57/ 迫りくる、終(つい)
文字数 2,958文字
いずみはただ、愛する女ひとりをよみがえらせるためだけにソースの力を使ったんだ。
死因は何だか知らないが、いずみの女は死んだ。
奴は魔術でもってそれを仮死状態にし、
生きた彼女を取り戻す方法を探りたい一心でエメラードを目指した
ディーヴが死んだのは、禁忌に触れた神罰なんかじゃないぞ。
そう思っていればおまえさんの気は楽だったろうが……
相応の力さえあれば、叶わない願いはない。
ソースの持つ、無尽蔵の魔力というのはそれだけのものなのさ
いずみが自分の命を捧げてまで救いたかった女は、
あいつの望み通りに目覚めたよ。
しかし、彼女は決して喜ばなかった。
なぜそんなばかなことをしたんだと、奴を詰り、何日も泣き明かした。
それに――奴が彼女を蘇生させた魔術は、
想像しうる遥かに上をいく、惨い事態を生み出してしまった
当然、彼女は人間のまま甦ったわけじゃない。
魔物……いや、厳密には、魔物は神竜族に関わって生み出された生き物に限られる。
ソースとはいえ、人間が勝手に作り出した生き物を魔物とはいえない。
彼女は、魔物でも人間でもない異端になってしまった
ご明察。おまけにいずみの野郎、
彼女をひとりきりの異端にしちまうのが忍びなかったんだろう。
死人であるヴァンパイアに、子孫を残す能力まで備えやがった。
現存するヴァンパイアのルーツをたどれば、全て必ずベルにたどり着く。
そして、ヴァンパイアという種の中心はベルを生かしている魔術式にある。
彼女が死ねば全てのヴァンパイアは死滅するだろうな
人間ちゅうのは魔物と違って、目的なしに漫然と生きるのは苦手だろ?
こう言うと軽く聞こえるかもわからんが、
意味としては退屈しのぎってのとほとんど同じだな。
それに、ソースの近くにいりゃあ黙ってても食料に困りゃしないだろ
に命を捨てた恋人のために涙を流した当時のベルは、現在ほど心も体も強靭ではなかったのだろう。人間や魔物の血を奪うため自ら出向くより、少なくともソー
スといういち個人の暮らしを侵害しにやって来る連中を相手にする方が気持ちが楽だった。
おいらなんか、その魔物の中でも最強の部類に入る巨人族様だぞ?
それでも、目の前にいた人間ひとりさえ救えなかった。
おいらがもっと賢くて経験があったなら、
いずみの抱えてた嘆きにも気付けただろうし、
そうしたらベルは、
今もヴァンパイアという種を背負わされて苦しむこともなかった
どんなに強く見えたってな、
たいていの魔物は何かしら涙を超えて生きてきたはずだ。
実際に涙を流したかどうかは別として、とにかく、
何百年と経っても色をなくさないような忌まわしい体験のひとつ、
誰だって持ってる。そこんところは別に、
人間となんも変わらないんだぜ?
つい数日前にも、同じような台詞を聞いたような。エリスが、ジャックさんはもう長くないと言って、彼を安らかに葬るために母親でもあるベルが人間の島へ出かけていった。
ジャックさんが死ぬなんて残念だとは思うけど、もうどう見てもおじいさんって感じだからすんなりと納得出来る。だけど……あのヴァニッシュが? 近頃なんだか元気がないとは思っていたけれど、そんなまさか。
ワ―・ウルフっちゅーのは、言い換えれば死体のまま生きてる魔物だ。
いくら魔力が足りてたって、体の方が先に保たなくなるのさ。
平均的な寿命としては、
最初の死、
そして復活から十年ってところだな。
現にあいつ、もう人間の姿を維持できなくなってるだろう?
そんな風に魔物の中には、
何百年と生きる種族
もいれば
人間よりも遥かに短い寿命の種族もいるんだよ……
かろうじてそう口にするも、こんな嘘をつくほどにはライトは軽率ではない。当然、黙って首を横に振り、ささやかな俺の願望さえ否定するのだった。
――俺は、わかったつもりでいて、その実なんにも分かっていなかった。
時間が誰にとっても平等に与えられているわけじゃない、ということ。夏以外の季節が訪れないエメラードのように、いつまでも今と変わらないような毎日が続いていくものだと思っていた。
ソースの力を持つ、高泉敦としての人生が始まったひとつの夏。その終わりは今、目の前に迫っていた。