57/ 迫りくる、終(つい)

文字数 2,958文字

いずみはただ、愛する女ひとりをよみがえらせるためだけにソースの力を使ったんだ。

死因は何だか知らないが、いずみの女は死んだ。

奴は魔術でもってそれを仮死状態にし、

生きた彼女を取り戻す方法を探りたい一心でエメラードを目指した

そんな、の……ディーヴと一緒じゃないか
 老いて死を間近に控えた父親。少女は、父親を氷漬けにして保存して、その死を覆す手段を求め百年を費やした。その歳月は報われることなく、俺達に敗れて彼女は無残な死を迎えた。

ディーヴが死んだのは、禁忌に触れた神罰なんかじゃないぞ。

そう思っていればおまえさんの気は楽だったろうが……


相応の力さえあれば、叶わない願いはない。

ソースの持つ、無尽蔵の魔力というのはそれだけのものなのさ

でも、いくらソースだって本人が死んでしまえば魔術の効果は失われる……

いずみさんはその方法を見つけたのか?

ああ。先に釘指しておくが、悪用すんなよ? 

ソースなら誰もが応用出来る手なんだから

 ソースなら誰にでも、同じことが出来る。自分の命を捨てるだけの覚悟があるのなら、どんな無茶な願いも叶えられるかもしれない、希望……。
待った。やっぱり、具体的な方法はいいや
なんだい、怖じ気づいたんかね
 サリーシャが、いくらか酔いがさめたらしい様子で横槍を入れた。

悪用なんてするつもりはないけど、

俺だってこれから何があるかわからない。

手段を知ってたら、それにすがってしまうことだってありえるだろ。

だったら今は、知らないでいた方がいいって思うんだ

そうか。ま、おいらもエリスほどにはこの手の説明には慣れてない。

おまえさんにわかるよう話せるか、怪しいところだしな……

 ライトも少しは酔っているのかもしれない。さっきから、話し方も笑顔も、彼らしくなく、力の抜けるようなものだった。

いずみが自分の命を捧げてまで救いたかった女は、

あいつの望み通りに目覚めたよ。

しかし、彼女は決して喜ばなかった。

なぜそんなばかなことをしたんだと、奴を詰り、何日も泣き明かした。


それに――奴が彼女を蘇生させた魔術は、

想像しうる遥かに上をいく、惨い事態を生み出してしまった

惨いって……

当然、彼女は人間のまま甦ったわけじゃない。


魔物……いや、厳密には、魔物は神竜族に関わって生み出された生き物に限られる。


ソースとはいえ、人間が勝手に作り出した生き物を魔物とはいえない。


彼女は、魔物でも人間でもない異端になってしまった

 地の底まで届きそうな、重い重いため息をついてから、ライトは言った。

それが、ヴァンパイアだ。

人間の島じゃあ、ヴァンパイアは人間に害のある「魔物」ってことになってるが、

こっちの世界じゃあヴァンパイアは同胞の扱いをされてないよ

いずみさんの愛した人って……ベルなのか?

ご明察。おまけにいずみの野郎、

彼女をひとりきりの異端にしちまうのが忍びなかったんだろう。

死人であるヴァンパイアに、子孫を残す能力まで備えやがった。

現存するヴァンパイアのルーツをたどれば、全て必ずベルにたどり着く。

そして、ヴァンパイアという種の中心はベルを生かしている魔術式にある。

彼女が死ねば全てのヴァンパイアは死滅するだろうな

 ソースを狙ってエメラードに来た魔物を、ベル達は生かして帰さない。それは、ソースだけでなく、ベル自身を守るためでもあったのかもしれない。

その秘密、よく五百年も隠し通したね……

ていうか、だったらなおさらわかんないよ。

ソースに関わって、わざわざ魔物を呼び寄せているようなもんじゃないか

人間ちゅうのは魔物と違って、目的なしに漫然と生きるのは苦手だろ? 

こう言うと軽く聞こえるかもわからんが、

意味としては退屈しのぎってのとほとんど同じだな。

それに、ソースの近くにいりゃあ黙ってても食料に困りゃしないだろ

 前に、ベル本人から似たようなことを言われたような気がする。事情を知った今なら、もう少し深いところまで察することが出来るように思える。自分のため

に命を捨てた恋人のために涙を流した当時のベルは、現在ほど心も体も強靭ではなかったのだろう。人間や魔物の血を奪うため自ら出向くより、少なくともソー
スといういち個人の暮らしを侵害しにやって来る連中を相手にする方が気持ちが楽だった。

おまえさん、魔物は生物としての能力的にも精神的にも、

人間よりずっとずーっと強いと思ってるか?

ああ。だって、現実的にそうだろ。

人間と魔物で一対一だったら、確実に人間が負けるじゃないか

おいらなんか、その魔物の中でも最強の部類に入る巨人族様だぞ? 

それでも、目の前にいた人間ひとりさえ救えなかった。

おいらがもっと賢くて経験があったなら、

いずみの抱えてた嘆きにも気付けただろうし、

そうしたらベルは、

今もヴァンパイアという種を背負わされて苦しむこともなかった

 とさ、と軽い音を立て、サリーシャが前のめりに倒れた。たぶん酔い潰れただけだろうし、ライトも構わず先を続ける。

どんなに強く見えたってな、

たいていの魔物は何かしら涙を超えて生きてきたはずだ。

実際に涙を流したかどうかは別として、とにかく、

何百年と経っても色をなくさないような忌まわしい体験のひとつ、

誰だって持ってる。そこんところは別に、

人間となんも変わらないんだぜ?

 そこで、バッシ! と音が鳴るような勢いで、ライトは俺の頭に手のひらを打ちつけた。思いがけないタイミングでの攻撃に内心でだけのたうちながら、俺はライトの横顔を見上げた。涙こそない、しかし泣き笑いのような表情で、ライトは月を一心に見つめている。おそらくは、ライトがいずみさんと共にあった日々と何ら変わらない、遠く美しい月の姿を。

ついでに言うと、肉体的にも必ずしも魔物が優遇されてるかっていうとそうでもなくてな……


ヴァニッシュ――あいつ、もう長くないぞ

……は?

 つい数日前にも、同じような台詞を聞いたような。エリスが、ジャックさんはもう長くないと言って、彼を安らかに葬るために母親でもあるベルが人間の島へ出かけていった。


 ジャックさんが死ぬなんて残念だとは思うけど、もうどう見てもおじいさんって感じだからすんなりと納得出来る。だけど……あのヴァニッシュが? 近頃なんだか元気がないとは思っていたけれど、そんなまさか。

ワ―・ウルフっちゅーのは、言い換えれば死体のまま生きてる魔物だ。


いくら魔力が足りてたって、体の方が先に保たなくなるのさ。


平均的な寿命としては、
最初の死、

そして復活から十年ってところだな。


現にあいつ、もう人間の姿を維持できなくなってるだろう? 


そんな風に魔物の中には、

何百年と生きる種族
もいれば

人間よりも遥かに短い寿命の種族もいるんだよ……

うそ、だろ?

 かろうじてそう口にするも、こんな嘘をつくほどにはライトは軽率ではない。当然、黙って首を横に振り、ささやかな俺の願望さえ否定するのだった。




――俺は、わかったつもりでいて、その実なんにも分かっていなかった。


 時間が誰にとっても平等に与えられているわけじゃない、ということ。夏以外の季節が訪れないエメラードのように、いつまでも今と変わらないような毎日が続いていくものだと思っていた。




 ソースの力を持つ、高泉敦としての人生が始まったひとつの夏。その終わりは今、目の前に迫っていた。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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