③ 人間の島と、魔物の島

文字数 3,015文字

いや、俺じゃないんだけどさ。涙さんと同じ学年のキネさんって人が探してたから

ああ、うちのクラスの学級委員長だね。

今日までに渡さなきゃいけないプリントがあったんだっけ。

すっかり忘れてた

キネ先輩って学級委員なんだ

うん。あの子だけだったからね、

委員長やってもいいなんて言ったのは。

えらいよね

 学級委員長なんて、ますます豊とは縁遠い人種だよなぁ……あー、もういいや。今度こそ余計なこと考えるのはやめちまおう。
そういやさ、なんで涙さんって、高い場所が好きなんだ?
高い場所が好きなんじゃなくてね、ここから見える街が好きなんだよ
 ほうと安らかなため息を吐きながら、涙さんは視線を眼下の街へ戻す。俺は彼女の隣に立ち、同じように街を見下ろす。

 突出して目立つ建物も、若者を虜にするような繁華街もない。日中は職場や学校にいて、夜、家に帰れば休むだけ。典型的なベッドタウンだ。それでも、転勤族の両親に付き合って、この島――


「人間の島フェナサイト」の様々な場所を見てきた自分にとっては、この街の誇れる部分を知っている。

この街はいかにも、人間の作った四角い建物で張り巡らされているから、好きなんだ。


あたしの住んでいた場所とは違って、魔物のにおいはほとんどしないのがいいんだよね

 やっぱり、この街の良いところといえば、そういうことだよな……田舎と違って人口が多く、集合住宅を多く建てることによって、魔物に対する防衛を高めているのだ。
魔物、かぁ……
 この島に生きる俺達人間は、普段は、魔物についてはあまり口に出さないようにしている。忘れていたい、と言った方がいいかもしれない。
 俺達は食肉にする家畜を飼ったり、銃で獲物を獲ってきたり、はたまた植物を栽培したりして食糧を確保している。つまり知恵を糧に生きているわけで、本能だけで生きる動物より有利なポジションにいると考えられる。

 しかし、魔物はその人間を、さらに上回る存在だ。人間と同等の知能を持ち、本能のままに生きている。ただの獣であれば銃で立ち向かうこともできるが、魔物はそれだけで倒れてはくれない。並の人間では太刀打ちする術はなく、人間は捕食される側に回る。俺達が動物に情けをかけないのと同じように、 彼らは俺達を「餌」以上に意味ある存在とはみていないだろう。
 彼らの存在は、そんな現実を俺達に突き付ける。だから自然と、みんな口をつぐんでしまうんだ。

 幸い、魔物が人間を日常的に捕食していた時代は過ぎ去り、現在は人間と魔物の棲み分けがされている。

ここは「人間の島フェナサイト」。


魔物達は「森林の島エメラード」と、「都市の島アクアマリン」に住んでいて、長いこと争っているらしい。


おかげで人間の島など眼中になく、人間にとっては長く平和が続いて いる。


 今となっては、俺達の日常をおびやかす魔物は例外を除けば「ヴァンパイア」くらいのものだ。彼らはなぜか人間の血、肉、身体を好んでいるということで、この島に隠れ住み、腹が減ったら人間を襲いに来る。この地域にだって何人のヴァンパイアが潜んでいるのかわかったもんじゃないが、把握している限りでは年間で三十人くらいは犠牲になっているはずだ。把握していない行方不明者の何人がヴァンパイアの餌になっているかは、人間側には知る由もない。比較的安全であるはずのこの街でさえこれなのだから、人の目の少ない過疎地なんか推して知るべし、である。

 眼下に広がる街並み、その奥にひっそりとたたずむ小さな木々の群れ。人間は、森の中にはおいそれと立ち入ることができない。古くから、森にはヴァンパイアが住みつくと言われているから。俺達の住む団地の裏は森になっており、俺の部屋からの眺めは緑一色、そら恐ろしいったらありゃしなかったりする。幸いなことに……というのは不幸にも犠牲になった人々に失礼かもしれないが、うちの団地や高校の生徒はここ十年以上、犠牲者を出していなかった。

 休み時間は二十分しかない。もう、次の授業の準備に帰らないと、危ない時間だ。そもそもキネ先輩は、一刻も早く涙さんを連れてきて欲しかったんじゃなかっただろうか。
 キネ先輩には悪いけど、そのあたりはもう俺の中ではどうでもよくなっていた。もう何分も、涙さんが膝立ちをしているので、膝が黒く汚れているんじゃないか。おかしな話だけど、俺はそんな小さなことが何よりも気になっていた。

あのさ、涙さん
ねぇ、敦君
 俺が切り出そうとしたその時と、涙さんが何か話そうとしたその時。ふたりの名前がちょうど重なって、なんとなく胸が騒いだ。
なぁに?

