47/ それぞれの、事情

文字数 3,318文字

おいらの家族の話?

 ライトは夕食を捕りに、近くの川で魚を漁っていた。固めの蔓つるで編んだかごに、手掴みをした魚を次々と放り込んでいるところだった。




んーと、山向こうは巨人族の集落だっつのは知ってたっけ?

ああ。向こう側はタイタンの縄張りみたいなもんで、

それ以外の魔物は住んでないっていうんだろ

そうそう。おいらはめったにあっこへは帰らんけどな。

おいらの子供はみーんなそっちで暮らしてるよ

子供がいるってことは、奥さんもいるんだ

いんや。同族の女共と適当に子作りしてるだけさ。

アッキ―とローナみたいにしてる方が珍しいんだって

 人間から見たら、淡泊極まりない発言である。普段気のいいライトだけに、意外な一面を見た気分だ。

第一、おいらは集落の連中はどうにも好かんでなあ。

縄張りに引きこもって外を知らないもんだから、

顔合わせて話しててもつまらんのなんの。


珍しいっていやあ今の時代、集落を出てあちこち出かけてる

おいらの方が変わりもんだっつうのはよく言われるな。


顔合わせたことはねえが、どうやらおいらの姉らしい人はずっとアクアマリンにいて、

戦乱の類にゃ毎度参戦して伝説化してるっちゅうのは聞いたことが……

ライトのお子さん達もライトみたいにでっかいのかな

それがなぁ、巨人族の弱体化っつーか身丈の縮小化はまじで深刻でなぁ。

おいらの末の娘なんか、ヴァニッシュとそう変わらないくらいだぞ

 ヴァニッシュはたぶん百八十は超えているはずだ。人間の感覚だったら女の人でそれならかなり背が高い方だと思うけど――確か、生み出された当初の巨人族はライトが五人いても足りない……十メートルくらいか? だったらしいし。そうなると人間の常識から逸脱してない体格まで小型化してしまったというのは、タイタン族にとって楽観視出来ない問題かもしれない。




 ライトから必要な情報は得た気がするので、ここでお暇させてもらうことにした。






 小屋に戻ると、エリスは何をするでもなく、むしろ小屋を出た時と変化のない座り姿勢のままで俺を待っていた。

どうだった?

いや……ライトって家を建てること以外に興味ないのかと思ってたから、

ちょっと意外だったかなって

おかしなことを言うわね。人間だって、

趣味があるからといって性交に無関心、なんてことないのでしょう?

 そういう人がいないとは断言しないが、どちらかといえば稀少なのかなー、とは認めざるを得ない。

魔物には繁殖期があってね。

その時期に子孫を残してもいいと思えば、

ライトも一時的に帰郷しているのよ。

まあ、タイタンは寿命が長いからその繁殖期もめったにないのだけど。

それでも、定期的に精気を抜くのは魔物にも必要でね。

と言っても人間のように自慰をするわけではなく、

そのための種族が魔物にはいて……

話の腰を折って悪いんだけどさ……

エリスの言う人間の場合の知識って、どこから来てるんだ?

知識を深めるためにあるところで訊ねて回ったことがあるの。

その結果よ。

申し訳ないけれど実際の体験でもなければ

この目で確かめた成果でもないわ

 淡々とした口調からして、別に本当に申し訳ないと思っているわけでもないだろうが、俺だって実体験がどうとかが気になったわけではない。もしかして歴代のソースから聞き出したことなのでは、と思って確かめてみただけだから。その想像はどうやら外れたようだけど。

次は……そうね、どちらでもかまわないから、

ベルかユイノに話を聞きに行きなさい

いいけど、どうしても他の奴を通さないといけない話なのか?

