれを参考に、叫ぶ。
どーやってー!? こんな勢いがあるのにー!
だーいじょうぶー! ちゃーんと方法があるからー!
 ティアーについて川岸を進んでいく。やがて、水の落ちるすぐ手前に、平らな石が規則的に並び水面からのぞいているのがわかった。なるほど、これを足掛かりに滝の前に立てるのか。……でも、そこに立ったところで何になるっていうんだ?

 最初にティアーがひとつ、ふたつと石の上に跳ぶ。次に俺が同じように石の上に跳び移ると、ヴァニッシュはちょっと遅れて俺と同じ石に立つ。岩はそこそこ大きいので、俺と狼のヴァニッシュが同じ岩に立ったところでまだ余裕がある。
 ティアーがさらにひとつ先の岩に移り、俺、ヴァニッシュと同じようにすると、最後に川岸の豊が岩へ跳んだ。そんな動作の繰り返しで十メートルほど進むと、ティアーが立ちどまる。ティアーが立つのは他の岩よりやや大きいので、俺とヴァニッシュもその上に移る。

 すると、目の前で滝の流れが割れ、ひとりぶんの幅の裂け目ができた。滝の内部も同じように岩の足場が用意されているのだろう。しかしそのひとつ目に居座る影があり、せっかくの通り道を塞いでいた。
なーに、どうしたのムシュフシュ!
 見知った風にティアーが呼び掛けるその影は、奇妙な生き物だった。四本足の獣なのだが、前足が獅子で後足は鳥のようなかぎ爪。二本の角が生えた頭から胴体までがうろこに覆われている。そして、しっぽはさそりのように尖っている。うろこは青、毛は赤、肌は茶色と――なんていうか、色々な獣を混ぜたような、でたらめな外見。
 ムシュフシュと呼ばれたその獣は、金色の瞳に威圧を込めてこちらを睨んでいる……いや、俺とは目が合わない。隣のティアーも、そうだろう。目線の高さが同じ、ヴァニッシュを一心に睨みつけている。
 ついに、ヴァニッシュはもと来た岩の道を跳ねて、川岸に戻るとそこに体を落ち着けた。滝の中からヴァニッシュの行動の全ては見えないだろうが、何か満足したらしく、ムシュフシュは道を開けた。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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