⑨ 森の館

文字数 2,797文字

 時間感覚も距離感も忘れ始めていたけれど、疲労でへばる前に目的地に到着したのは何よりだった。


 そこは道もないような森の中にあってはひどく場違いな、中規模とはいえ立派な洋館だった。その屋根を覆うように、ほとんどすき間もなく木々の葉が茂って

いるので、空からの光の恵みは一筋さえ射してこない。小さなサクルドの光だけが頼りでは、洋館の全体像はつかめないのだが、おそらく二階建てで各階五部屋くらい、といったところか。

それでは敦さま。

わたしはここで失礼いたします

 サクルドが俺の目の高さまで浮かび上がり、告げる。そこで気がついたのだが、サクルドは飛んでいる間、羽を動かしていない。となると、その羽は飛ぶためのものじゃないってことか? だったら何のためについてるんだろう……。
一緒に行かないのか?

わたしは、敦さまが本当に必要としてくださった時にしか、

外にいることはできないんです。

館が目の前にあって、安心なさったみたいですね

 苦笑混じりに言うサクルド。嫌みはいっさいないけれど、当人としては照れくさいことこの上ない暴露である。


 なんて考えていたら、その姿は地に落ちる滴のように、はじけて消えた。




 サクルドの光だけがこの場を照らしていたので、彼女を急に失ったことで視界が不安定になる。仕方なしに、俺はまばたきを繰り返して闇に慣れようとつとめた。

でもさ、来たのはいいけど誰もいないように見えるんだけど。

ジャックって奴に、早く豊を診てもらわなきゃまずいんじゃなかったっけ

 俺がそう思った根拠は、サクルドの消えた後の暗闇だ。普通、建物の中に誰かいるのなら、多少なりともあかりが漏れてくるはずだから。
いると思うよ。ジャックはよっぽどのことがない限り、この館を出ないから

……夜はあかりが漏れないように細工しているんだ。

あかりがあると、上から見たらこの場所が知られてしまうかもしれない

上から、ねぇ
 空を飛ぶ魔物もいるんだろうか。そしてこう神経質にしてまで、知られてはまずい場所なんだろうか。ここは。
ジャックー、帰ったよー

 涙さんが呼びかけると、手を触れてもいない玄関の両開きの扉が、奥へ開いていく。中からジャックさんとやらが開けたのかと思ったのに、そこには影も形もなかった。


 戸を開けたからといって、さっそく中のあかりがもれてくるということもない。吹き抜けの玄関ホールには若干大きめのランプがあるものの、廊下を照らすのは一定の距離で床に置かれた、皿の上の小さなろうそくだから。


 そういえば、電灯なんていうのは人間社会の利器なんだったな。さすがに森の奥にわざわざ電気を通したりはしていないんだ。

でもすごいな、森の中にこんなでかい家があるなんて。

ヴァニッシュ達だけで建てたのか?

ここはね、仲間のひとりが自分だけで建てたんだよ。

もう何百年って前のことなんだけど。

あたし達の島に人間の建築技術を持って帰ってきたっていうんで、とっても有名なんだ

へぇー……

 魔物でも人間の技術を必要とすることなんてあるんだな。もっと、野に暮らし自由気ままな生活でもしているものかと思っていた。


 確かに、野良猫だって雨に降られたらそのまま降られっぱなし、なんてことはない。雨宿りをする。魔物だって、雨や風を妨げる宿を求めたって不思議ではない。

……この時間なら、ジャックは上だと思う
 ヴァニッシュが気遣うように、俺を見やる。確かにもうへとへとで、この上に階段というのはきついものがあるけど、あと少しの辛抱だ。
みんな、おかえり
 いざ行かんとしたところで、上から声が投げられた。見上げると、手すりを強くつかみながら、ゆっくりと階段を下りてくるおじいさんが見えた。顔も手もしわくちゃで、動くのもつらそうだ。こんなことなら、無理をしても俺達が二階へ行った方が安心だったかもしれない。

ただいま、ジャック。

今日は何だか元気そうだね

ああ、調子が良くてね、

久しぶりに薪を集めに森へ出てきたんだよ

……いくらなんでも、人間が単身で夜の森をうろつくのは危ない

昔は私も狩りに出ていたんだ。

レーシィが多少のひいきをしてくれるから大丈夫

 暖かで気性の優しそうな人ではあるのだが、今は豊の方を何とかして欲しいんだけど……。




ところで――豊の気配が変わっているね。

と、いうことは……

――ごめんなさい。

あたし、豊を守れなかったの

 それだけで事情を察したのか、ジャックさんは沈んだ表情の涙さんの頬を撫でる。かなり腰が曲がっているので、頭を撫でようにも手が届かないのだろう。

そうか……ヴァンパイアへ変わったのだね。

なぁに、今の豊は孤独じゃないからね。

これまでそうしてきたように、助け合っていけば道を外しはしないはずだよ。


特に、敦君。

これからも豊の良い友達でいておくれ

 名乗る前から俺の名前を知っている、なんていうのはもう疑問に思う必要はないんだろう。涙さんとその仲間は、俺以上に俺のことを知ろうとしてきたのだろうから。




 それはともかく、豊のことだったら今さら、言われるまでもない。

もちろん。豊だって、俺のために戦ってくれたんだから。

挙句、こんなことになっちまって……豊には恩を返さなきゃ

 ジャックさんがまた階段を上るのを待つようだとかなりの時間を消費するので、ヴァニッシュがジャックさんを背負うことになった。ジャックさんはその背中から、涙さんに俺の使う客室を整えるように言いつける。


 豊は二階の客室のベッドで休ませることになり、

よく眠っているところを悪いのだけどね、豊。

一旦、目を覚ましておくれ

 ジャックさんが声をかけ、やや力をかけて豊の頭を撫でる。そうしてようやく、豊は目を開けた。何ともまぶたの重たげな、緩慢な目覚めだった。
ここがどこかわかるかい?

……ジャックがいるってことは、出張所だろ? 

俺、どうしてたんだ

豊、蘇生を急ぎすぎたんだね? 

無理をするから、急激に魔力を消費して、意識を失ったのだろう。

敦君がここまで運んでくれたのだよ

 まだ意識がもうろうとするのか、ただ寝ぼけているのかわからないが、豊が言葉を返すのにはかなりの時間がかかった。

敦、疲れただろ。

ただでさえ慣れない森を歩くってのに、大の男背負ってきてさ

つまらないこと気にすんなよ。

豊こそ、俺のためにこんなことになって、ごめんな

んー……じゃあ、お互いさまってことでいいか
そうだな……
 結果的に、豊は俺のために死んでしまったのだから、お互いさまで済ませるレベルではないとも思う。けれど、豊がそう言ってくれるなら、これ以上食い下がるべきじゃない。そういうしつこいやり取りを嫌う奴だから。
なんか、妙な気分だな。目が覚めたら、自分がこれまでと全く別の生き物になってるなんて
不安があるんだね?

そりゃそうだろ……しかも、

ヴァンパイアなんて最悪もいいところだ。

なんせ……

 それきり口をつぐみ、豊は何も喋らなかった。




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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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