⑦ 夜道(後)

文字数 2,623文字

あなた、ヴァンパイアのくせに夜目が利かないのね。

その目はただの飾りなんだ。ハンターにでもえぐられちゃった? 


おまけにとんだ方向オンチ。

あれっきり術を使わないのも、どうせ燃料切れなんでしょう

 その声だけで、涙さんの勝ち誇った表情が浮かぶような、あからさまな声色だった。


 そういえば、俺を一撃で仕留めるつもりだったはずなのに、例の衝撃波は膝より少し上といった高さだった。そりゃあ、人間ならあんな風に足を切り落とされたら出血で長くはもたないだろうけど、確実に仕留めるっていうのとはちょっと違う。

目を失ったのは生前のことさ。お嬢さんこそ、

先走った油断はプラスにならないのではないかねぇ

 涙さんが色々と突っ込んだ中で、回答があったのは義眼のことだけだった。まぁ、自分の弱みをべらべら話す義理はないし、ハンターに目をやられたって部分をどうしても否定しておきたいという意地を感じた。
さぁて、油断してるのはどっちかなぁ?

 意地の悪い挑発に舌うちすると、ヴァンパイアはなぜかすり足で後退していく。涙さんから目を離さないまま、その背中が俺達に近づいてくる。


 地面のこすれる音の止まったのは、豊の傍らだった。警戒を崩さないまま、慎重に腰をおろし、先ほど落としたマントに手を伸ばす。




 その刹那、強い風もないのにまたもマントが宙を舞った。


 ヴァンパイアが事態を察するより、豊の手が奴の顎をしっかりとつかみ、高く掲げる方が早かった。

まったく……よくも殺してくれやがったな!

 豊の両の足は何事もなかったかのように、しっかりと地面を踏みしめている。右の膝から下は素足になっているが。俺は喜びよりも驚きが先立ってしまい、慌てて後ろを確認する。落とされた豊の右足は、そこにあった。偽物ということもなさそうだ。




貴様……ダムピールだったのかっ
 小柄なヴァンパイアは地上から遠く離されて、地面を求めて無駄に両足を振って暴れる。
そうとも、残念だったな

思ったより再生が早かったね。

たったあれっぽっちの時間稼ぎでなんとかなっちゃった

 表情の険しさは相変わらずだが、声はほんの少しだけくつろいで、涙さんが豊の側へ寄る。
ティアー、今回ばかりは止めるなよ
止めるわけないよ、殺されたのは豊自身なんだもの

よしっ。いるんだろー、ヴァニッシュ! 

矢を一本分けてくれー

……必要ない
 もがくヴァンパイアの頭が一度だけ大きくのけぞり、と思ったら途端にうなだれる。数秒後、その姿は爪先から順を追って塵となり、夜闇に溶け込んでいった。
最後に、ヴァンパイアの頭に突き立ったと思われる銀色の矢が音もなく地面に落ちて、俺は奴との戦いが完全に決着したことを知った。
ヴァニッシュ、って……

 矢を拾いに進み出てきたのは、銀色の髪と瞳の背が高い男だ。線の細い割には柔らかそうな肌の輪郭で、銀の瞳には高貴さより幼い表情が強く見える、何だかアンバランスな青年。




 まさか、とは思ったが、俺は闇から姿を現したのが先日会ったヴァニッシュとは別の存在だったことに密かに安心した。ただでさえ非日常的な事態を立て続けに見せられているんだから、そろそろ奇怪な話はごめんだ。




……ロージーを手にかけなかった豊が、

今さらこんなところで手を汚すことはない

そっか……悪かったな
 謎の復活を遂げて元気に振る舞っていた豊が、ふいに深刻な顔をして黙りこんだ。俺の動き出すチャンスは、この時だけだった。何せ俺だけが把握していない事情で、物事がさくさく進んでしまったのだから。
豊、その……大丈夫なのか?
 どうしたらよいのかわからないので手のひらの上のサクルドと小瓶をそのままに、豊に歩み寄る。と、目前で豊が尻餅をついた。
う~ん、さすがにまだ全快ってわけにゃあいかないみたいだ

ごめんね豊……あたしがもっと早く気づいてたら、

殺されずに済んだかもしれないのに

いや……相手がヴァンパイアなら、落ち度は俺にあるだろ。

あーあ、何のためのダムピールなんだか

ダムピールとかワー・ウルフとかって……何なんだよ
あ……やっぱり人間てヴァンパイアくらいしか知らないんだねー
 苦笑する涙さんの表情に、ようやくいつもの彼女っぽさが窺えそうな、淡い希望を垣間見る。しかしその言葉、それ自体には日常を否定するキーワードが含まれていて、俺の混乱した意識をますます苛む。

……とりあえず、話は後だ。

豊の容体をジャックにみせないと

……こいつも使わせてもらうか

 かがんで豊の容態を確認しながら、ヴァニッシュは地面に落ちたままだった、今は亡きヴァンパイアのまとっていたマントを手に取り、豊に羽織らせる。
あいつの形見と思うとヤな気分だなー

贅沢言わないのー。

そんなことより、歩ける?

あ? ……歩けるさ、もちろん
……嘘だろう。そんな風に見えない
 心底嫌そうな顔をしてぼやく豊、それをたしなめる涙さん。じっくりと観察した上で、豊は強がっているだけだと断言するヴァニッシュ。その空気は何だかとてもなじんでいるというか、あうんの呼吸を感じる。
嘘なもんか、ほら――
 豊は勢いこんで立ち上がるものの、次の瞬間にはもう力を失ってくずおれる。とっさに、涙さんがその体を支える。
しょうがない、あたしがこのままおぶっていくよ
いいって。第一、体格差がありすぎるだろ

でも、できないことないし。

この中じゃあ、あたしがやるのが一番楽なはずだもの

 涙さんがそう主張する根拠はいまひとつわからない。ヴァニッシュは細めに見えるが体力がないということはなさそうだし、それに――
俺がやるよ。豊だって、別にそれでいいだろ?
 今となっては、体力面で彼女に勝ってる自信はかけらもないんだけど、俺も男だ。好きな女の子に体を張らせるのは見ていて心苦しさがある。

無理しなくっていいんだよ、敦君? 

あたし、これくらいならなんてことないんだから

いいえ、ティアー。

ここは敦さまにおまかせしましょう

 俺の手のひらから音もなく舞い上がり、サクルドは小さな手で涙さんの額を撫でる。

男の人には、少しくらい無理をさせた方がいい場面もあるんですよ。

ねぇ、敦さま?

おい、豊?
 なんて、当人を差し置いて話を進めていたわけだが、豊はいつの間にか意識を失って地面に倒れていた。返事がないことにさっさと気付くべきだった。
……急いだ方がいいかもしれないな
 険しい顔で呟くヴァニッシュだが、彼はどうにも口ばかりで自ら動く様子がない。口には出さなかったが、それが何だか気に触った。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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