27/ 魔術式
文字数 4,261文字
よくわからないけど、せっかくティアーが応援してくれてるんだ。とにかく頑張ろう。
まぁ、戻してくれるというのに抵抗する理由もないので、ナイフの持ち手に巻かれた縄をほどくことにする。あのオルンが作ったにしては結び目が甘く、あっさりとほどけた。そういえば、このナイフはベル達の依頼で用意したと言ってたから、この縄が一度は解かれることがわかっていたのかもしれない。
縄を取り払ったことで、身ひとつとなった石を眺める。縄で隠れていた部分に、円で囲まれた模様が見て取れた。
広場の中心は土が円状に削られてへこんでいる。そこへ落ち葉が敷き詰めてあった。
石の模様のある部分を、エリスは右の手のひらで軽く握る。その腕を前へ突き出すと、その場に膝をつき、盛られた葉を巻き込んで地面へ石ナイフを刺した。
ぼそぼそと、おそらく人間に理解出来るものではない言語で何か呟いている。その表情は別に特別なところはなく、呼吸をするように自然なものだった。
一言二言三言、時間にしてほんのひと時。石ナイフを刺した部分から線香のように細い煙が立つと、エリスは石ナイスを握ったまま立ち上がり、背筋を伸ばした。
今度は指で示すようなわかりやすいアプローチはなかったが、まさか俺以外に訊いているとは考えられない。時間をかけてじっくり考えてみるが、誰も文句はないようだった。
魔術式の構成は紋章と封印。
この石ナイフの場合、火の紋章を円で囲って封じている。
その封印を呪文で解いてやるから、
使用者に都合良く魔術を発動させる
ことが出来るというわけ。
この封印を用意してやらなかった場合には、
火は消えることなく燃え続ける。
これが魔術式の基本よ
返事を待たずに、エリスは先を歩いていく。俺が足を踏み出すまでヴァニッシュは微動だにせず、後ろから付き添うように進み始めた。
疲れた身体に鞭打つような道のりだった。体感だけが基準なので確証はないが、一時間から二時間はかかったのではないだろうか。
たどり着いたのは、ベル達の家のあった場所よりもさらに開けた場所だった。通っていた学校のグラウンドほどだろうか、三百メートル四方くらいの範囲に渡って、木が生えていない。足首の高さの雑草が密集している、のどかな野原という趣だ。
とはいえ、あまりのどかとも言っていられない。こんな環境にあるからだろう、数人の魔物達が集まっていた。
ソースは居所を隠せない、たとえ遠くフェナサイトにいたとしてもその存在感が伝わってくる――そんな話をティアー達から聞かされている。当然、ここにいる彼らも、俺達の接近を知っていたのだろう。全員が、もれなく、こちらに目を向けていた。
イメージする。円は封印、その中には火の紋章――思い出した模様から、円を消して、改めて火の紋章を……。
眼前が、一瞬にして染まる――赤だったか白だったか、そのどちらでもあったかもしれない。
視覚よりも衝撃的だったのは、目や頬が溶けるんじゃないかと思うような熱風だった。
身体を飛ばされて、尻餅……ではなく、背中から着地していた。内蔵を吐き出してしまいそうな衝撃があったが、幸いなことにその痛みは瞬きの間に感じなくなる。
これらの現象を俺が自覚したのは、全てが過ぎ去った後だ。地面に仰向けに寝転がり、何が起こったのか思い出そうとして、そういえばこんなことがあったかもしれない……なんて、思っただけで。
思い出せたからといって自分の身に起きた――いいや、しでかしたことを認められるかといえば別だ。俺は放心し、静かにパニックを起こした頭のまま、青い空を眺めた。
正気に戻してくれたのは、肩を叩くヴァニッシュの前足。服を通してもわかる、ぷにぷにと柔らかな肉球。申し訳程度に伝わってくる、爪の先が食い込む感触。そして、たったそれだけの接触にも関わらず、胸に込み上げる熱があった。
余談だけど、と前置きしてエリスは説明する。
魔術を使えない種族というのは、エリス達エルフや妖精のように、いかなる手段によっても魔力を供給出来ない魔物のことだという。彼らは生まれながらに備えた魔力を核に生きる。その魔力は生体活動によって減少することはないが、日光によって回復することもない。
正確には、魔術を使えないのではなく、魔術を使えば自身の命を削ることになるのだ。
魔術道具とは、オルンやライトのように魔力の許容量に恵まれた種族からエリス達のように慎ましく暮らすしかない種族への恵みであり。また、魔力を回復出来るからといって無尽蔵に魔術を放てば命に関わるので、あえて魔術道具に頼る魔物もいる。一旦、魔術道具として形になれば、魔術式を破損しない限りは道具に込めた魔力は失われないものなんだそうだ。
神竜と魔物の違いは、ひとつ、自ら魔力を作り出せること。
もうひとつが、想像だけで世界に影響を与えられることよ。
だから魔術式を思い描いただけで術が発動してしまう。
魔物の場合、道具に刻むなり地面に描くなりして、魔術式を実体化しなければならない。
さらに術の詠唱によって発動の意思を外へ出さなければならないのよ