ばっさばっさ、落ち着きのない鳥の羽音が、物静かな夜の森に響く。ずいぶんと大きな鳥……それにしたって音がでかすぎやしないか? そう思っていたら、
羽ばたきながら、片翼だけをさらに大きく振りアピールしているのは、ハ―ピーのナウルだった。
さんぽ、してた。
そしたら、ソースのにおいがした。
だから、きになった
人間のそれより大きめな青い瞳は、どちらかというと無表情で感情が読みにくい。そんな表情で言われてもちょっと抵抗はあるが、ナウルの指さしている、俺の持つ二つに割った果物をとりあえず手渡す。
ナウルが小さく叫んだ直後、彼女が鳥の両手のひらに乗せていた果物の、皮の表面が瞬時に凍りついた。
そうだ。シータをくってから、
こおり、かんたんにつかえるようになった
言いながら、ナウルは俺に実を返してくれる。エメラードの熱帯の気候の中だから、凍った果実を持つ手のひらへの冷気も大した影響ではない。しかし気温と手の体温は氷をみるみる溶かしていき、ぽたぽたとたれる水滴が俺のズボンに染み込んでいく。
すこしまえ、ティアーにあって、
それをさがすのにつきあった。
そいつはこおらせると、うまい。
もりのあいす、て、ティアーいってた
それでも、どうやら親交のあるらしいティアーだったらともかく、俺の食べる果物を凍らせるために立ち寄ってくれたというのなら随分と親切なことだろう。
森のアイス、かな。
もしかしてエメラードで知られてるご当地デザートみたいなもん?
いんやー、そんなの聞いたことないぞ。
第一、エメラードの魔物はアイスクリームなんか食ったことないだろ。
おいらはフェナサイトに寄ったら一回は必ず食べておくけどな!
なぜか自慢げにライトは語る。そういや人間の島じゃあ、今や一年中いつでもアイスを売ってるな。需要の低い冬場でも一応用意しておく、というのは思えば贅沢な話である。
ティアー、なんにちもかけて、めずらしいのみつけた。
ほかにも、しこーさくご? して、そいつにきめた
ナウルは言わんとすることがいまいち伝えきれていないので、推測するしかない。要は、ティアーは俺が思っている以上に、苦心してこの果実を提供してくれたってことだろう。エメラードの誰もが知ってる嗜好品ではなく、今回のために、ティアーが新たに発掘してくれた果物だったのだろうか。
そろそろ、いい、ころあいだ。
さっさと、めしあがれー。
そうだ、ついで、これつかえ
召し上がれって、おまえさんどこでそんな言葉を覚えたんだよ
召し上がれ、といえば尊敬語だが、ナウルの言い様からして本来の使い方を心得た上でのこととは思えない。
ナウルが両手を自分の目の高さにかざすと、手のひらサイズの小さな氷片が現れる。ナウルがそれを知るはずもないが、コンビニでアイスを買うと貰える木のスプーンを思い出す。すぐに溶けてしまうのを配慮してか、あれより幾らか大きめだ。氷片はナムルの手を介することなく、落下して果物の実に突き立った。
エメラードで暮らしていると、常に清潔を保とうなんて無理な話だ。服も体も、全身が土埃で薄汚れている。これから手掴みで果実を食べるのに、汚れた手をどうしたものかとも思っていたが、ナムルが果実を凍らせたのが溶けだした水滴がうまいこと手の汚れを落としてくれていた。
ナウルに礼を言って、氷片に実をすくう。果肉は白く、まるで呑み込んでいくかのように抵抗なく氷片を食い込ませる。柔らかすぎる果肉は氷片の先にほんの少ししか乗らない。ただでさえ微少なそれを落とさないように、俺は慎重に氷片を動かし、口の中へ運んだ。
ライトも、どーだ。
いるなら、すくうもの、もひとつ、つくってやる
いんやー、ティアーが敦のためにわざわざ探してきたもんだろ?
おいらは遠慮しとくさ
などとふたりが話している横で、俺は最初のひと口を味わっていた。ティアーの実は、舌に砂糖のようなざらざらとしたものを残すが、食べ触りはまさしくクリームで、しかも甘さは控えめ。おいしかった。冷やすと美味しいといって表皮を氷で覆ってくれたナウルのおかげで、まさに森のアイスと表するのにふさわし いものになっていた。
うん、おいしいよ。
本当にアイス食べてるみたいだ。
……でも、そんなに苦労したんなら、
ティアーもそう言ってくれたら良かったのに
彼女と出会って一年以上になるが、別にそういう印象はなかったけど。
おまえ、よろこぶの、そうぞうしてにやにやする。
ティアーは、そーいうの、すきなんだって。
へんなやつだなー
言葉足らずな説明なので、聞いてるこっちは都合良く補足してしまう。喜んでいいことなんだろう、たぶん。
どうせなら喜んでるところを直に見れた方がいいに決まってるのに、とおそらくそういう主旨のことを言い残して、ナウルは飛び去っていった。