いや、俺の方はささいなことだから。

涙さんからどうぞ

うん、ありがとう。あのね……
 涙さんは立ち上がり、段差に腰かける俺の顔をまっすぐ見下ろす形になる。その顔は、いたく真剣だった。
『アイラ』とか、『ソース』って言葉、聞き覚えある?
え、……ソースって、ハンバーグとかにかけるやつ?
 それはないだろうと思いつつ、とりあえず言うだけ言ってみる。お互いに、相手の発言に脱力し、小さく笑い合う。俺もばかなことを言ったものだが、涙さんの言うこともよくわからない。

ちがうよー。でも、知らないんならいいんだ、うんうん。

ごめんね、変なことを聞いて。

それで、敦君のお話は?

 そうは言っても、すでに涙さんは立ちあがっているわけだから、俺の懸念など解消している。

いや、いいんだ。

もう終わったことだから。

そろそろ戻ろう






いつまでやってんだよーっ。

もう昼休み終わるぞー

 二階の廊下から豊が呼びかけるのは、中庭で、両手にごみ袋を下げたままぼんやりしている俺に対してだ。




 日課である昼休みのごみ拾いが中途半端なままで終わるのはすっきりしないが、屋上での涙さんのことを思い返していて動きが鈍っていたせいだから、仕方ないか。


 急いでごみを焼却炉の用務員のおやじさんに渡して、教師に見咎められないよう注意しながら廊下を小走りに移動する。息を切らせて教室にたどり着いたが、努力は報われない結果だった。遅刻はしたものの、俺の毎日の活動を教師が知っていたのでお咎めはなかった。




敦もよくやるよな~。ひとりになってまでさ
 次の休み時間、豊はしみじみと呟く。
で、清掃ボランティア部。新入生は入ったのか?
いんや、見学すらなし

 清掃ボランティア部というのは、その名の通り、見返りも何もなく掃除をするのが目的の部活動だ。昨年度、卒業してしまった先輩方が友達五人で集まって設立した部なのだが、参入した後輩はただひとり。俺だけだった。先輩達が卒業してしまったから、現在活動しているのは俺ひとり。




 自分の家でもない公共の場所を、何の得もないのに片付けようなんて精神の持ち主は稀少らしい。


 たまたま身近な人間に理解されていないだけで、学校外での活動になると、他のボランティアサークルの方々と協力することが多いので、清掃ボランティア部の活動は楽しい。だけど、俺は彼らや卒業した先輩方のように、「人間社会から無駄なごみをなくそう」といった使命感に駆られているわけじゃない。




 ただ、道端に落ちているごみを見ていると、喪失感のようなものに胸をちくちくと、ほんのかすかに苛まれる。それがもどかしくて、少しのごみでも本来あるべき場所に収めたい気持ちになるんだ。




 それはきっと、今でも忘れられないあの出来事を、無造作に転がっているごみから想起させられるからだろう。






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  • 【TEAR 第一部】

  • 1話 人間の島フェナサイト

  • ①序章 & 海月 涙(みつき なみだ)
  • ② 気になる噂
  • ③ 人間の島と、魔物の島
  • ④ 思い出のティアー
  • 2話 涙の森

  • ⑤ 日常の終焉
  • ⑥ 夜道(前)
  • ⑦ 夜道(後)
  • 3話 現人源泉竜(あらひとげんせんりゅう)

  • 4話 封滅の式

  • 5話 魔物の中の人間

  • 6話 森の島エメラード

  • 7話 ウンディーネの初恋

  • 8話 孤独の先

  • 9話 森の生霊

  • 10話 悠久の停滞

  • 11話 純潔・祈り・苦悩

  • 12話 始まりの記憶

  • 13話 銀のかけら

  • 【TEAR 第二部】

  • 14話 土の骸

  • 15話 青春は川の流れ

  • 16話 進路

  • 17話 慈悲の鉄槌

  • 18話 都市の島アクアマリン

  • 19話 拡散の式

  • 20話 天上のしずく

  • 21話 君という夢の終わり

  • 22話 卒業の証

  • 【TEAR 第三部】

  • 続章 君のためなら死ねる理由

  • 続章 君の知らない涙の話

  • 宿題編① 聖者の命名

  • 宿題編② 巨竜の夢

  • 宿題編③ 原罪と神罰

  • 宿題編④ 聖の海

  • 宿題編⑤ ネコと終末

  • last そして、世界は今日も続いている

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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