55/ 森のアイス

文字数 2,123文字

 ばっさばっさ、落ち着きのない鳥の羽音が、物静かな夜の森に響く。ずいぶんと大きな鳥……それにしたって音がでかすぎやしないか? そう思っていたら、
おーい、ライト―、ソースー
 羽ばたきながら、片翼だけをさらに大きく振りアピールしているのは、ハ―ピーのナウルだった。
よお、ナウルじゃないか。どうした?

さんぽ、してた。

そしたら、ソースのにおいがした。

だから、きになった

気になったって、俺が?
そう、おまえ。それ、よこせ
 人間のそれより大きめな青い瞳は、どちらかというと無表情で感情が読みにくい。そんな表情で言われてもちょっと抵抗はあるが、ナウルの指さしている、俺の持つ二つに割った果物をとりあえず手渡す。
シータ!
 ナウルが小さく叫んだ直後、彼女が鳥の両手のひらに乗せていた果物の、皮の表面が瞬時に凍りついた。
シータって、ディーヴの奴が手なずけてた虫だっけか

そうだ。シータをくってから、

こおり、かんたんにつかえるようになった

 言いながら、ナウルは俺に実を返してくれる。エメラードの熱帯の気候の中だから、凍った果実を持つ手のひらへの冷気も大した影響ではない。しかし気温と手の体温は氷をみるみる溶かしていき、ぽたぽたとたれる水滴が俺のズボンに染み込んでいく。

すこしまえ、ティアーにあって、

それをさがすのにつきあった。


そいつはこおらせると、うまい。

もりのあいす、て、ティアーいってた

へえ、そうなんだ。

わざわざありがとう、ナウル

とおりかかった、だけだ。

わざわざ、きてないぞ

 それでも、どうやら親交のあるらしいティアーだったらともかく、俺の食べる果物を凍らせるために立ち寄ってくれたというのなら随分と親切なことだろう。

森のアイス、かな。

もしかしてエメラードで知られてるご当地デザートみたいなもん?

いんやー、そんなの聞いたことないぞ。

第一、エメラードの魔物はアイスクリームなんか食ったことないだろ。

おいらはフェナサイトに寄ったら一回は必ず食べておくけどな!

 なぜか自慢げにライトは語る。そういや人間の島じゃあ、今や一年中いつでもアイスを売ってるな。需要の低い冬場でも一応用意しておく、というのは思えば贅沢な話である。




ティアー、なんにちもかけて、めずらしいのみつけた。

ほかにも、しこーさくご? して、そいつにきめた

 ナウルは言わんとすることがいまいち伝えきれていないので、推測するしかない。要は、ティアーは俺が思っている以上に、苦心してこの果実を提供してくれたってことだろう。エメラードの誰もが知ってる嗜好品ではなく、今回のために、ティアーが新たに発掘してくれた果物だったのだろうか。

そろそろ、いい、ころあいだ。

さっさと、めしあがれー。


そうだ、ついで、これつかえ

召し上がれって、おまえさんどこでそんな言葉を覚えたんだよ

 召し上がれ、といえば尊敬語だが、ナウルの言い様からして本来の使い方を心得た上でのこととは思えない。


 ナウルが両手を自分の目の高さにかざすと、手のひらサイズの小さな氷片が現れる。ナウルがそれを知るはずもないが、コンビニでアイスを買うと貰える木のスプーンを思い出す。すぐに溶けてしまうのを配慮してか、あれより幾らか大きめだ。氷片はナムルの手を介することなく、落下して果物の実に突き立った。




 エメラードで暮らしていると、常に清潔を保とうなんて無理な話だ。服も体も、全身が土埃で薄汚れている。これから手掴みで果実を食べるのに、汚れた手をどうしたものかとも思っていたが、ナムルが果実を凍らせたのが溶けだした水滴がうまいこと手の汚れを落としてくれていた。


 ナウルに礼を言って、氷片に実をすくう。果肉は白く、まるで呑み込んでいくかのように抵抗なく氷片を食い込ませる。柔らかすぎる果肉は氷片の先にほんの少ししか乗らない。ただでさえ微少なそれを落とさないように、俺は慎重に氷片を動かし、口の中へ運んだ。

ライトも、どーだ。


いるなら、すくうもの、もひとつ、つくってやる

いんやー、ティアーが敦のためにわざわざ探してきたもんだろ? 

おいらは遠慮しとくさ

 などとふたりが話している横で、俺は最初のひと口を味わっていた。ティアーの実は、舌に砂糖のようなざらざらとしたものを残すが、食べ触りはまさしくクリームで、しかも甘さは控えめ。おいしかった。冷やすと美味しいといって表皮を氷で覆ってくれたナウルのおかげで、まさに森のアイスと表するのにふさわし いものになっていた。

うん、おいしいよ。

本当にアイス食べてるみたいだ。


……でも、そんなに苦労したんなら、

ティアーもそう言ってくれたら良かったのに

ティアーはな、ひみつしゅぎなんだ。

なー、ライト

秘密主義か。

そう言われりゃそうかもなぁ

 彼女と出会って一年以上になるが、別にそういう印象はなかったけど。

おまえ、よろこぶの、そうぞうしてにやにやする。

ティアーは、そーいうの、すきなんだって。

へんなやつだなー

 言葉足らずな説明なので、聞いてるこっちは都合良く補足してしまう。喜んでいいことなんだろう、たぶん。
 どうせなら喜んでるところを直に見れた方がいいに決まってるのに、とおそらくそういう主旨のことを言い残して、ナウルは飛び去っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色