65/ 新学期

文字数 3,100文字

 その朝は妙な気配につられて目が覚めた。そんな俺と目が合うと、彼は張り付けた笑顔でこう言った。
おはよーございます、あさですよー

 元から、外見には心ある生き物らしい感情など見えない存在だったが、今は中身にさえひとかけらの感情さえ存在しない。それは、かつて俺の命を狙った、柴木隆だった。俺達の学校に校医として入り込んでいたホムンクルスなのだが……。




 いつだったか――ティアーとヴァニッシュがいなくなって以降だったとは思う――珍しく夕食の場に居合わせたベルがこんなことを言い出した。

あ、そーいや言い忘れてたんだけど。

フェナサイトで例のホムンクルスを拾ってさ、

ジャックの後がまに入れたから

例のって、まさか柴木先生のことか?

そんな名前だっけ? 

まあ今のあいつはただの抜け殻だから、

名前なんかどーでもいいっしょ

 かなり衝撃的な報告だったはずだが、この頃の俺は何を聞いてもすぐに反応を返せなくなっていたので、この時も同じように呆けていたら豊が先に訊き返していた。
あれはシヴァ=ジャクリーヌだ
 何故だかその頃よくツリーハウスを訪ねてきたシュゼットは、その時も同席していて、独り言とも取れそうなくらい控えめにそう呟いた。
へえぇ、そうだったんかい
 ライトをはじめ、みんなが得心したような表情で頷きあっている中、俺ひとり何のことだかわからない。

シヴァ……何とかって有名な奴なのか。

ていうか長い名前だな……

 魔物には家族名というものはないはずだが、シュゼットの言い方からして「シヴァ」と「ジャクリーヌ」には区切りが感じられるのだけど。

シヴァ=ジャクリーヌはデュラハンという魔物でね。

どういうものかというと、首と胴体が分離していて、

その首を小脇に抱え馬車でアクアマリンの町を駆け回るのよ。

その首がシヴァ、肉体の方にも名があって、ジャクリーヌといった。

もう大分昔のことなんだけれど、

ある研究者がデュラハンの首と肉体をつなげたらどうなるか、

という実験をしたの

それで、どうなった?

さあ。事情は知らないけれど、

シヴァ=ジャクリーヌはアクアマリンの社会に

敵愾心を向けるはぐれ者になった。

ひたすらに使い魔の研究に没頭し、

頭数を増やしてアクアマリンと戦う下準備を進めていたそうよ

その中の奇跡の一体、

フラスコの外を自由に出歩けるホムンクルスが、

柴木隆を名乗った者の正体だ。


しかしそのホムンクルスに魂は宿らず、

だからこそシヴァはその空の器に憑き、

自らはアクアマリンにいながらにして

安全にソースを討とうともくろんだのだ。


そのシヴァ=ジャクリーヌもついに反乱分子として討伐された。

結果、中身を失ったホムンクルスが人間の島に取り残されたのだ

 シュゼットの説明はいやに詳しすぎるような気がした。だって、エメラードを見張るフェニックスの片割れであるところの彼女は、基本的にこの島を出ないはずで。アクアマリンをその目で見たわけでもないのに、まるで見てきたかのような話しぶりだった。




 そんなわけでもう無害というか、中身をなくして何が何やらわからないまま人間の島をさまよっていた彼は、たまたま来訪していたベルに発見された。そして、亡くなったジャックさんの代わりに、この森の奥の館の管理人を任されることになったのだ。

えーと……なんつーか、ごくろうさん。もういいよ

 とりあえずここにいられても居心地が悪いので、追い払うことにする。特に気にした風もなく、感情のないへらへらとした笑顔のまま、彼は去っていった。




 今日は九月一日、学校の新学期。休学した時期も思いの外短く、また日頃の行いのたまものというか……例の清掃ボランティアの部活動が評価されたのもあって、欠席日数を問われることなく復学が認められた。




