21/ 船室の目覚め

文字数 3,179文字

敦、起きて。アクアマリンが見えてきたよ

 部屋の隅、布団も使わず壁に身体を預け眠っていた俺にティアーが声をかける。


 船の旅は想像以上に暇を持て余し、結局寝る以外にできることはなかった。最初こそ海の風景はもの珍しかったものの、あまり変わりばえしないからすぐ飽きてしまった。




もう暗いじゃないか。電気つけないのか? 

あ、豊がまだ寝てるからか

 太陽はすっかり沈み、部屋のあかりもついていない。そのおかげで、このまま何事もなかったように眠りに戻ってもいいような気になってしまう。
あたし達の居場所を隠す、気休めみたいなものだよ

あー、そうか。

夜にあかりがある部屋なんて目立つよな

 ただでさえ、客は俺達だけ。船員も何人かいるだろうが、港に着くっていうのに自室で休んでいるようなのはいないだろう。

あかりがなくたって、あたし達がこのあたりにいるっていうのはバレバレなんだけどね。

ソースの魔力を嗅ぎ分けられないような魔物はいないから

他の魔物の魔力と違うものなのか? 

量がけた違いってだけで、質は変わらないのかと思ってた

ううん。魔力自体は、神竜だろうと魔物だろうと、人間だってみんな同じ。

基本的に魔力って垂れ流しのままで、隠したりごまかしたりするのってすっごく難しいんだ。

それで、ソースの魔力はその量がけた違いだから、遠くにいてもどこにいるかすぐわかっちゃうんだよ

それって……もしかして狙おうと思えば簡単なんじゃ

言いにくいけど、そーいうこと。

ま、おかげであたし達だってすぐ敦のこと、見つけられたんだけどね

 俺を守ってくれていたティアー達を呼び、俺を殺してもかまわないと考える連中もまた呼び寄せる。迷惑といえば迷惑だし、ありがたいといえば――いや、結局はソースの力がすべての原因なんだから、やっぱり迷惑と考えてもいいのかな。




でもさ、それならなんで俺が生まれてすぐに殺そうとしなかったんだろう。

その方が手っ取り早いんじゃないのか?

それがねぇ、ソースの力は持ち主が大人になるまで目覚めないんだよ。

人間側の指導者になってほしくて託される力なんだから、子供が持っててもしょうがないでしょ。

確か、たいてい十五歳前後くらいに発現するって聞いたよ

 フェナサイトの制度上の成人年齢は十八歳だが、それとは関係ないんだな。当たり前といえば当たり前か。あくまで現代感覚の成人であって、昔はもう少し幼い頃から一人前に生活しなければならなかったはずだし。

ソースが目覚めた時と死んだ時って、あたし達魔物にはすぐわかるんだよ。

アクアマリンにいても、エメラードにいても。

それだけ強力で、特別な力なんだ。

ソースがどんな生き方を選ぶかによっては、戦いの始まりと終わりの合図にもなるし

いくらソースだからってひとりの人間にそんな大それたことができるかな
できますよ、もちろん
 いつの間にか、胸元にサクルドが現れていた。状況にもよるが、彼女が出ている時は首から下げている小瓶を外すことにしている。どうせ話をするなら顔を合わせていた方が話しやすいからな。

人間は結託して生きる生物ですから。

過去のソースの中には、人間を先導して魔物と闘おうとした方がおられました。

残念ながら当時は人間の敗北に終わり
ましたけれど、正直、

今のフェナサイトの技術力はあなどれるものではありません。

たとえば敦さまが同じように行動された場合、結果は変わるかもしれません

 フェナサイトの技術力と言われても、庶民レベルの生活をしている俺達にはその手の情報は、興味をもって自ら関わろう調べようとしない限りあまり入らない。政府に近い機関やら研究所やら、極秘で特殊な仕事をしている人々にしか知りえない。緊急時のために、ある程度は魔物に対抗できる兵器の類を準備しているだろうとまことしやかに囁かれてはいるものの、表向きは魔物に対して完全屈服を宣言している立場上、公言はできないのだろう。
兵器に限らず、民間企業が開発した家電等も、魔物側からすれば大した発明なんですよ
そうだよね。手で洗えばいいものをちょっとでも手間を惜しみたいってだけのために、莫大な時間と労力かけて機械化しちゃうなんてさ

