89/ 自分のために

文字数 4,270文字

なーるほどねぇ……

そういうことだったのかい

 一連の流れに一心に耳を傾け、存在感が薄くさえあったライトが言葉を発した。

安心しな、お三方。キリーのことは、

この父が落とし前をつけてやろう

落とし前って?
 音とやらですでにライトの狙いを察しているのか、そう訊ねるトールの顔は疑心に満ちている。

そんな惨めで情けない生き物に成り下がった娘を、

このままにしておくのは忍びない。親のよしみで、

あれの望み通り、楽にしてやろうと思ってな

 キリーの望み。苦しんで生きる今を諦め、命を捨てて生まれ変わり新しい自分に望みをかける。それを叶えるということは、つまり。

待てよ、ライト。

誰もそんなこと頼んでないだろ?

少なくともマージャは、

あいつがいなけりゃ少しは安心して過ごせるだろう

 疲れているのか寝起きだからか、どこか呆けた様子のマージャがライトを見上げる。
俺は……そんなこと望まないよ
 力なく答えたマージャに、ライトはけだるいため息をつく。

ダシにしようとして悪かったな、マージャ。

本当は、誰がどう思おうが関係ないんだわ。

これは、おいらの信条でやることなんだから

 そう長い付き合いでもないが、俺の中でのライトの印象は、大らかでささいなことを気に病まない性格だと思っていた。それがこうして、ピリピリして、露骨に感情を表出している。


 それは、違和感というレベルを超えて、恐怖心さえ煽るような姿だった。




とにかく、親子で殺し合うなんてまともな話じゃないって

タイタン族には珍しくないのさ。

意見が割れた時には、戦って勝った方が絶対だ。

そこに親も子も関係ない

 ……俺は、信じたくなかったのだ。ライトのこんな姿を見せつけられても。


 いくら大らかで、人間にも親しみがあって。それでもライトは、魔物の数ある種族の中でも最強の戦闘力を誇る――それに見合う闘争心を抱く、タイタン族の一員だということを。

今日はベルのところへ帰るんで、先に失礼するわ。

アーチにマージャ、おまえさん達、今日はどうするよ

 その言葉には、ついには刺々しささえあらわれ始めている。いよいよもって普段のライトらしくない態度だ。

今日はうちで引き受けるよ。

アーチとはひさしぶりだし、

マージャとははじめましてだし。

話したいことがたくさんあるんだ

 いいよねアッキー、と付け加えると、彼は無感動に「ああ」と呟いた。ライトはおざなりな挨拶を一言置いて、でかい図体には狭すぎる場所を後にした。




 とりあえず、この場はトールがしきるのが最も後腐れがない落としどころだ。おそらくトールもそう判断したのだろう、その機転に感謝する。

……さあて、これからどうしよう?
 あっけらかんとした口調ながら、表情には暗いものを隠せないトールが呟いた。
これから?
あれで一応、ライトも、君らに猶予を与えたのさ

 俺の疑問に、少し離れた場所からアッキーの助言が投げられる。




ああ、そうか。

ライトが行動する前に

俺達がキリーを何とかすれば……

 ライトが実の娘を始末する必要はなくなるかもしれない。自然とそう導き出された。


 口数の少ないマージャにさりげなく目を向けると、奴は俺もトールも、誰も見ていない。神妙な顔で浅くうつむき、頼りなく地面を見つめていた。




 日が暮れて、トールに誘われて小屋の外へ出ると、思わず感嘆の声が漏れた。


 平原を作る程に積み広がった岩の透き間から、青白い、あるいは黄緑がかった光が漏れている。網目のような光の線と線とがつながり、眼前にいっぱい展開している様は素晴らしく美しい。

びっくりするでしょ? 

これが地脈の魔力なんだよ

 トールは得意げにしているが――これが、今は生気を失い抜け殻同然のローナの力と思うと、もの悲しさばかり感じてしまうのは俺が悲観的過ぎるんだろうか。
立ち話も何だから、あそこに上がらない?
いいな
手伝ってあげようか?

 悪気なく笑いながらトールは、見かけだけは貧弱な両腕を持ち上げる。俺は首を横に振り、彼より先にひと跳びして、石造りの小屋の屋根に上がる。




 俺は魔物のように、激しい跳躍に向いた肉体構造はしていない。こうして屋根に跳び移ったのは、俺の履いている木靴に仕込まれた魔術式によるものだ。これはただ刻んだだけでは力を発揮しない。俺が式の内容を理解し、自ら発動させることで初めて意味を為す。


 何故か残念そうにため息をつきながら、トールは俺に続いた。




キリーは、ここに攻めてくるのかな

どうだろうね。とりあえず、今日、

引き上げたのは僕と戦いたくなかったからみたいだよ。

どういうつもりだか興味はないけど、彼女、

この森から生まれた生き物を手にかけたくないみたい

 この森、というと、森の島エメラードの大森林を意味する。その森から生まれたというと、自然界の魔力の流れ、その源である地脈から生まれそこを守る妖精、ニンフを指していると考えられる。




だから、ローナとその地脈であるここを汚そうとは考えないかもしれない。

マージャも、とりあえずここにかくまっていれば安全に過ごせる可能性もあるよ

 まあ、それが百パーセント、確実ってわけじゃない以上、結局キリーを野放しにしてはおけないんだけど。


 問題は、彼女とやり合う羽目になった場合、戦いの場所をどこにするかということだ。そんな思考を読んだのか、トールは告げる。

僕はローナの加護を受けているから、

この地脈でならタイタンにだって負けない自信があるけど?

