81/ 救いを目指す者達

文字数 3,051文字

 所用で里帰りしていた豊が森の館へ帰ってきた時には、少々どころではなく疲れた顔をしていた。そんな彼に事の次第を伝えるのは気が引けたので、翌日に引き延ばそうかとも思ったのだけど。俺の顔色から豊は何か進展があったのではと見抜いてしまった。おそらく、俺が豊が疲れた顔をしているなと思ったのと同じように、豊にそう思わせるような顔を俺もしているのかもしれない。
おまえのことだから、どーせそういう方向に落ち着くんだろうってわかりきってたけどな
 こんな豊の台詞を、以前にも聞いたことがあるような気がする。俺ってそんなに、行動パターンが読みやすいものなのかね。
で、何があってそーいう安請け合いをしちゃったのかねー

安請け合いじゃねーよ。

約束したからには途中で投げ出したりしないって

あいつと約束した、ってのは、自分の進路を決めたってことだろ? 

それを、元から深いつき合いがあったわけでもない

いちクラスメイトのために捧げちまうっていうのが、

安請け合いなんだよ。

で、そう思わせるだけの何があったっていうんだ

 そうきっぱり正論を言われるとぐうの音も出ないってもんだ。






マージャ。念のため言っておくけど、

今、ここで嘘をついたりごまかしたり、

いつもみたいに適当な物言いはするなよ

 そこまで空気を読まない奴じゃないと知ってはいるが、一応釘は刺しておくことにした。




 俺の言葉に耳を傾けるマージャは、赤い血溜まりとなったうつろな目で俺を見上げると、一度だけ頷いた。その反動で血溜まりが決壊し、両目から赤い筋を垂れ流す。

おまえが言ってた、使命っていうのは何だ
 奴の、今の状態と関わりのあることだと察しはつく。しかし、本人の口から改めて聞かされることが大事だと俺も思う。他ならぬ、マージャ自身の先程の主張と、完全に同意だった。
俺……、
 何事か語り始めたと同時、また苦痛の波がきたのだろう、マージャが頭を抱えてうずくまる。そんな姿を見て、ふと、心変わりをした。
やっぱいーや。細かいことは後にして
 ぽりぽり。頭をかいて呟くと、何か勘違いしたのかマージャは即座に面を上げる。すがるような目で見上げてくる様子は、ある意味、俺の期待通りというか予想通りというか。

ひとつだけわかってることがある。

おまえの使命――いや、願いを叶えるのに、

ソースの力が必要なんだな?

ああ……
だったら、それ相応の態度ってものがあるよな

 おっと、そんなつもりじゃないのに陰険な言い方になっちまったかな。マージャが首をかしげるばかりか、シュゼットまで怪訝な眼差しを向けてくる。


 しかし、俺は至って真剣だった。傍目にそれはわかるのだろう、ふたり共、横槍を入れようとはしない。

ソースの力を当てにするなら、

『助けて』って言ってみせろ。

俺の力が必要なんだって、言ってくれよ

 きっと意表をつけるだろうとは思ったが、俺の言葉はよほど意外だったのか、マージャは目を見開く。シュゼットは唖然とし、流れるように呆れ顔へと表情を変える。
そなた、本当にそれだけで自身の生きる道を決めるつもりか

 ああ、確かに、客観的に見たら「ただそれだけ」なんだろうけど。それでも俺はまごうことなく本気だった。




 四百五十年も続く強固なまじないを解き放つのは、並大抵のことではないだろう。この一生をかけて、それでも達成できないかもしれない。


 家族でも、親友でも、まして恋しい相手でもない。ただのクラスメイトで、これまでの人生で出会ってきた友達のひとりに過ぎず、特別でも何でもない存在。だけど、俺は。

相手が誰かなんて関係ない。

目の前で苦しんでる人がいて、

ソースの力でどうにか出来るかもしれないって時に、

見捨てることなんか出来ない。

きっと、俺みたいなのがソースに生まれた意味はそういうことなんだ

 それが、ソースとして生まれたことに対する、俺なりの答えだった。




 だけど、ただひとつだけ欲しいものがある。それは、相手の明確な意思表示。助けて欲しいんだろうな、と推測は出来るとしても、一方的な善意の押し付けは自己満足の偽善だ。ソースとしての俺の力が、確かに必要だと言って欲しい。




