98/ カリン

文字数 3,828文字

 アクアマリンの牢に幽閉される羽目になったものの、その隣室に七日だけ収容されるという人間の女の子、カリンのおかげで、確かにこの暮らしに退屈を覚えることはなかった。アクアマリンでの生活が長いという彼女は、こちらから投げる戯れの疑問を詳しく解説してくれた。

アクアマリンの建造物はね、ほっとんどが、

孤島ユークレースの土壌からとれる粘土で出来てるんだよ。

水に濡れると固まって、雨が降る度に密度を増して頑強になってくの。

古くは神話時代、アクアマリンにいた人間が初めてゴーレムを作った土なんだ。

ただ、大きな弱点もあってね。熱に弱くって、

火に当てると
あっという間にぼろっぼろになっちゃうんだ。

人間が大規模な、火炎放射器みたいな兵器でも作ったら大変なことになるかもね

 とはいえ、いくらその手のものが完成したところで、人間の島が魔物の島にそれを向けるとは考えにくい。アクアマリンの魔物はいざとなったら建造物に住居

を構える、なんて生活スタイルでなくたって生きていける。魔物からのその後の報復を考えたら、とても人間側から仕掛けるなど出来ないだろう。カリンはそう
付け足した。

アクアマリンの空気ってどっちかっていうと乾燥してるよな。

ちょっとぼやでも出した日には大変なことになるんじゃ

あー、まぁね~。かくいう、

あたしがこういう目に遭ってるのも

そのせいだったりするんだよね

 ぽりぽり、無事な右手で頭をかいてみせる。彼女は何か罪を犯し、アクアマリン式の処刑によって左腕を折られ、この地下牢に七日間、投獄されているのだ。
一体、何をしでかしてこんなことになったんだよ……

言っておくけど、過失罪であって、事故であって! 

別にわざとやったわけじゃないんだよ? 

だからこそこの程度で済んだわけだし……

 見た目だけならか弱い、ごく普通の人間の女の子が、腕をへし折られるような何かをやらかした。その事実を念頭に、呆れ混じりの問い方をしたところ、カリンはあせあせと弁明する。

あたし、魔術道具を作って生計を立ててるんだけどね。

そのお得意先で作業していて、良くないミスをしちゃって。

幸い大したけが人はいなかったんだけど、

家は爆発してなくなっちゃったし、

お客さんの左腕もこんがり火傷しちゃったし

 確かに、火傷で済んだのはまさしく幸いだったんだろうけど、結構な大惨事であることに変わりない。

アクアマリンではね、刑罰は、被害者に全ての決定権があるの。

被害者が死亡している場合は別だけどね、問答無用で死刑だから。

今回は、先方にとってもあたしが使えなくなるのは困る事情もあったから、

家の弁償と火傷した左腕に似たようなダメージと、

一応、形式上の投獄と。

これっぽっちで見逃してもらえたんだ

 比較対象がないのでよく分からないが、彼女の中では、この処遇は温情の類になるらしい。




 牢に入って四日目になって、俺はついに、何より気になっていてしかし口を開けなかった問いを投げかけた。

あのさ……ティアーとカリンは、どんな関係だったんだ?
 カリンと、今は亡き仲間のティアーに接点があったことは、初対面から知らされていた。だけど、ただでさえこの状況に打ちのめされていた俺は、彼女とのささやかな日々、幸せな思い出に触れるのが痛くてたまらなかった。

ちょっと捜し物があってね、あたしがエメラードへ渡ったんだ。

次の船で帰ったからたった三十日の間だけだったけど、友達だった。

その時に敦君のことを話してたんだよ。

ティアーは、いつかフェナサイトへ渡って、守りたい人がいるんだって。

この一生を捧げて、そうしたい人がいるって

 カリンなら、当然のように、ティアー達ワー・ウルフの寿命について知っていただろう。一生を捧げてという言葉の真意だって、確かめるまでもなかったんだろうな……俺と、違って。

その人の名前が敦君っていって、

十五歳になったらソースとして覚醒して、

危険な立場になる。


そこまで聞かせてくれていたから、

ここであなたと会った瞬間には、

あなたがティアーの言ってた敦君だってすぐにわかった。


ソースの魔力なんて、あんまりにもけた違いなんだから。

ちなみに、あたしの魔力がどれくらいか、敦君わかる?

 右手の人差し指が、彼女自身を指さす。俺はまだ、日常的な感覚の中で魔力を察知することは出来ない。魔物のように、あるいはカリンだってそうなのだろうが、呼吸をするように当たり前に周囲の魔力を探るなんて無理だ。




 だから、俺は目を閉じて、意識を集中させる。目から入る情報は人間にはあまりに絶対的で、他の感覚を研ぎ澄ませるにはこうするのが一番だ。産毛が逆立ち肌が粟立つような感触が、俺が相手の魔力量を知る何よりの手がかりだった。

もしかして、人間にしては結構な魔力量なんじゃないか? 

