90/ キリー

文字数 3,504文字

 俺とマージャが石の小屋に泊まって、その翌日。朝食を終えた直後、俺だけを手招きするトールによって外へ連れ出される。
キリーがこっちに向かってるよ
 魔物同士であれば、それぞれの発する魔力によってお互いの位置がわかる。特に、キリーは数ある魔物の種族の中でも最強、竜族に匹敵する唯一の生物とうたわれるタイタン族だ。魔力は相応のものだろう。
昨日の今日で、また行動の早い人だな
そういうとこ、ライトにそっくりだよね
 親子らしい共通点に、微笑ましい心地になっていられるような事態ではなく、憂鬱のあまりため息が出てしまう。そんな俺に苦笑しつつ、トールも緊張を隠せないようだった。
マージャは、手はず通り眠ってるよな

うん。誰かに揺すって起こされるか、

僕が機能停止しない限り、

目覚めることはないはず。

アッキーには起こさないように頼んでおいたから

 昨晩、俺とトールで、キリーがここを訪ねた場合の戦略を立てておいた。トールの推測が正しいなら、キリーは地脈の精霊であるローナに手を出さない。彼女に狙われているマージャは、ローナの側にいるのが最も安全だろう。




 第一、マージャの能力ではキリーを一瞬にして石化してしまう。ある意味、一撃必殺としては必要な能力ではあるが、俺達はキリーを殺したいわけじゃないから戦力としては微妙なところだ。


 もちろん、殺さないつもりで対峙するなんて無謀だとわかっている。展開によっては、なりふり構わず全力で戦わなければ、俺達が殺されることになるだろう。




 ほどなくして、石平原の地平線から点のような影が見えた。今日はうっすらと雲に覆われて、見渡せる限り白く染まった空と灰色の石の地面が、どこか陰気で気を滅入らせてくれる。


 大岩の転がる地面の悪さをものともせず、落ち着いた足取りで歩いてくるそれは徐々に人の形を取り始める。必要以上に長く感じる待ち時間は、じれったくさえ思えてきた。




 小屋と、その前にいる俺達と一定の距離を保ち、彼女は立ち止まった。背の高い人間の男並みの体格をして、その身の半分ほどはあろうかという常識はずれの大きさをした鉈を持っている。


 黒く長い髪と瞳、小麦色に焼けた肌、そして何よりも面立ちが、ライトにうり二つだった。女性らしいというより筋肉質な胸にさらしを巻き、腰にゆったりとした布を巻いているスタイルもライトと同じだ。


 ただ、冴え冴えとした表情はライトと正反対だ。厳しそう、とも、悲しそう、とも違う。ただ、表情に動きがなく、芝居に使われるお面のようだ。これが、目まぐるしく感情を表に出すライトの、実の娘なのか。

何の用だ、ソース
 女性にしては低くざらついた声で、どこか間の抜けたことを言う。

それはこっちが言いたいよ。

マージャは俺の仲間だ。

キリー、あなたに何の権利があって、

殺そうなんて思うんだ?

他者を殺めるのに権利など、何者も――

神でさえ、持ち合わせてはいない

わかってるなら、どうして

マナはこのまま生きていてはいけない。

それが本人のためだ。

このまま死んで、次の転生を迎えるのだ

それは知ってるよ。俺が知りたいのは、

あなたがそう言い切る根拠だよ

 そう訊ねると、キリーは、小さく小さく息を吐いた。
それは、私が前の生で味わったものだから
 本気でこちらに説く気があるのか疑いたくなる、囁くような声だった。

前世の私はゴブリン族で、今のマナと同じく、

ある日その苦痛から解放された。


しかし、見たものを石にしてしまう目のせいで

他の生物と共に生きることは叶わない。


それだけならまだしも、私は悪夢に襲われた。

眠る時には、元の、呪われたゴブリン族に戻る夢。

そして、目覚めている間は、

かつて殺戮の衝動をたのしんだ、

ゴブリンという種に戻る夢だ

 眠りにつこうとすると、ゴブリン族の一員として呪われ、孤島ユークレースに閉じこめられる夢を見る。それは聞いたが、ゴブリン族の本性を取り戻し殺戮衝動の芽生える不安に襲われてる、なんて、まだ聞かされてはいない。……あいつ、つくづくふざけた野郎だな。

ゴブリン族のまじないから解放された私には、

かつてのような殺人衝動はなかった。

だからこそ、ゴブリン族の過去の所行を憎み、

その本能が再び目覚めるか

もしれない未来を怖れた。


なれば、その本能が眠っている今の内に、

この命を絶てばいい。

死は終わりではなく、次なる生において

真の解放を迎えるための通過点に過ぎないのだから。




そして、生まれ変わったのが今の私だ。

タイタンに生まれた私には、

醜悪なゴブリン族に戻るのではという怖れはない。


転生によって、忌まわしい種から解放されたのだ。

ソース、仲間と言うのなら、

マナの苦しみを知っているだろう?

