③ 人間の島と、魔物の島
文字数 3,015文字
突出して目立つ建物も、若者を虜にするような繁華街もない。日中は職場や学校にいて、夜、家に帰れば休むだけ。典型的なベッドタウンだ。それでも、転勤族の両親に付き合って、この島――
「人間の島フェナサイト」の様々な場所を見てきた自分にとっては、この街の誇れる部分を知っている。
俺達は食肉にする家畜を飼ったり、銃で獲物を獲ってきたり、はたまた植物を栽培したりして食糧を確保している。つまり知恵を糧に生きているわけで、本能だけで生きる動物より有利なポジションにいると考えられる。
しかし、魔物はその人間を、さらに上回る存在だ。人間と同等の知能を持ち、本能のままに生きている。ただの獣であれば銃で立ち向かうこともできるが、魔物はそれだけで倒れてはくれない。並の人間では太刀打ちする術はなく、人間は捕食される側に回る。俺達が動物に情けをかけないのと同じように、 彼らは俺達を「餌」以上に意味ある存在とはみていないだろう。
彼らの存在は、そんな現実を俺達に突き付ける。だから自然と、みんな口をつぐんでしまうんだ。
幸い、魔物が人間を日常的に捕食していた時代は過ぎ去り、現在は人間と魔物の棲み分けがされている。
ここは「人間の島フェナサイト」。
魔物達は「森林の島エメラード」と、「都市の島アクアマリン」に住んでいて、長いこと争っているらしい。
おかげで人間の島など眼中になく、人間にとっては長く平和が続いて いる。
眼下に広がる街並み、その奥にひっそりとたたずむ小さな木々の群れ。人間は、森の中にはおいそれと立ち入ることができない。古くから、森にはヴァンパイアが住みつくと言われているから。俺達の住む団地の裏は森になっており、俺の部屋からの眺めは緑一色、そら恐ろしいったらありゃしなかったりする。幸いなことに……というのは不幸にも犠牲になった人々に失礼かもしれないが、うちの団地や高校の生徒はここ十年以上、犠牲者を出していなかった。
休み時間は二十分しかない。もう、次の授業の準備に帰らないと、危ない時間だ。そもそもキネ先輩は、一刻も早く涙さんを連れてきて欲しかったんじゃなかっただろうか。
キネ先輩には悪いけど、そのあたりはもう俺の中ではどうでもよくなっていた。もう何分も、涙さんが膝立ちをしているので、膝が黒く汚れているんじゃないか。おかしな話だけど、俺はそんな小さなことが何よりも気になっていた。
二階の廊下から豊が呼びかけるのは、中庭で、両手にごみ袋を下げたままぼんやりしている俺に対してだ。
日課である昼休みのごみ拾いが中途半端なままで終わるのはすっきりしないが、屋上での涙さんのことを思い返していて動きが鈍っていたせいだから、仕方ないか。
急いでごみを焼却炉の用務員のおやじさんに渡して、教師に見咎められないよう注意しながら廊下を小走りに移動する。息を切らせて教室にたどり着いたが、努力は報われない結果だった。遅刻はしたものの、俺の毎日の活動を教師が知っていたのでお咎めはなかった。
清掃ボランティア部というのは、その名の通り、見返りも何もなく掃除をするのが目的の部活動だ。昨年度、卒業してしまった先輩方が友達五人で集まって設立した部なのだが、参入した後輩はただひとり。俺だけだった。先輩達が卒業してしまったから、現在活動しているのは俺ひとり。
自分の家でもない公共の場所を、何の得もないのに片付けようなんて精神の持ち主は稀少らしい。
たまたま身近な人間に理解されていないだけで、学校外での活動になると、他のボランティアサークルの方々と協力することが多いので、清掃ボランティア部の活動は楽しい。だけど、俺は彼らや卒業した先輩方のように、「人間社会から無駄なごみをなくそう」といった使命感に駆られているわけじゃない。
ただ、道端に落ちているごみを見ていると、喪失感のようなものに胸をちくちくと、ほんのかすかに苛まれる。それがもどかしくて、少しのごみでも本来あるべき場所に収めたい気持ちになるんだ。
それはきっと、今でも忘れられないあの出来事を、無造作に転がっているごみから想起させられるからだろう。