いやいや、その労力と時間はとっくに還元されてるんだからいいじゃないか。

一部の人が死ぬ思いで頑張ったことが、後世の全ての人間にとって便利な暮らしを授けてくれたんだから、こんなにありがたいことはないって……

 冗談めかして言ったつもりだったが、ふと思い至る。もしかして、人間を先導して闘ったというソースも、そんな心境だったのだろうか。


 もしも人間側が勝利していたら、今のように魔物に対して一方的にへりくだる必要はなかったかもしれない。そう思ってサクルドを見ると、その表情で肯定しているのが明らかだった。

そういや、ヴァニッシュは?

甲板に出て、見張り役。

やっぱり、今はヴァニッシュが一番頼りになるから。

ここもあたしだけじゃ心もとないから、豊にも起きててもらうよ

 俺を起こしたのも、万が一誰かにここまで踏み込まれてしまった時に、眠りこけていられたら邪魔だからだろう。
豊ー、夜だよー。アクアマリンに着くよー
 昨夜の様子のまま布団の中で眠っている豊を、ティアーが揺り動かす。二十四時間近く眠ったのだからさぞ満足だろうと思いきや、まだ寝足りないような面持ちで、身体を起こしはしたものの目を開けようとしない。
おはよう。相変わらず寝起きがだらしないんだから

 あ、そういえば学校でもよく寝てたよな、なんて懐かしいことを思い出した。




あー……おはよう。つっても、もう夜だよな……
 二の腕で目をこすった後、豊はようやくすっきりと目を開ける。
……豊、なんか目が変じゃないか?
 サクルドのあかりがなければ、気がつかなかったかもしれない。昨日まで俺と同じ黒目だったのに、深みのある緑色に変わっていた。
ああ、これか
豊は目に出たんだね
どういうこと?
魔力には色があってね、ダムピールからヴァンパイアになるとそれが目か髪にあらわれるんだ

髪じゃなくて良かったよ。

伸ばさなきゃならないから面倒になる

 目の色が変わっただけで、顔の全体的なイメージまでかなり変わったように見えるのが不思議だ。髪の色が緑で、かつそれを長く伸ばしている豊の姿を想像すると、申し訳ないがちょっと笑える。あまりにも似合わない姿だったから。




 豊は部屋の外、扉の前で見張る役。サクルドはあかりが目立つと良くないと、姿を消した。ティアーはというと、険しい表情で固く目を閉じている。そうして集中した方が、魔力の気配だか何だかを察知しやすいのだそうだ。


 そんなわけで、窓の丸い形で外から死角になる位置を利用して向かい合わせ座っているものの、会話もなく静かな時間が流れていた。




 アクアマリンの港に着き、船はしばしの休息を得る。とはいえ、船員達にとってはかえって忙しい時間になるんだろうけど。


 窓から姿を見せるなというので、限られた視界で港の雰囲気を探ってみる。しかし、昨夜のフェナサイトの港と変わり映えしないので何だか物足りない。

(  アクアマリンの、人間からの物資への依存度は高まる一方です  )
 音ではないサクルドの声が届く。

(  ここに住む魔物達の暮らしぶりも、人間的でもあり魔物的でもあり、

その境界があいまいになってきています。


魔物としての自尊心を持ちながら、人間の生活様式に慣れつつある自身に、

迷いを持つ者も少なくありません……  )

 憐憫の言葉を聞く一方、俺は見た。昨日、トイレで嘔吐していた船員が貨物車を動かす姿。前方に手を振ったかと思うと、車を降り、走ってきた女性らしき人と抱き合う場面。


 距離があるため、指先ほどにしか見えない小さな光景。しかしながら妙にインパクトがあって、この時はサクルドの言葉をすっかり聞き流してしまっていた。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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