68/ 新たな幕開け

文字数 3,008文字

これで最後にするつもりだから、

なんとかの土産に教えてやるよ。


俺の魔物名は、「アーチ」だ

へぇ……アーチ、ねえ。

おまえにピッタリの名前じゃん。

そっちの名付けの師匠はいいセンスしてるね

 エリスから授かったアーチという名前には、俺自身の魔術式の相性と同時に言葉としての意味も込められていたのか。

 それじゃ、始めるか。
 奇遇、とでも言うべきか、マージャと俺の、ささやき程度の宣言は見事に一致した。

 マージャは、かけているゴーグルのゴム紐を左手で掴む。逡巡したようなひとときの間の後、ゴーグルを外す。そんな動作を目で確認しながら、俺は最大級の防御壁を展開した。大きさにして、俺と、少し離れた位置に立つ豊の全身を覆う程度。規模は小さいが、だからこそ効力は集中して、より効果を発揮するはずだ。

 ゴーグルの下の素顔は、何てことはないものだった。それは、マージャが目を開けていなかったから。彼が、そっと、もったいぶるようにして持ち上げたまぶたに隠されていた瞳は。
 透明だった。天然の水晶のように透き通って、うっすらと、ごくささやかに紫の色が着いているようだ。不思議なことに、それでいてその向こう側に見えるはずの器官が見えない。深く深く、どこまでも続いて吸い込まれそうな、言いようのない不気味な目だった。

 なんて認識をしている間にも、マージャの能力はすでに発動していた。強いんだか儚いんだか、どちらにもとれる眼光そのものが奴の力なのだろうか。驚異は、奴の視線に乗ってまっすぐにやってくるようだった。
 しかし、何の芸もなく直進してくるマージャの力は、俺の展開している魔術壁――相手の魔術そのままを跳ね返せるこの状態には、この上なく都合の良いものだ。

 まばたきひとつほどの一瞬、その攻防の中に、想像だにしない乱入者があった。

 実際には上空から降りたったのだろうが、あまりに唐突だったもので、まるで瞬間移動してきたかのように錯覚した。それは、人間の学生服に身を包み、いつ もおおざっぱに結わえていた黒髪を下ろした彼女――その姿は今朝からずっと見てきたのに、人間の装いをしていることこそが新鮮で、やっぱり見慣れない……。
シュゼット!
 声を上げたのは、俺だけだった。マージャと俺との、ちょうど中間に位置する場所に立ったシュゼットに、俺の魔術壁が反射したマージャの攻撃が直撃した。

愚か者め。投げやりになって人間を傷つけるなど……

今のそなたの姿を見ることがあれば

ティアーもヴァニッシュも悲しんだろうな

 シュゼットの足の先から腰まで、手の先から肘までが、石化している。その石はわずかながら浸食して、徐々に、確実に浸食している。見過ごしてしまいそうなひとときだけシュゼットは苦悶の表情を浮かべ、すぐさま平静な顔を取り繕った。

マージャ。そなた、死ぬつもりか。

使命を果たすのではなかったのか

……はは、俺もさ。

自分の運命ってやつを試してみたくなったのさ。

その使命が、果たして俺に定められたものなのか

 まるで旧知の仲、あるいは不仲にも聞こえるようなやり取りが、シュゼットとマージャの間で交わされた。
試したかったのって、それだけですか
 俺の頭の上で身を乗り出して、サクルドが問いかける。
アーチ……いや、ソースの意思を試したのだろう

