89/ 自分のために
文字数 4,270文字
そう長い付き合いでもないが、俺の中でのライトの印象は、大らかでささいなことを気に病まない性格だと思っていた。それがこうして、ピリピリして、露骨に感情を表出している。
それは、違和感というレベルを超えて、恐怖心さえ煽るような姿だった。
……俺は、信じたくなかったのだ。ライトのこんな姿を見せつけられても。
いくら大らかで、人間にも親しみがあって。それでもライトは、魔物の数ある種族の中でも最強の戦闘力を誇る――それに見合う闘争心を抱く、タイタン族の一員だということを。
いいよねアッキー、と付け加えると、彼は無感動に「ああ」と呟いた。ライトはおざなりな挨拶を一言置いて、でかい図体には狭すぎる場所を後にした。
とりあえず、この場はトールがしきるのが最も後腐れがない落としどころだ。おそらくトールもそう判断したのだろう、その機転に感謝する。
俺の疑問に、少し離れた場所からアッキーの助言が投げられる。
ライトが実の娘を始末する必要はなくなるかもしれない。自然とそう導き出された。
口数の少ないマージャにさりげなく目を向けると、奴は俺もトールも、誰も見ていない。神妙な顔で浅くうつむき、頼りなく地面を見つめていた。
日が暮れて、トールに誘われて小屋の外へ出ると、思わず感嘆の声が漏れた。
平原を作る程に積み広がった岩の透き間から、青白い、あるいは黄緑がかった光が漏れている。網目のような光の線と線とがつながり、眼前にいっぱい展開している様は素晴らしく美しい。
悪気なく笑いながらトールは、見かけだけは貧弱な両腕を持ち上げる。俺は首を横に振り、彼より先にひと跳びして、石造りの小屋の屋根に上がる。
俺は魔物のように、激しい跳躍に向いた肉体構造はしていない。こうして屋根に跳び移ったのは、俺の履いている木靴に仕込まれた魔術式によるものだ。これはただ刻んだだけでは力を発揮しない。俺が式の内容を理解し、自ら発動させることで初めて意味を為す。
何故か残念そうにため息をつきながら、トールは俺に続いた。
この森、というと、森の島エメラードの大森林を意味する。その森から生まれたというと、自然界の魔力の流れ、その源である地脈から生まれそこを守る妖精、ニンフを指していると考えられる。
まあ、それが百パーセント、確実ってわけじゃない以上、結局キリーを野放しにしてはおけないんだけど。
問題は、彼女とやり合う羽目になった場合、戦いの場所をどこにするかということだ。そんな思考を読んだのか、トールは告げる。
僕はローナの加護を受けているから、
この地脈でならタイタンにだって負けない自信があるけど?
彼らしい、わかりにくい言い回しに、理解が追いつくまでに時間がかかった。
あんまり多すぎるのも贅沢だと思って、
これでもよっつに厳選したんだよ。
僕はもう人間じゃないけど、
こんな風になっちゃってもまだ生きてるからね。
そして、まだまだこれからも生きていくと思う。
その中で、失いたくないものを
たったひとつしか選べないなんて無茶な話だよ
無意識に、先の俺の疑問に対して答えたトールと、同じような反応をしてしまった。そして、苦笑する。
要するに、マージャのためなんかじゃなく、自分のためなんだ。俺も、トールも。
気恥ずかしい話を始めた俺に向ける、トールの眼差しは真剣そのものだ。
住む場所を転々として、学校も何度も変わって。
友達と別れるのは寂しいけど、
すぐに新しい友達が出来るからいつの間にか忘れちゃって、
連絡も途絶えてももう気にならなくなったって。
そう言ってたけど、本心はそうじゃないんでしょ?
仲良くなった人との別れがつらくないなんて嘘くさい話、
僕はとても信じられなかった
トールの言う通りだよ、たぶん。
いくら友達だって、目に見えない遠い場所にいたら印象が薄れて当たり前。
お互いにな。それが気まずくて連絡が途絶えたら
ますます会いにくくなって、結局、その土地を離れた時が最後になっちまう。
それが自然な成り行きだってわかってても、俺は……
自分だけがみんなの記憶の中に 残れないみたいで――
いつだって、消えてなくなっちまうのは自分だけ。俺がいなくなった以外、その土地の人間関係は、それまでと何ら変わりなく続いていく。つまり、俺が訪れる以前に戻るだけ。だったら、俺がその場所にいた意味なんてあるのだろうか。
でも、これからは今までとは違う。
俺は家を出たから、どこで暮らすにも、
家族についていくわけじゃない。
これからの付き合いは、自分自身で選んでいくんだ。
今までみたいに成り行きで別れるんじゃなくて、
いつまでも続いてく関係だってあるかもしれない。
事実を知ったあの時にマージャを見捨てられなかった以上、
俺はあいつが解放されるまで付き合う義務がある。
マージャだけじゃない。
豊だって、ユイノの力はひとりで抱え込むには重すぎる――
でも、それは俺のソースの力だっておんなじだ。
結局、マージャを助けるためなんかじゃなくて、
俺は俺自身の都合で動いてるだけだ