エメラードにいた魔物と比べたって、ひけを取らない感じなんだけど

正解っ。これのおかげであたし、

人間の島で生まれたのに、

人並みの生活を送れなくなっちゃったんだけどね。

こっちでの仲間もいるし、

アクアマリンでの生活も楽しんでるから

結果オーライだけど

 にこにこ、偽りのない笑顔が彼女自身の言葉を肯定する。

あたしの両親も結構ろくでもない性格でさ。

いっつもギャンブルで作った借金に追われてて、

あたしに魔物並みの魔力があるって知ったら、

きっとアクアマリ
ンで楽に暮らせるって思い込んで。


あったま悪いよねぇ。

魔力だけあったって、

魔物の世界について何にも知らない、

ふっつ~に人間の生活してた、

中学生になる直前の女の子に何が出来るっていうんだか。


おかげであたし、

六年間机を並べたみんなと一緒に

小学校の卒業式にも出られなかったし

 しかし、端から聞いていて、その半生はとても笑い話になるような内容ではない。なんというか、単純に、不憫だ。
親のこと、恨んでないのか?

それが自分でも不思議なんだけどね、

あんな親でも見捨てることは出来ないものなんだよ。

うちはあたしの収入だけで暮らしてるから、

あのふたりは遊んでても生きていける。

もちろん、派手に遊び歩けるようなお金は渡してあげないけどね?

 そんなことをバツが悪そうに話すカリンだが、いや、そこは厳しくしていいところだと俺も思う。というか、まともな親と、それに育てられた人間なら当たり前に賛同することだろう。




それに、想像以上に、アクアマリンでの生活はあたしの肌に合ったみたいだし。

こっちの仲間と一緒に魔術道具作ったり、魔物のこと勉強したり、

自分の研究成果でお金が入るのが楽しくって仕方がないんだ。

人間の島の子供より、ほんの少し自立が早かっただけなんだよ

 こんな生活してるんだもの、さすがに、自立してるって思っていいよね? おどけた風に彼女は言う。俺も、それを否定する気は毛頭なかった。




 彼女が晴れて刑期を終える夜、何とはなしにお互い黙りこくって、牢番によって運ばれてきた夕食を口に入れていた。この牢屋での食事は全て、人間の島から

輸入されてくる缶詰めだ。野生生物もごく少なく、まして作物さえ育てられないアクアマリンの環境。食糧自給率ゼロパーセントで、人間の島からの強制搾取に
近い輸入で、アクアマリンは食の全てをまかなっている。缶詰めはその中で最安値であり、魔物達には粗末な食事とみなされているという。




 俺は両手首を不可視の枷に縛られ、カリンは左腕をギプスで固められている。ふたり揃ってものを食べるには苦労を強いられる状況で、食事の時間も長引く。俺がようやく食べ終えて、その時を待っていたらしいカリンがつぶやくように呼びかけてきた。

ねぇ、悲しい気持ちにさせちゃうかもしれないけど、

訊いてもいい? ティアーはもう……

……ああ
 お互い、最後まで口にする必要はなかった。ティアーが死んだことは、カリンが最初に彼女の名前をだした時、俺の態度から察したのだろう。

敦君と一緒の間、ティアーはどうだった? 

幸せそうにしてたのかな

 うかがうように俺を見る眼差しはしかし、俺に向けられているわけではなさそうだ。今はどこにもいない、かつて俺と共にいたティアー――親友だった彼女のことを案じているのだろう。

……ごめん。たぶん、俺はティアーのことは、

君に話せそうなことは何ひとつ知らない。

俺は、散々彼女に守られてきたっていうのに、

俺からは何にも返してやれなかった

 下手したら、たったひと月しか一緒にいなかったというカリンの方が、よほどティアーのことを理解していたのではないだろうか。
そっか……うん、わかった
 ちっとも回答になっていない俺の返事に、どうしてかカリンは表情を引き締めていた。

敦君。あなたがこんなところに閉じこめられたまま

一生を終えるようなこと、あたし達がさせないわ。

今回ばっかりは、ティアーの代わりに

あたしがあなたを助けてみせる。

きっとここから出してあげる。

だから希望を捨てないでね?

 ささやかに微笑みながら、力強く元気付けてくれる。そんな笑顔に、何故だかとても懐かしさを覚えた……いや、本当は、少し前から気が付いていた。

 カリンは、海月 涙(みつき なみだ)だった彼女に似ていた。ティアーが涙さんを演じていたと知った後よりも……俺が、ごく普通に人間として接していた頃の涙さんと過ごしていた時間が、カリンといるとどうしようもなく思い出された。懐かしさと同時に、一体何に対してだかわからない罪悪感が、背筋をぞわぞわとせりあがってくるような気がした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色