53/ 満月と頭骨

文字数 3,035文字

 ライトとの約束の、当日になった。今日は雲ひとつない快晴なので、夜になればまごうことなきまん丸の月が拝めることだろう。




 午後の、エリスの魔術指南が終わった後。俺はひとり、夕食用の火を焚いている。今日の夕食調達を担当するライトと、どこへ行ったか知らないがティアーはいない。


 俺の護衛にはヴァニッシュがついているが、火おこしポイントである広場の中央からはやや離れた、ツリーハウスの大樹の根本に狼の姿でうずくまっている。そんなヴァニッシュの傍らには何をするでもないエリスが控えている。




 ここのところのヴァニッシュは、いつもこんな感じだった。ただでさえ物静かな男ではあるが、活発に動いているところをしばらく見ていない。まあ、襲撃もなく平和だからっていうのもあるから悪いことじゃあないのかもしれないが……。




 後ろ手に何か隠しつつティアーが帰ってきた。

前に約束してたものを採ってきたの。

これ、崩れやすいから気をつけてね

 何かをやり遂げたような満足げな笑顔で差し出したのは、緑色の果実だった。表面はでこぼことしていて全体に白い亀裂と黒い斑点がみられ る。人間の島のそこいらの八百屋・果物屋では扱っていない、つまりは見覚えのない果物だった。

エメラードでしか採れない果物だよ。

あたしが知ってる限りじゃとっておきのオススメなんだ

とっておきかぁ。

ありがとな、ティアー

えへへー、どういたしまして!

 エメラードでないと食べられないとか、とっておきとか、一体どれだけのものなのか楽しみだ。




 夕食を終えると、ライトが食休みをしたいと言って寝転がり、その瞬間にはもう盛大にいびきをかき始めた。ティアー、ヴァニッシュ、エリスはツリーハウスの小屋で就寝し、入れ替わりに起床した豊と世間話をしながら俺は待つ。

さー行くか!
 眠った時と同じ唐突さで、ライトが勢い良く身を起こす。月が天辺に届く少し前、といった頃合になっていた。

ちょいと遠出をするんで、おいらの背におぶされ。

そんで、持ってく実は敦にまかせていーかい?

ああ。いいんだけど、けっこうな量だな

 ライトは、彼が魚を獲る時などに使う、背負うタイプの籠いっぱいに果実を詰めた。俺はその頂上に、ティアーから贈られた、たったひとつの実をそっと乗せる。




紹介したい奴がいるんでな、その手土産さ
ライト、もしかして何かたくらんでないだろうな
 疑わしげな表情で、豊がライトをうかがっている。
まさかまさか。何を根拠にそんなこと
 けらけらと軽い調子で笑い飛ばすライト。うん、確かにこれは何かたくらんでるリアクションだ。

わざわざ満月を選ぶっていうのが何かきな臭い。

満月は月からの魔力が最も強くなって、それを苦手とする魔物もいるんだよ。

そういうのを狙ってるんじゃないのか、と思ってな

 俺にもわかるようにと配慮してのことだろう、豊は詳細に指摘する。

それは行ってのお楽しみさ。

心配しなくても、おいらがいる限りソースに手出しはさせないって。

それくらいは、このタイタンのライトを信用してくれるだろ?

――まあ、な。危険がないならそれでいいさ

 最強の戦闘種族とうたわれる、巨人族。その名を出されては、誰もが頷かざるを得ない。豊も大人しくそれにならった。




 ライトの動きは、以前かつがれて移動した時と比べてかなり俊敏になっていた。今にして思えば、あの時はただ適当に走っていただけなのだろう。今は、同じ走るのでも旋風のように駆けていた。木々の隙間をすり抜けるように走り続けるが、背に乗せた俺がさらに背負う籠の中の果実はひとつとしてこぼれ落ちない。
時折、岩やがけといった障害物を一足跳びに軽々と超えていく。


