42/ 嵐の予兆

文字数 2,421文字

 エメラードに来てからこっち、一日中雨が降り続くような日がなく、天候には恵まれている――その代わり、日が沈む間際の夕立がやたらと多く、突き刺さる

ような雨が半刻ばかり襲いかかり何事もなかったかのようにもとの夕焼け空のお披露目というわけだ――特に朝はのどかな陽気で雨もなく、日課である水源までの水汲みにも慣れてきて気楽なものだった。


 今日もいつも通りに水を汲んで、セレナートに挨拶をして帰路につく。その道中の護衛は、俺の頭の上に乗るサクルドと、前方を鼻歌を歌いつつ上機嫌で歩くティアーだ。




それ、ローナが歌ってたやつだよな
うん。すっかり耳になじんじゃってさ
それって歌詞はないのか?

ティネスが歌詞をつけることをしなかったのです。

彼女が音楽という文化の生みの親ではあるのですが、

歌詞をつけるという行為は後の人間が始めたことで魔物には伝わりませんでしたから

 そもそも、魔物は文字を使わない。エリスに聞かされた話だが、魔物は秘伝の類は決して他者に明かさず、文字という「形」に残すなんてもってのほか。後世に残す必要のある情報は口伝で片付ける。




敦さま。よろしければ、

ティネスの歌に言葉をつけてみませんか

俺が? ……見ず知らずの、

それも大昔に死んでる人が残した歌に歌詞をつけるって、

俺が勝手にしていいのかなぁ

敦さまだからこそ、ですよ。あなたが今、

このエメラードで感じるままに歌詞を考えていただいてかまわないと思います

 頭上どころか、自分の頭の上でくつろいでいるサクルドの表情はこれっぽっちもうかがえない。

 俺は国語は別に得意じゃなかった。ただ文章を書けばいいだけの作文ならまだしも、思わせぶりに書いた上で短く書かなければならない作詞は鬼門だった。逆に得意だったのは、子供の頃からの度重なる転居のおかげで地理・社会系で……って今はそんなことどうでもいい。どう断ったものか、と考えたところで、気が変わった。
 ティアーは俺達の会話が聞こえていないかのように、黙々と歩を進めている。前にもこんなことがあったような気がするが、ティアーは自分の思考に没頭するあまり、考え事に集中していると周囲の音が耳に入らなくなるらしい。
やってみるよ
え、何?
 正気に戻ったらしいティアーが、慌てるように言葉を投げる。
ティネスの歌に、敦さまが歌詞をつけるのですよ
えー、何それ面白そう!

あんまり期待しないでくれ。

俺、本をそれほど読むわけじゃないから語彙少ないだろうし、

自信ないんだよ……ベルやライトに言うのもナシで

わかった、秘密ね! 

要は口が軽そうなのには絶対言わないってことね?

 それはまぁその通りなんだが、純粋な笑顔で言ってることはちょっと毒舌だ。

 朝食の準備に火を囲んでいるのはヴァニッシュとライト……だと思ったら、

まったくあなた達ときたら。

エリスがいないと本当に大雑把というか、呑気というか

 エルフ界とやらで治療を終えたらしいエリスが帰ってきたようだ。虫退治の一件からちょうど十日ってところか。叱責というよりは心からの呆れ、といったニュアンスなので、聞いているヴァニッシュ達も話半分といった感じだ。
今夜は嵐になるというのに、いつまでだらけているつもりなの
嵐? 雲ひとつない快晴じゃないか
昨日から森がざわついてるんだよね
……動物たちも、嵐に備えて慌ただしくなっているから

でもほら、まだ朝だし。

慌てるような時間じゃないだろ?

 ベルと豊は上で寝ているが、みんなの反応からして何も知らなかったのは俺だけのようだ。そういう必要な情報は早めに貰える方がありがたい。きっとエリスがいたらもっと早く知ることが出来たのだろうなぁ。
 サクルドの反応がなかったのに思い当たって、自分の頭に手を置いてみると何の障害もなく髪に触れ、彼女の姿が消えていたことがわかる。

ライト、あなたには万全を期するという概念はないのね。

それに、あなたが高台まで敦を運ぶのなら確かに手っ取り早いでしょう。

けれど、あの程度の上りなら並の人間にだって険しい道のりではない。

いずれにしろ体力はつけていかなくてはならないのだから、

この機を有効活用しないでどうするの

さっすが、エリスは効率主義者だねぃ
 いささか口をひん曲げて、ライトはぼやく。

そういうこと。

速やかに今日の分担を決めましょう

 仁王立ちでふんぞりかえる、実にエリスらしい立ち居振る舞いを見る限り、もう彼女の体は心配なさそうだ。
それで、何で俺が叩き起こされたんだ?
 熟睡していたところを起こされた豊は眠い目をうらめしげにこすっている。

ユイノもヴァンパイアのくせに警戒心・危機感が不足しているようね。

嵐が来ると言っているでしょうに

おいらはこの家を守るんで、嵐が来ようがここを離れられないんでなー。

おまえさんにゃあ敦の護衛を任せる

避難場所はフェニックスのとこだって言ってなかったか? 

そう厳重にしなくても、フェニックスとソースが揃ってるところを狙う命知らずがいるかねー

 豊は非常時の対応をすでにエリスから指示を受けているらしい。何でも、俺と二人だけの時に危機を感じたら、エメラードに点在している協力者――たいていはライトかエリスの知り合いらしい――の住処へ俺の身柄を預けるべし、とのことだ。

それがさ。あたし、ちょっと前に彼女を怒らせちゃったみたいで。

ソースのことで協力してくれないって

アレの場合、口でそう言っても結局口を出し手を出ししてきそうなものだけど。

念のためよ。用心にこしたことはないでしょう

 狼の姿になったヴァニッシュは鼻先を下に向けてすぐ戻す。要するに頷いているつもりなのだ。彼は狼になったら普段はほとんど声を上げない。
 今回は一夜を越すような遠出になるからと、ヴァニッシュは人間に戻ることもあるかもしれないと胴体に服を結びつけている。
もーいい、さっさと出発しようぜ……まっ昼間の山道とかかったるいよなぁ
 嫌味はなく、心底から疲れたようにごちて、豊は肩を落とした。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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