98/ カリン
文字数 3,828文字
アクアマリンの建造物はね、ほっとんどが、
孤島ユークレースの土壌からとれる粘土で出来てるんだよ。
水に濡れると固まって、雨が降る度に密度を増して頑強になってくの。
古くは神話時代、アクアマリンにいた人間が初めてゴーレムを作った土なんだ。
ただ、大きな弱点もあってね。熱に弱くって、
火に当てると
あっという間にぼろっぼろになっちゃうんだ。
人間が大規模な、火炎放射器みたいな兵器でも作ったら大変なことになるかもね
を構える、なんて生活スタイルでなくたって生きていける。魔物からのその後の報復を考えたら、とても人間側から仕掛けるなど出来ないだろう。カリンはそう
付け足した。
あたし、魔術道具を作って生計を立ててるんだけどね。
そのお得意先で作業していて、良くないミスをしちゃって。
幸い大したけが人はいなかったんだけど、
家は爆発してなくなっちゃったし、
お客さんの左腕もこんがり火傷しちゃったし
アクアマリンではね、刑罰は、被害者に全ての決定権があるの。
被害者が死亡している場合は別だけどね、問答無用で死刑だから。
今回は、先方にとってもあたしが使えなくなるのは困る事情もあったから、
家の弁償と火傷した左腕に似たようなダメージと、
一応、形式上の投獄と。
これっぽっちで見逃してもらえたんだ
比較対象がないのでよく分からないが、彼女の中では、この処遇は温情の類になるらしい。
牢に入って四日目になって、俺はついに、何より気になっていてしかし口を開けなかった問いを投げかけた。
ちょっと捜し物があってね、あたしがエメラードへ渡ったんだ。
次の船で帰ったからたった三十日の間だけだったけど、友達だった。
その時に敦君のことを話してたんだよ。
ティアーは、いつかフェナサイトへ渡って、守りたい人がいるんだって。
この一生を捧げて、そうしたい人がいるって
その人の名前が敦君っていって、
十五歳になったらソースとして覚醒して、
危険な立場になる。
そこまで聞かせてくれていたから、
ここであなたと会った瞬間には、
あなたがティアーの言ってた敦君だってすぐにわかった。
ソースの魔力なんて、あんまりにもけた違いなんだから。
ちなみに、あたしの魔力がどれくらいか、敦君わかる?
右手の人差し指が、彼女自身を指さす。俺はまだ、日常的な感覚の中で魔力を察知することは出来ない。魔物のように、あるいはカリンだってそうなのだろうが、呼吸をするように当たり前に周囲の魔力を探るなんて無理だ。
だから、俺は目を閉じて、意識を集中させる。目から入る情報は人間にはあまりに絶対的で、他の感覚を研ぎ澄ませるにはこうするのが一番だ。産毛が逆立ち肌が粟立つような感触が、俺が相手の魔力量を知る何よりの手がかりだった。
あたしの両親も結構ろくでもない性格でさ。
いっつもギャンブルで作った借金に追われてて、
あたしに魔物並みの魔力があるって知ったら、
きっとアクアマリ
ンで楽に暮らせるって思い込んで。
あったま悪いよねぇ。
魔力だけあったって、
魔物の世界について何にも知らない、
ふっつ~に人間の生活してた、
中学生になる直前の女の子に何が出来るっていうんだか。
おかげであたし、
六年間机を並べたみんなと一緒に
小学校の卒業式にも出られなかったし
それが自分でも不思議なんだけどね、
あんな親でも見捨てることは出来ないものなんだよ。
うちはあたしの収入だけで暮らしてるから、
あのふたりは遊んでても生きていける。
もちろん、派手に遊び歩けるようなお金は渡してあげないけどね?
そんなことをバツが悪そうに話すカリンだが、いや、そこは厳しくしていいところだと俺も思う。というか、まともな親と、それに育てられた人間なら当たり前に賛同することだろう。
それに、想像以上に、アクアマリンでの生活はあたしの肌に合ったみたいだし。
こっちの仲間と一緒に魔術道具作ったり、魔物のこと勉強したり、
自分の研究成果でお金が入るのが楽しくって仕方がないんだ。
人間の島の子供より、ほんの少し自立が早かっただけなんだよ
こんな生活してるんだもの、さすがに、自立してるって思っていいよね? おどけた風に彼女は言う。俺も、それを否定する気は毛頭なかった。
彼女が晴れて刑期を終える夜、何とはなしにお互い黙りこくって、牢番によって運ばれてきた夕食を口に入れていた。この牢屋での食事は全て、人間の島から
輸入されてくる缶詰めだ。野生生物もごく少なく、まして作物さえ育てられないアクアマリンの環境。食糧自給率ゼロパーセントで、人間の島からの強制搾取に
近い輸入で、アクアマリンは食の全てをまかなっている。缶詰めはその中で最安値であり、魔物達には粗末な食事とみなされているという。
俺は両手首を不可視の枷に縛られ、カリンは左腕をギプスで固められている。ふたり揃ってものを食べるには苦労を強いられる状況で、食事の時間も長引く。俺がようやく食べ終えて、その時を待っていたらしいカリンがつぶやくように呼びかけてきた。
敦君。あなたがこんなところに閉じこめられたまま
一生を終えるようなこと、あたし達がさせないわ。
今回ばっかりは、ティアーの代わりに
あたしがあなたを助けてみせる。
きっとここから出してあげる。
だから希望を捨てないでね?
カリンは、