 ああ、知っているさ。だけど、キリーが当たり前に知っている、マージャの本名さえ、俺は本人から教えてもらっていない――トールが口を滑らせたから知っているだけで――だけど、それをやっかむことはない。奴がそうした理由を、俺は朧気に察していた。これまでの付き合いで感じたマージャの性格と、そんなあいつを仲間だと思う根拠と共に。

はっきりわかったよ、キリー。

あなたは馬鹿だ。

馬鹿の言うことなんていちいち真に受けていられない

何の真似だ

 内心はどうだか知らないが、表向きはさしたる動揺もなく、キリーは静かに訊ねる。




馬鹿だよ。自分の気持ちにきちんと向き合わず、

真実から目を背けて、あげくに人殺しをしようとしている。

解放されたと思ってる前世に、今もガチガチに縛られてるじゃないか

 それはある意味、マージャを殺したところで、やっぱりゴブリン族を蝕む苦痛からは解放されない定めなのか。そんな仮説を自ら証明している、皮肉極まりない有様だった。

あなたがマナを殺そうとするのは、

彼を解放してあげるためなんかじゃない。

苦しみから逃げて自殺した自分の行動を、

あれは正しかったんだって、

自分を納得させたいからだよ

 俺ならまだしも、ゴーレムであるトールに断言されてしまっては言い逃れは出来ない。表情の乏しいキリーの顔ではあるが、かすかに、呆然とした絶望感をにじませている。




それがなくたって、マージャのことをよく知りもしないで

殺して楽にしてやろうって考えだけで十分に馬鹿げてるけどな。

自分がそうしたからって、みんながみんな、

生きる苦しみから逃げ出して死のうなんて考えるわけじゃないのに

私はマナを知っている。

かつてのゴブリン族の記憶の中で

それは今のあいつとは違う。

さっき、自分で言ったじゃないか。

まじないから解放された自分は、

かつてのゴブリン族とは違ってたって

 自分の発言との矛盾を指摘されると、ごく普通に論理的な人間だったらぐうの音も出ない。それでも反論はあきらめていないのだろう、とりあえずといった感じで、キリーは口をつぐむ。




キリーが言うように、マージャは今も、

いくつもの苦しみを抱えているだろうよ。

そうだとしても、あいつに死ぬ気なんかないよ。

散々手を尽くして俺を仲間に引き入れたのは、

望みを叶えるためだ。

あいつは死ぬことじゃなく、苦しみの中で生きながら、

ゴブリン族をまじないから解放する方法を探す道を選んだんだ

 それは、苦しみに耐えられなかったキリーには痛い言葉だったはずだ。俺には彼女の味わった苦痛はわからないし、死んで逃げたこと自体を非難する資格はない。だけど、そんな自分を正当化するためにマージャを手にかけようとしたことを許さない権利だったらあるはずだ。
だから、あなたがマージャを殺してくれようなんて、大きなお世話――
その名前を呼ぶな
 その言葉に、怒りはなかった。相変わらずの無表情で、しかし確かな焦燥感は感じさせる、キリーの姿。

それは、あの者の名前ではない。

忌まわしきゴブリン族の、

穢らわしい族長の名だ

へえ、苦しかったあの頃を思い出すから不愉快なのかい?

 俺の横から進み出て、小馬鹿にしたようなことをトールが言う。ただでさえ一触即発の空気を感じた先からそう喧嘩を売られると、必ずしも戦いたいわけじゃない俺の心臓に悪い。


 キリーは、その手に持っていた大鉈を構えようとした。戦闘態勢に入ろうとするのをみすみす許すわけもなく、トールが彼女の懐に飛び込み、肘で当て身をくらわせにかかる。




 ああ、それにしても……ライトがキリーを殺してやろうと思った気持ち、こうして話してなんとなくわかった気がする。


 転生してゴブリン族から解放されたと信じたい自分と、向き合いたくない真実と目を背けながらそれに徹することさえ出来ず、自己弁護に戦い続ける。そうやって、キリーは生きてきたのだろう。そんな姿はただひたすらに、哀れだった。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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