56/ 罪を重ねる者達

文字数 2,765文字

 俺がティアーの実を食べ終えるのを待ってか、ライトはしばらく黙り通しでいた。


 果肉を全て食べると、器のように残った皮の底には黒く大きな種がいくつもある。この果物は種が大きく数も多く、避けるように食べていたらこうして底に溜まってしまったのだ。


 俺が果物の残骸を脇に片しても、ライトの様子は変わらなかった。薄く目を閉じ、背筋をぴんと伸ばし、微動だにしない。両手の指をゆるく、前で組んでいる。なんとなく、瞑想をしている僧を思わせる姿勢だった。




さて、これっくらいでいいか
 しばらく待って、目を開き姿勢を崩したライトは、これまで見せたことがないような真剣な表情で俺に向き合った。

敦。これからする話は決して他に知られちゃならないことだ。

だから、この声の届くだろう範囲内に魔物の気配が消えるまで、おいらは待った。


おいらはおまえさんを信用してるから、この話をする。

たとえおまえさんであっても、口外するようなことがあれば、

おいらは敦を殺さなけりゃならない。


聞きたくないなら今日はお開きだ。

どっちにする?

その話って、いずみさんの?
そうだ

それなら、聞くよ。

そのために今日、約束させてもらったんだし

やれやれ、毎度思うんだが、

そんなこと知ってどうするつもりなんだ?

 毎度、というのは、代々のソースのことだろう。先ほど、こんな風にライトに疑問を投げかけてくるのは、これまでに何度もあったと言っていたから。

だって、不思議なんだ。

ライトもベルも強い魔物なのに、

どうして五百年もソースを助けてきたのか。

少なくとも、ふたりが最初に出会ったソースには、

それだけの影響力があったってことだろう?

 そして、俺は少しでも情報が欲しかった。ソースとして――無限に湧き続ける魔力を持った人間が、どんな風に生きてきたのか。今の人間の世は平和そのもので、ソースの力の使い道が、俺には見当もつかなかったから。

まぁいいか。

単なる興味本位からきてるんじゃないってのも、

毎度のことでわかってるんだし

そうだ、他の誰にも秘密だっていうけど、

サリーシャはどうするんだ。

こんな近くにいたら聞こえちゃうんじゃ……

ほっほ、心配はいらないさぁ。

なんたって、こっちも当事者なんでねぇ

 洞窟の奥、闇の中から千鳥足で現れ、ライトの背にしなだれかかった青い肌の老婆。どうやらサリーシャも、ひっそりと土産の果実を口にして、酔っぱらっているらしい。




おいおい、サリーシャ。

まだ月は見えてるぞ

おっと、いけない。

ライトの影を借りさせてもらうよ

 サリーシャはライトの背に寄りかかり、地面に尻をつけると極限まで体をちぢこませた。巨人のライトの背は広い、そこから伸びる影も人ひとり隠すだけの余裕がある。

前にサリーシャにかっさらわれたソースがいるって言ったけどな、

あれはベルの手前、仕方なくそういうことにしてる嘘だ。

いずみは自分からサリーシャの前に現れて、

是非に自分を食してくださいなとお願いしたんだと

待て、ライト。そんな話信じてるのか?

疑いようがないんだよ。

いずみがそうしたんだろうっていうのは、結果からしてわかることなんだ

 サリーシャの言葉ひとつなら嘘ということも考えるべきだろう、そう思ったんだけど、俺の早計だったようだ。

魔術っていうのはな、どんなに優れた式を開発したところで、

本人が死ねば効力を失うんだ。


魔術道具に刻んだ式ならその限りじゃねえが、

それならその道具を燃やすなり壊すなりしちまえばおしまいなんで、

とても頼りになるもんじゃねえ。


いずみの野郎が必要としてたのは、

自分の死後もいつまでも効果のある魔術だった。


奴はその方法を見つけて、そいつを完成させるために死ぬつもりだった。

どうせならただ死ぬんじゃなく、

獣なり魔物なりの空腹を満たしてやった方が
一石二鳥でいいんじゃないか――

要するに、そういうイカレた男だったのさ

 それは、確かに否定しようのないおかしさだ。聞いていて、自然と開いてきた口が今は塞がらなかった。
やっぱ、どこかおかしかったんだ……?

おそらく、あいつはおいらに接触した時にはもうぶっ壊れてたんだ。

それを演技で隠すことが出来て、おいらはまんまとだまされちまったようだ。

たぶん、その原因になったのが彼女だった

いずみさんが連れてたっていう、

眠りの魔術をかけられてた女の人?

その魔術自体、いずみがソースの魔力でもって施したものだったんだけどな
 自分でかけた魔術を解くためにエメラードへ? なんて思わず考えてしまったが、それは嘘だったんだというライトの言葉を思い出す。
さて、そろそろこのサリーシャの出番かね
 ライトの影から、何やら恍惚とした表情でサリーシャは呟いた。ノリノリの、語り聞かせのような調子で彼女は語り始めた。

 ――ブラック・アニスという魔物は、生まれながらこのように老いさらばえているわけではない。わたし達は生後、六十日ばかりで成熟し、成体となるのだ。


 困ったことに、この六十日間は同胞たる他の魔物と比べて知能が格段に劣る。そういったわけで、無事に成体となる前に獣なりに捕食され、命を落とすブラック・アニスが大半だ。


 生まれたてのわたしも例に漏れず、何をしたものかわからず、森の広場、切り株の上に腰かけてぼんやりと過ごしていた。そこに彼は現れた。




「やぁ、美しいお嬢さん。このように目につき、隠れるところもない場所でおくつろぎかい?」


「何もすることがなくて、退屈なの」


「することがないなら、何か食べ物でも探しに行ったら?」


「わたし、まだお腹がすいてないの。生まれてからずっと」




 ブラック・アニスは成体になるまでは、母体から授かった栄養分だけで生存出来る。何ものからも奪わずに生きていける純潔の時間を、わざわざ短くすることはない。


「そう言うってことは、生まれてからまだ何も口にしていない?」


「うん」


 彼はそうか、と呟くやいなや、しばし口をつぐんだ。何やら思案しているようだった。




「お嬢さん。際限なく湧きいずる魔力を持つ人間が目の前にいたら、どうする?」


「戦って勝てるのなら、その肉をいただくよ。そんなたいそうな魔力を持っているのなら、きっと美味しいと思うから」


「ならば、その人間が無抵抗で、その肉体を君に提供すると言ったら?」




 今のわたしであれば、そのような出来すぎた申し出にほいほい乗るような間抜けはしない。


 けがれを知る前のわたしは、ただ、「なぜ?」とだけ返した。


 彼は至極穏やかな調子で、こう述べた。




「僕自身が生きることよりも叶えたい願いが、僕にはあるからさ。この生涯を捧げても悔いのない、愛しい人に未来を取り戻すという願いがね」


 その笑みは、確かにライトの言う通り、正常な人間のそれと同じとはいえず、どこか壊れ歪な人形を思わせるものだった――

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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