 時には夜の森の上へ跳び、木々の波を風を受けて眺める一瞬もあり、空を飛んでいるような錯覚をした。刹那的に流れていく、海のような夜の森の風景に見とれていると、目的地に着いたらしい。




 ライトが立ち止まったのは、傾斜のある崖の真ん中。そこにぽっかりと開いた穴ぐらに俺を下ろすと、すかさず俺の背中側にでかい体を滑りこませる。俺の背丈でも天井は近く、当然ライトには小さすぎる穴の中、彼は両手のひらと両膝を地面に付ける。

よお、サリーシャ。久しぶり
まったく……ライトは本当に、しようのないやつだね

 月明かりの射し込むぎりぎりのところに進み出てきた人影がある。最初に見えたのは、青い肌の足。そこでまさか、と思ったらそのまさかだった。




 俺がエメラードに来て最初に、ソースとしての俺を狙ってきた魔物……青い肌にぼろぼろのローブをまとった老婆、ブラック・アニスだった。

また来たのかい
また来たのさ。わかってたくせにぃ

それも人のぐったりしてる時にさ。

気分の悪い言い様はやめとくれ

 不安に思うよりも先に、ライトと彼女との空気を察する。ブラック・アニス――名前はサリーシャ、なのだろう――の態度から、彼女がこの訪問を迷惑がっているらしいとわかる。




例によって、用が済んだら帰るからよ。

いつものあれ、頼むわ。

ほれ、敦

 口調こそ和やかなものの、ライトは明らかに威圧的で、サリーシャに命じている。言いながら、俺に指でジェスチャーしつつ何事か伝えようとしているので、
俺は背負っていた籠を下ろした。その解釈は正解だったらしく、ライトはいくつか果実をつかむとサリーシャの足元へ転がす。




 やれやれ、と心底かったるそうな彼女の動作に、俺は思わず過去の確執も忘れて同情したくなった。

手短に済ませてもらえるように祈るとするよ。

ほれ、いつもの

 やはり満月の光にさらされるのを避けているのか、暗がりからサリーシャが投げてよこす。ライトが受け取ったそれは、くすんだ頭蓋骨だった。大きさ、形からして、人間か人型の魔物の骨なのだろう。




 思い出すのは、俺を狙って現れたサリーシャと対峙した時。彼女は言っていた。かつて口にしたソースの骨を、今も持っていると。




こいつはおいらの知る限りでの、最初のソースだ。

名前はいずみ。苗字は聞かされてないし、

持っていたかどうかも確かめてない

俺がライトに何を訊こうとしてたのか、わかってたんだ

ソースのことだろ? 

あるいはベルとおいらがどうして、

ソースの手助けなんて得のないことしてるのか

興味があるってことか。


こういう流れになるのは毎度のお約束なんでな。

ベルかおいらかだったら、

おいらの方が訊きやすいっちゅうのはわからんでもないし

 してやったり、と言わんばかりに、しかし彼にしては静かに、ライトは笑う。




でもな、これからするのは聞くも涙語るも涙……

ってほどじゃあないが、

おいらが語るにはちょいと涙のお話なんでな。

酒の勢いでもなけりゃあやってられないのさ。

涙と言っても悔し涙の方だがね。

いわゆる若気の至りってやつか……

なー、いずみ

 ライトはサリーシャから渡された頭蓋骨を、左手で自分の目の高さに持ち上げ、右手で頭頂部を撫でてみせる。その横顔は、いつだってにぎやかで仲間の中心にいた彼と同一人物とは思えないくらいに――孤独だった。




 サリーシャは奥深くに引き込んでしまったので、俺とライトはとりあえず洞窟の出口に並んで腰を落ち着けることにした。

今日は見事な満月だなぁ。

どーよ、いずみ。

ひさかたぶりの月明かり、

気持ちいーだろ! 

あっはっは

 ライトの太股の上には、サリーシャから渡された頭蓋骨がある。彼は時折、その頭のてっぺんをやさしく、まるで綿毛に触れるようにささやかに撫でていた。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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