エリスには体験がないもの。

だから知識の上でしか話せない。

こういう話は実体験を聞いた方がわかりやすいでしょう

体験がない、というのはですね。

エリスは種としては妖精に分類されまして。

妖精には繁殖期がなく、また子孫を残すための行為と引き換えに死を迎えるんです

へぇー……
 産卵をすると死んでしまう虫、なんてテレビで見たことがあるけれど、それと同じようなものだろうか。
サクルドはどうなんだ?
な、何のお話でしょうか
好きな奴とかいたことあるのかなー、ってさ
 小屋を出たところで不意打ちを狙って聞いてみる。サクルドは俺のことを何でも知っていると言うのに、俺は彼女のことを何も知らないなー、と気付いてしまったので。少し意地悪をしてみたくなったのだ。案の定、彼女にはあまり見られない慌てぶりが拝めて、俺は満足だった。

――わたしにも、遥か過去に想いを寄せた方はいるのですよ。

けれど、わたしはこんなにもちっぽけで、

魔術道具と大差ない存在ですから。

想いを伝えることは叶いませんでした

 だけど、寂しそうに。けれどその相手を慈しむように薄く微笑むサクルドに、自分の軽率な言動を後悔する羽目になった。





おー、豊、ちょうどいいところに
 縄ばしごから足を着けたところで、手ぶらで戻ってきた豊とはち合わせになった。
何だよ……何か用なのか?
ああ。実は聞きたいことがあって
 結局、豊がベルに渡された魔物をどうしたのかわからないけど……豊の態度は決して、明るいものではなかった。

つまり、性欲処理の相手をする魔物について教えて欲しいって? 

それがどうして俺なんだよ

エリスは、豊かベルに訊けっていうからさ。

こんな話、ベルには振れないだろ?

 ベルに訊ねたところで、疑問に答えてもらえるかもわからないし。悪ければ返り打ち的な嫌がらせを受ける可能性が高い。それなら俺の立場では、豊を選ぶしかない。
しょーがねーなー……
 あまり気乗りしないらしい豊は、どこかに腰を落ち着ける様子もなく、日差しの中に立ったままで話が進む。
夢幻竜シェイド=ジオって知ってるか?

知らないけど……名前からして、

源泉竜のきょうだいのひとりってやつか?

それだ。ジオは安息を司る神竜。

心を持つ者が抱く悪感情や悪夢を引き取って、

誰もが心穏やかに過ごせるように秩序を保つ存在だった

すごいなー……って、それじゃあ当人はどうなるんだ? 

悪いものをひとりで背負うなんて……

おまえのことだからそーいう流れになると思ってたよー
 包み隠さずにあきれ返って見せる豊に、俺も反論のしようがない。

敦が言うように、夢幻竜の負担は大きすぎだってことになって、

源泉竜はその負担を軽減するための魔物を生み出した。


それが、夢魔。

連中は生き物の精気を糧に生きてて、

うっぷん溜めてる奴のところにふらりと現れては精気を吸って帰るんだ。

捕食される側にしても失うものは何もない、ギブアンドテイクの関係だな。

そんで、オスの夢魔をサキュバス、メスの夢魔をインキュバスっていうんだ

つまり豊やライトとかはインキュバスのお世話になるんだな

他人のことばっか言ってられるか? 

エメラードなんかにずっといたら経験しないでじーさんになって死んじまうぞ

 俺は何もエメラードに永住するって決めたわけじゃ……などと言い返そうとしたところで、不意に豊の表情が曇る。

――昔、共存していた人間と夢魔の間にいさかいがあったんだ。

それ以来、インキュバスでもサキュバスでもない、

夢を介してあだなす魔物、ナイトメアが生まれた。

夢魔も人間の多い地域には近寄りたがらなくなった。

だからフェナサイトにいるヴァンパイアは、

繁殖期になると手当たり次第に人間の女を襲うようになった。

突き詰めれば人間の自業自得なんだろうけど、

運悪く巻き込まれたらたまったもんじゃねぇよな……

 ――もはや懐かしい記憶になっている、学校での日々。豊はこういった、色気のある話にあまり乗り気じゃなかった。その理由が今、改めて生々しく浮彫りになっていた。
 けれど、そこを無遠慮につついても豊をますます沈ませる一方だとわかっていたから。俺はわざと気がつかない振りをした。どうせ豊はそのことも察しているんだろうけど……。

やっぱり、沈んで帰ってきたようね
 再び小屋へ戻ると、エリスはしれっとそんなことを言ってのける。わかっているならわざわざ豊に訊かせるような手順を踏ませないで欲しかった。俺がベルに気安く話し掛けられないこと、わかってるくせに。

で、まだあるのか?
ええ。この次は、あなた自身にも関わる重要な問題になる
 そうしてエリスが告げた内容は、俺の想像しえる範疇外の問いだった。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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