そーそ。俺の目的を達成するには、

ソースの……おまえの力が必要なんでね……

勝手なこと言いやがって、おまえな
 豊が、伝えようとした苦言を取りやめた。その言葉の途中に、着地音と土埃を立ててマージャが倒れ込んだからだ。

アーチ。今度は間違えるでないぞ。

物事は、そなたの信念によってのみ判断すればいい。

さすれば、いかな苦難であっても、そなたは超えられるだろう

 せり上がってきた石化が、彼女の唇を覆った瞬間。突如、速度を上げた石が頭のてっぺんに達して、見知った少女の石像が完成した……。
あ、あ
アーチさま! 防御壁を、早く!
 取り返しのつかないことをしてしまった、絶望感に身を委ねる暇さえなかった。
ユイノ、こちらへ
 サクルドの呼びかけに、豊は一歩踏みだし、しかしそれきりだった。俺達と、倒れているマージャとに幾度か視線をさまよわせる。

 そうして歩きだした豊の歩調は気楽な感じで、たどり着いたのはマージャの傍らだった。

敦、来いよ。

こいつを見捨てておけないんだろ

……まだ、何も聞き出してないからな。

何でこんな……はた迷惑なことをしでかしてくれたのか

だよな

(  アーチさま、よろしいのですか? 

ここでマージャを助けることは、

これからのあなたの道しるべになってしまいますよ  )

(  いいんだよ。だって、

俺ってたぶんこういう人間だろ?  )

 俺のせいで石になってしまったシュゼットが目の前にいるというのに、俺は何だか晴れやかな心境だった。ここで終わってしまうような気がしない。
 大切なものを失った、あの夜に見上げた月のような喪失の予感は、今はなかった。

 気持ちよく晴れた、雲ひとつない空を見上げ、その視界にかぶせるように両手を掲げた。それに合わせるように豊が身を屈めるのを見届けて、俺は魔術壁を作り上げた。
 そんな下準備と、そして心構えを決めた時、シュゼットに目を向けると、まさにその瞬間だった。

 彼女を象っていた石が、あっけなく粉砕し、その光景はすぐさま緋色に染められた。夕暮れ時、太陽が町並みを染める赤を、凝縮して爆発させたような。魔術壁を通してなお感じられる、瞬間的な熱と轟音。そのおそろしさに圧倒されそうになって、しかし俺は持ちこたえてみせた。膝をつかず、魔術壁を支え続けた。 ただ、強烈な閃光にはさすがに目が耐えきれず、きつくきつく、俺の意思に反してまぶたが閉ざされていた。

 事が済んだらしいと、感覚的に悟って、目を開けた時。学校裏に放置されていた、雑多な……粗大ゴミたちは、燃え尽きていた。その痕跡さえ残さず、地面には小さな火が点々とくすぶっていた。

 何の遮蔽物もなく拝めていた青空が隠されて、まるで目を閉じた一瞬に夕焼け空に早変わりしてしまったかのような赤がこの一帯を満たしている。
 見上げると、途方もなく大きな鳥――実際には校舎よりやや大きいくらいだろうと思うが、言葉のあやというやつだ――それもただの鳥ではなく、深紅の炎が鳥の形をしているのだ。空高く、羽を動かし漂っていると、羽音はないが火の粉というには大きすぎる熱の固まりを地上に降らせていた。慌てて、油断して消えかかっていた魔術壁を復活させる。

 これが死の瞬間に燃え上がり、復活するというフェニックスの炎なのか。あまりにも巨大で、計り知れない熱の威力を思い知らされる。人知を超えた、と言いたいところだが、恐るべきことにこれを作り出したのは神話時代の人間なのだ。
あ~あ……
 思わず、ため息が出た。別に、さして憂鬱な気分でいるわけでもないっていうのに。
 一息ついたところで、周囲の状況を確認する。倒れているマージャの顔色は青ざめていて、座り込んだ豊にも疲れが見受けられる。何にせよ、ふたりは無事なようだった。

 広場は、炎によって完全に掃き清められ、すっきりしたものだった。対して、ここに隣接する学校と、小規模な森の木々がこれっぽっちも炎のダメージを受けていないのはむしろ不自然すぎるくらいだった。

 こうして新学期の一日目は、とても人間の島に帰ってきたとは思えないような幕開けとなったのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

アイコン差分

せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色