21/ 船室の目覚め
文字数 3,179文字
部屋の隅、布団も使わず壁に身体を預け眠っていた俺にティアーが声をかける。
船の旅は想像以上に暇を持て余し、結局寝る以外にできることはなかった。最初こそ海の風景はもの珍しかったものの、あまり変わりばえしないからすぐ飽きてしまった。
ううん。魔力自体は、神竜だろうと魔物だろうと、人間だってみんな同じ。
基本的に魔力って垂れ流しのままで、隠したりごまかしたりするのってすっごく難しいんだ。
それで、ソースの魔力はその量がけた違いだから、遠くにいてもどこにいるかすぐわかっちゃうんだよ
俺を守ってくれていたティアー達を呼び、俺を殺してもかまわないと考える連中もまた呼び寄せる。迷惑といえば迷惑だし、ありがたいといえば――いや、結局はソースの力がすべての原因なんだから、やっぱり迷惑と考えてもいいのかな。
それがねぇ、ソースの力は持ち主が大人になるまで目覚めないんだよ。
人間側の指導者になってほしくて託される力なんだから、子供が持っててもしょうがないでしょ。
確か、たいてい十五歳前後くらいに発現するって聞いたよ
ソースが目覚めた時と死んだ時って、あたし達魔物にはすぐわかるんだよ。
アクアマリンにいても、エメラードにいても。
それだけ強力で、特別な力なんだ。
ソースがどんな生き方を選ぶかによっては、戦いの始まりと終わりの合図にもなるし
人間は結託して生きる生物ですから。
過去のソースの中には、人間を先導して魔物と闘おうとした方がおられました。
残念ながら当時は人間の敗北に終わり
ましたけれど、正直、
今のフェナサイトの技術力はあなどれるものではありません。
たとえば敦さまが同じように行動された場合、結果は変わるかもしれません
いやいや、その労力と時間はとっくに還元されてるんだからいいじゃないか。
一部の人が死ぬ思いで頑張ったことが、後世の全ての人間にとって便利な暮らしを授けてくれたんだから、こんなにありがたいことはないって……
冗談めかして言ったつもりだったが、ふと思い至る。もしかして、人間を先導して闘ったというソースも、そんな心境だったのだろうか。
もしも人間側が勝利していたら、今のように魔物に対して一方的にへりくだる必要はなかったかもしれない。そう思ってサクルドを見ると、その表情で肯定しているのが明らかだった。
あ、そういえば学校でもよく寝てたよな、なんて懐かしいことを思い出した。
目の色が変わっただけで、顔の全体的なイメージまでかなり変わったように見えるのが不思議だ。髪の色が緑で、かつそれを長く伸ばしている豊の姿を想像すると、申し訳ないがちょっと笑える。あまりにも似合わない姿だったから。
豊は部屋の外、扉の前で見張る役。サクルドはあかりが目立つと良くないと、姿を消した。ティアーはというと、険しい表情で固く目を閉じている。そうして集中した方が、魔力の気配だか何だかを察知しやすいのだそうだ。
そんなわけで、窓の丸い形で外から死角になる位置を利用して向かい合わせ座っているものの、会話もなく静かな時間が流れていた。
アクアマリンの港に着き、船はしばしの休息を得る。とはいえ、船員達にとってはかえって忙しい時間になるんだろうけど。
窓から姿を見せるなというので、限られた視界で港の雰囲気を探ってみる。しかし、昨夜のフェナサイトの港と変わり映えしないので何だか物足りない。
( ここに住む魔物達の暮らしぶりも、人間的でもあり魔物的でもあり、
その境界があいまいになってきています。
魔物としての自尊心を持ちながら、人間の生活様式に慣れつつある自身に、
迷いを持つ者も少なくありません…… )
憐憫の言葉を聞く一方、俺は見た。昨日、トイレで嘔吐していた船員が貨物車を動かす姿。前方に手を振ったかと思うと、車を降り、走ってきた女性らしき人と抱き合う場面。
距離があるため、指先ほどにしか見えない小さな光景。しかしながら妙にインパクトがあって、この時はサクルドの言葉をすっかり聞き流してしまっていた。