トールはそれでいいかもしれないけどさ、

俺はこんな危なっかしい場所は自信がないよ

 何せ、ちょいと足を滑らせただけで強かに体を打ちつけ戦闘不能、それが頭だったりしたらあの世行きになったっておかしくない。そんな、巨大な岩の敷き詰められた広原で戦えなんて――そう考えながら、はたと気になった。

トール、随分やる気だな。

というか、何か怒ってる?

 何か、というか、それがキリーに対してだというのはわかりきっているけど。トールは、ご丁寧なことに頬を膨らませ憤りを演出した後、
僕にだって、譲れない気持ちのひとつくらいあるんだから

ふぅん……それにしたって、

初対面のマージャのために

ここまで巻き込んじまって、悪いな

マージャのため、っていうかさぁ……
 困ったように、しかし幸せそうな、ささやかな笑みを浮かべながらトールはこう言った。

僕にだって、失いたくないもののひとつやふたつや、

みっつやよっつはあるからね

 彼らしい、わかりにくい言い回しに、理解が追いつくまでに時間がかかった。




よ、よっつって。先に言ったのと比べたら随分多いな
 笑いをこらえながらそう返すと、トールは不本意そうで、しかし楽しげにこう答える。

あんまり多すぎるのも贅沢だと思って、

これでもよっつに厳選したんだよ。

僕はもう人間じゃないけど、

こんな風になっちゃってもまだ生きてるからね。

そして、まだまだこれからも生きていくと思う。

その中で、失いたくないものを

たったひとつしか選べないなんて無茶な話だよ

……そうだなぁ
 そんな彼の吐露を聞きながら、俺は、これがトールなりの進路選択なのだろうと思った。俺達と同年代の、人間社会で生きている連中のように、進学や就職といった形式による進路が選べない彼なりの。今後、こうして生きていくのだという決意のあらわれ。
アーチこそさ、彼のために随分と頑張るよね
――マージャのためっていうかさ

 無意識に、先の俺の疑問に対して答えたトールと、同じような反応をしてしまった。そして、苦笑する。


 要するに、マージャのためなんかじゃなく、自分のためなんだ。俺も、トールも。

俺さ、友達付き合いって、一過性なものだと思ってたんだ。

ただ通り過ぎるだけで、いったん離れたら縁は、

二度と戻ることはない。どっちが悪いってこともなく、

それが自然な成り行きだって

ていうか、そう思った方がつらくないから、

そう思うようにしただけじゃない?

 気恥ずかしい話を始めた俺に向ける、トールの眼差しは真剣そのものだ。




これは、ゴーレムの力を使って「聞いた」わけじゃないよ? 

依里(よりさと)で、君と出会って、

話を聞いてる時からなんとなくそんな気がしてた

 依里、とはまた懐かしい響きだ。俺にとっては短い邂逅だったが、トールにとっては生まれ、育ち、そして死んだ。他に代えられない故郷だ。

住む場所を転々として、学校も何度も変わって。

友達と別れるのは寂しいけど、

すぐに新しい友達が出来るからいつの間にか忘れちゃって、

連絡も途絶えてももう気にならなくなったって。

そう言ってたけど、本心はそうじゃないんでしょ? 

仲良くなった人との別れがつらくないなんて嘘くさい話、

僕はとても信じられなかった

トールの言う通りだよ、たぶん。

いくら友達だって、目に見えない遠い場所にいたら印象が薄れて当たり前。

お互いにな。それが気まずくて連絡が途絶えたら

ますます会いにくくなって、結局、その土地を離れた時が最後になっちまう。

それが自然な成り行きだってわかってても、俺は……

自分だけがみんなの記憶の中に 残れないみたいで――

 悲しかった。

 いつだって、消えてなくなっちまうのは自分だけ。俺がいなくなった以外、その土地の人間関係は、それまでと何ら変わりなく続いていく。つまり、俺が訪れる以前に戻るだけ。だったら、俺がその場所にいた意味なんてあるのだろうか。

でも、これからは今までとは違う。

俺は家を出たから、どこで暮らすにも、

家族についていくわけじゃない。

これからの付き合いは、自分自身で選んでいくんだ。

今までみたいに成り行きで別れるんじゃなくて、

いつまでも続いてく関係だってあるかもしれない。


事実を知ったあの時にマージャを見捨てられなかった以上、

俺はあいつが解放されるまで付き合う義務がある。

マージャだけじゃない。

豊だって、ユイノの力はひとりで抱え込むには重すぎる――

でも、それは俺のソースの力だっておんなじだ。


結局、マージャを助けるためなんかじゃなくて、

俺は俺自身の都合で動いてるだけだ

 一見、人助けしているように見えたとしても、人はいつだって自分の為に生きている。思えば、ベルと初めて顔を合わせた際に言われたのは、こういうことだったのだろうか。

とか言っちゃって、ひねくれ者が人を助けるのに

もっともらしい言い訳をしたいだけかもね~

 あくまでお茶目に喧嘩を売りたいのか、トールはぺろっと舌を出してみせる。

だから、僕は君を失いたくないんだよ……僕自身のために。

今の僕と、人間だった頃の僕のことをどっちも知っているのは、

この世界に君だけだから

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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