53/ 満月と頭骨
文字数 3,035文字
ライトとの約束の、当日になった。今日は雲ひとつない快晴なので、夜になればまごうことなきまん丸の月が拝めることだろう。
午後の、エリスの魔術指南が終わった後。俺はひとり、夕食用の火を焚いている。今日の夕食調達を担当するライトと、どこへ行ったか知らないがティアーはいない。
俺の護衛にはヴァニッシュがついているが、火おこしポイントである広場の中央からはやや離れた、ツリーハウスの大樹の根本に狼の姿でうずくまっている。そんなヴァニッシュの傍らには何をするでもないエリスが控えている。
ここのところのヴァニッシュは、いつもこんな感じだった。ただでさえ物静かな男ではあるが、活発に動いているところをしばらく見ていない。まあ、襲撃もなく平和だからっていうのもあるから悪いことじゃあないのかもしれないが……。
後ろ手に何か隠しつつティアーが帰ってきた。
エメラードでないと食べられないとか、とっておきとか、一体どれだけのものなのか楽しみだ。
夕食を終えると、ライトが食休みをしたいと言って寝転がり、その瞬間にはもう盛大にいびきをかき始めた。ティアー、ヴァニッシュ、エリスはツリーハウスの小屋で就寝し、入れ替わりに起床した豊と世間話をしながら俺は待つ。
ライトは、彼が魚を獲る時などに使う、背負うタイプの籠いっぱいに果実を詰めた。俺はその頂上に、ティアーから贈られた、たったひとつの実をそっと乗せる。
最強の戦闘種族とうたわれる、巨人族。その名を出されては、誰もが頷かざるを得ない。豊も大人しくそれにならった。
ライトの動きは、以前かつがれて移動した時と比べてかなり俊敏になっていた。今にして思えば、あの時はただ適当に走っていただけなのだろう。今は、同じ走るのでも旋風のように駆けていた。木々の隙間をすり抜けるように走り続けるが、背に乗せた俺がさらに背負う籠の中の果実はひとつとしてこぼれ落ちない。
時折、岩やがけといった障害物を一足跳びに軽々と超えていく。
時には夜の森の上へ跳び、木々の波を風を受けて眺める一瞬もあり、空を飛んでいるような錯覚をした。刹那的に流れていく、海のような夜の森の風景に見とれていると、目的地に着いたらしい。
ライトが立ち止まったのは、傾斜のある崖の真ん中。そこにぽっかりと開いた穴ぐらに俺を下ろすと、すかさず俺の背中側にでかい体を滑りこませる。俺の背丈でも天井は近く、当然ライトには小さすぎる穴の中、彼は両手のひらと両膝を地面に付ける。
月明かりの射し込むぎりぎりのところに進み出てきた人影がある。最初に見えたのは、青い肌の足。そこでまさか、と思ったらそのまさかだった。
俺がエメラードに来て最初に、ソースとしての俺を狙ってきた魔物……青い肌にぼろぼろのローブをまとった老婆、ブラック・アニスだった。
不安に思うよりも先に、ライトと彼女との空気を察する。ブラック・アニス――名前はサリーシャ、なのだろう――の態度から、彼女がこの訪問を迷惑がっているらしいとわかる。
口調こそ和やかなものの、ライトは明らかに威圧的で、サリーシャに命じている。言いながら、俺に指でジェスチャーしつつ何事か伝えようとしているので、
俺は背負っていた籠を下ろした。その解釈は正解だったらしく、ライトはいくつか果実をつかむとサリーシャの足元へ転がす。
やれやれ、と心底かったるそうな彼女の動作に、俺は思わず過去の確執も忘れて同情したくなった。
やはり満月の光にさらされるのを避けているのか、暗がりからサリーシャが投げてよこす。ライトが受け取ったそれは、くすんだ頭蓋骨だった。大きさ、形からして、人間か人型の魔物の骨なのだろう。
思い出すのは、俺を狙って現れたサリーシャと対峙した時。彼女は言っていた。かつて口にしたソースの骨を、今も持っていると。
ソースのことだろ?
あるいはベルとおいらがどうして、
ソースの手助けなんて得のないことしてるのか
興味があるってことか。
こういう流れになるのは毎度のお約束なんでな。
ベルかおいらかだったら、
おいらの方が訊きやすいっちゅうのはわからんでもないし
してやったり、と言わんばかりに、しかし彼にしては静かに、ライトは笑う。
でもな、これからするのは聞くも涙語るも涙……
ってほどじゃあないが、
おいらが語るにはちょいと涙のお話なんでな。
酒の勢いでもなけりゃあやってられないのさ。
涙と言っても悔し涙の方だがね。
いわゆる若気の至りってやつか……
なー、いずみ
ライトはサリーシャから渡された頭蓋骨を、左手で自分の目の高さに持ち上げ、右手で頭頂部を撫でてみせる。その横顔は、いつだってにぎやかで仲間の中心にいた彼と同一人物とは思えないくらいに――孤独だった。