⑬ 「ソース」とは

文字数 2,884文字

敦君は、神竜族についてどの程度まで知っているのかな?
どの程度、って……学校の授業、歴史とか古典とかで習う範囲くらいしか知りませんけど

 それはこの世界の創世神話なのだが、単なる絵空事ではなく根拠のある歴史として、今に伝えられている。学校で習った通りをそのまま信じるなら、魔物側にとって神竜族の存在は今も信仰の対象であるらしいのだが、人間の島のそれはすっかり廃れてしまった。




 千年以上も前、神話時代。今俺達の生きるこの大地を、生き物の生きられるようにしたのは一体の「神竜」だった。最高神とも呼ばわるかの竜を「太陽竜マスター=マリア」という。その太陽竜には十体の子供がおり、ある者には空を、ある者には海をと、それぞれ守護する役を与え、この世界を統治させてい
た。


 その十一体の竜を総称して、「神竜族」と呼んでいた。また、神竜族に直に使える者達を「竜族」と呼んでいた。




 ……とまぁ、もっと真面目に勉強していた奴ならどうだか知らないけど、俺が覚えているのなんて、こんな最低限の知識だけだった。




敦さま、源泉竜さまのことをご存じですか
それが神竜族の一体だっていうなら、たぶん授業で一度くらいは聞いてるかもしれないけど、覚えてないよ。十一の神竜にはそれぞれ名前があるんだろ?
源泉竜ソース=アイラはね、人類の生みの親である神竜だよ
 ジャックさんの説明で、うろ覚えの知識に刺激を受ける。太陽竜が世界を作ったといっても、ややこしいけれど、この世界の全てを太陽竜が作ったわけじゃなかったこととか。
それでもって、神竜族の中でも、ひときわ悪名で知られているのもまた源泉竜ソース=アイラというわけだね
悪名だなんて……人聞きが悪いですよ、もう
 ジャックさんの言い様に、サクルドは小さな頬を不服そうに膨らませて抗議を表す。

でさ、その神竜だの、源泉竜だのが、どう俺に関係してくるわけなんだ? 

昨日のヴァンパイアは俺のことを『ソース』なんて呼んでたけど……

 悪名高い神様の名前で呼ばれてるって、ひょっとしてろくでもない立場だったりするのだろうか。
そんなことありませんっ
 俺の心が読めるというサクルドは、それを証明するかのように、思っただけの心情を否定してきた。

……この世界には、はじめ、竜以外の生物は存在しませんでした。

私欲を持たない彼らが他者を侵すことは一切なく、世界は何も生まれず失わず、永遠の時の中に平穏が約束されていました

 竜は俺達のように、何かを食べ続けないと生きられないわけではないという。しかし、消費と生産はひとつながりのもの。おそらく、何も消費しない竜達は何かを積極的に生産することもなかったのだろう。

そんな世界に、源泉竜さまは竜以外の生物を誕生させました。

退屈をまぎらわすために愛で、庇護すべき対象として竜よりもずっと脆弱な存在を求めた――それが、人間

……わざわざ弱い存在として作った、ってことか?
 そりゃあ、魔物だの竜だのに比べたら、俺達人間は身も心も弱い存在なんだろう。自覚はあるけど、あえてそうされたなんていうのは迷惑な話だな、と思う。
 そんな風にされなければ、現状みたいな、魔物の脅威に晒されて生きることはなかったのかもしれない。しかし、そもそもその源泉竜がいなければ人間という存在さえなかったと思うと文句も言えないのかもしれないけど。
現在の価値観にたとえると、人間がペットを飼うようなものだったかもしれない。神竜族、竜族は完成されすぎた存在だったから、それよりもずっと弱い、ある程度の捕食活動をしなければ生きていけない弱い存在を、愛玩生物として作り出したのだからね
た、大した趣味してるな、源泉竜って
そこまであけすけに言ってしまうと、正直な話どん引きなんだが、そんな俺に対しての説得はサクルドさえ諦めた様子だった。納得していなさそうなのは表情でわかるが、言及はしてこない。

……しかし、本来、私欲を持たない『竜』しか存在しなかった世界に、私欲を持つ他の生物を作り出してしまったことは、この世界に混乱をもたらし た。


アイラは人間に、神竜族ほどに絶対的なものではないにしろ知能を与えたから、神々の支配に異を唱える人間も出てきた。


だから、太陽竜はアイラに罰を与えた。


彼の羽を落とすことで、神竜族としての役目を剥奪したんだ

 サクルドやジャックさん、そして俺が喋る度、それぞれの顔を目で追うばかりで関心を見せなかったヴァニッシュだったが、ここで口を開いた。

神竜さまはそれぞれに固有の能力をお持ちでした。


源泉竜さまの場合、それは『無限に湧く魔力』だったのですが、


羽を落とすだけではそれまでを奪うことは出来なかったんです。


魔力の源は、羽ではなく、魂に宿っていたのですから

神竜といえど、それぞれの持つ魔力は有限だった。

最高神であるマスター=マリアさえそうだったんだ。

まぁ、彼は限りといっても途方もない魔力量を持っていたけどね。


源泉竜の、何をしても尽きない魔力というのは脅威だよ。

その魔力でもって、ソース=アイラは、人間やそれ以外の生物を生み出したんだ。

だからすべての人間は、わずかとはいえその魂に魔力を宿しているんだよ

……魔物と違って、その魔力を全て失ったからといって、命をも失うわけじゃないけれど
 人間の寿命は肉体の限界だけど、魔物の寿命は魔力の枯渇だ。だからこそ、人間が魔物に太刀打ちするのは難しい。ただでさえ魔物の方が肉体が頑強で、ちょっとやそっとじゃ倒れてくれないというのに、魔力さえ残っていれば復活の芽が残っている。

結局、源泉竜は神竜としての命を失っただけで、人間を生み出した力を失ったわけじゃない。

それでは罰として弱いだろう? 

だから太陽竜は、源泉竜に新たに『魔物を作り出すこと』を命じたんだ

魔物を生み出すことが、どうして罰になるんですか
源泉竜の寵愛する『人間』を、それより一段は強く、しかし神竜、竜族よりは劣る『魔物』という存在に監視させることで、世界の均衡を保つつもりだったんだよ
ああ、その後の展開は……
 こればっかりは、人間に生まれてその歴史を把握していない者はいないだろう。神々ほどではない目の上のたんこぶ。神話時代の人間達は、自分達の生活を抑圧する魔物達と戦うことを選び、戦争が起こったんだ。そして、勝利は叶わなかった。その頃の教訓やおそれが、現在、人間が魔物に刃向うことを難しくしている。

そうですね。当時の人間は魔物と戦うことを選びましたが、

羽を奪われた源泉竜さまには寿命が残されていませんでした

基本的に、源泉竜は人間びいきなところがあるから、魔物と戦わんとする人間に、アイラは切り札を残したのさ。


彼の魂に宿る、無限の魔力を、ただひとりの人間に継承した

……それが、君だ
……は?
 ただでさえ、ぼそっと喋るものだから聞き取りにくいヴァニッシュの声だ。何かの間違いかもしれないし、思わず聞き返していた。

源泉竜さまが、無限の魔力を継承した人間のことを、


現人源泉(あらひとげんせん)(りゅう)」、ソースと呼びます。


敦さま、あなたはそのソースの生まれ変わりなのです

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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