どうする、マージャ

 改めて、問う。ここで、素直に「助けて」も言えないような奴なら、俺も自分の人生をかけてやる義理なんかない。また、そういう俺の気持ちにマージャが引け目を感じるかもしれない。


 俺は、すでに意思表示をした。決めるのはマージャだ。

……終わらせたい……
 消え入るような声で、マージャは呟いた。

俺は、この苦しみを終わらせたい……

憎いゴブリン族のために動いてくれる奴なんて、どこにもいない……

孤島にいる同胞は、そのために努力さえ出来ない……

だから、俺がやるしかない。

……俺が、こうして人の形で生きている間に、

一族を石の呪いから解放する……

それが、俺の使命だ

 言いながら、少しずつ、亀の歩くような遅さでマージャは右腕を持ち上げようとする。まるで灼熱の夏空の下、太陽の光をさえぎるように右の手のひらを天井に向けて掲げる。
助けてくれ、アーチ
 おそれと、不安と、罪悪感に打ちのめされたような感情を滲ませて、それでいて震えのないしっかりとした一言だった。

どんな苦しみを受けたって、決して償いきれないことをしたって、わかってる……

どんなに虫のいいことを言ってるかってことも、だけど、俺は……

いいんだよ
 大昔に虐殺をした身で、救いを求めるのは間違ってる。マージャはそう言いたいんだろうけど。

だって俺は、おまえの一族が過去にしたことなんて、何も覚えてないんだから。

生まれ変わったら、前世のことは忘れてしまう。

それがこの世界の理なんだろう?

 理は、神竜達が定めた世界のルール。罪は、来世で罰を受けることで償いとする。転生しても浄化出来ない罪や他者を犯す心は、存在そのものを抹消する。魂と肉体が分かれて転生するので、現世において前世の記憶に縛られることはない。
 これらの決まりから、マージャの一族は隔離されている。絶対的であるべきはずの、世界に対しての例外。こんなのを放置しているなんて、ありがた~い神様にとっても本意じゃないはずだ。なんて、都合のいい解釈をしてみたりして。

 俺は、マージャが天井に向けて掲げていた手を取った。そういえば、今のこいつに視力があるのかも怪しいところだ。こちらの表情をうかがえない相手に対し、言葉以外の感情を伝えたいのなら、こうして触れるのが手っとり早いだろう。

 この力を、おまえとその使命に捧げよう。口にするには少々恥ずかしいものがある決意を、その手を強く強く握ることで伝えた。





うーわ
 どん引きで思わずこぼれたらしい、豊の一言。
想像以上にしょーもない話で泣けてきたぞ
しょーもないとは何だよ、失礼な奴め

よりにもよって、非道の限りを尽くしたゴブリン族のために生涯を捧げるなんて、

お人好しって領域を飛び越して馬鹿としか言いようがないだろ

 友達のひいき目を持ってしても擁護のしようがない、俺の選択はそれほどまでに愚かしい。自覚がある以上、何を言われたって堪えやしないが。
それで、豊はどーするよ

おまえについてくに決まってるだろ。

俺も、先に死んだ仲間との約束を律儀に全うしたり、

お人好しを見捨てられないくらいには馬鹿だからな

 言われてみれば。豊が俺に言ったことは、考えようによっては豊にも当てはまるかもしれないな。

次の船までには日があるだろ? 

ひとつだけ、やり残したことがあるんだ。

そうだ、豊も行くか?

どこに?
あいつの形見を預けに、さ
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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