 それで昨日、一応、俺が寝過ごしているようだったら起こしてくれと頼んでいた。夜明けと共に目覚め日没をきっかけに眠るという、エメラードの森暮らしに慣れていたから勝手に目覚める自信はあったけど、念のため。中の人を失ったホムンクルスだが、教えたことはそつなくこなす使い魔の役目を果たし、館の管理だけでなく食料の調達など家事いっさいをまかなってくれている。




 未だにエメラードの体内時計で固定されてしまっている俺の生活に、学校の始まる時間は遅すぎる。それを利用して、俺は制服やら教科書やらを実家に置いて、朝、

そちらへ顔を出す。そして朝風呂で悠々と汗を流し、いわゆるおふくろの味を朝食で堪能してからいざ登校する、というある意味優雅で有意義な朝を過ごそうとしていた。

おそいぞ。いつまで待たせるつもりだ
 館の玄関先には、白いセーラー服を着て、いつも大ざっぱに束ねていた髪を下ろしたシュゼットが待っていた。
別に先に行ってくれていいのに

建前とはいえそなたの護衛を名乗る私が、

そばを離れるわけにはいかないだろう

 ベル、エリス、ライトは、人間の島に戻る俺を守る義理はない。豊だけは俺についてきてくれるけど、日中の行動を制限されがちなヴァンパイアだけでは心許ない。そこで何故か、名乗りを上げたのがシュゼットだった。




 レッド・フェニックスである彼女は人工的に作られし存在ながら魔物の中でも至上の火力を誇り、その脅威でもってエメラードとアクアマリン双方の魔物同士による争いを押さえつけてきたのだ。


 エメラードには彼女が、アクアマリンにはもう一人の不死鳥、ブルー・フェニックスが滞在し、それぞれの島に住む魔物達を見張ってきた。


 そんな役目にあるシュゼットが、いくらソースのためとはいえエメラードを離れるというのだ。




 当然ながら、何だってそんなことを? と訊いてみた。すると、

別にそなたのためだけではない。

ただ、個人的に気になることがあって、そのついでだ

 そうしてシュゼットは、かつてティアーが着ていた、彼女の体型にはやや大きめな制服を着回して俺の通う学校に通うと言い出した。


 当然ながら、何だってそんなことを? と訊いてみた。返ってきた答えは、先の回答と一言一句違わないものだった。




……いってき、まーす

 はっきりと沈み込んだ、声。アネキは押し開けるのもやっとといった大げさな動作でもって、家を出た。制服を着ているのだから学校へ行くのだろうが、しかしそれにしたってまだ時間が早すぎやしないだろうか。俺としてはまだ、ゆっくりと朝食を噛みしめて味わうだけの余裕はある時間帯だと思うのだが。




 沈んでいるといえば、どうせ俺についてくるのだからと家に上げ、朝食をふるまったシュゼットの様子もいつの間にかおかしくなっていた。俺や、食卓を共にしている両親が話しかけても、その反応がどこか暗い。彼女は口数が多いわけではないが、決して口下手ではないはずなのに。


 道中はいつもと変わらぬ彼女だったし、要は俺の実家に入ってから。そういえば戸の前に立った瞬間、何故だかシュゼットが身を堅くしていたように見えたのは気のせいじゃなかったってことだろうか。




 かつて、幾度とティアー……涙さんと歩いたこの道を、今はシュゼットと共にしていた。

もしかして、学校に行くの、緊張してるとか?
何の話だ?
なんか、今朝、森にいた時と違って元気がないように見えたから

別に……何もない。

ただ、ふいに昔のことを思い出してな。

少し気落ちしたというのは事実だろう

昔のこと、ね

 魔物の頂点に立てるほどの力を秘める不死鳥を落ち込ませるような過去って、どんなもんだろう。興味がないとは言わないが、おそらく内容としては良い方ではないんだろうなと表情から察することは出来るから、俺はわざわざ触れないでおこうかな。




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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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