⑩ 暗闇の再会
文字数 1,450文字
今晩は、豊にはヴァニッシュがついていることになり、ジャックさんは俺に夕食はどうするかと確認した。まだそう遅い時間でもないが、俺は一刻も早く頭も身体も休めたい気持ちでいっぱいだった。
そう伝えると、「自分がソースだと知った最初の夜は、たいていそういう心境になるらしい」と控えめに笑った。
結局、ソースとやらが一体何なのか、俺とどういった関わりがあるのかという話は、明日へとお預けになった。早く知りたい、気になるというのはもちろんある。それでも、心も体もへとへとで、今夜だけは一般人として甘えさせてもらいたいという気持ちに負けた。
暫定的に俺に与えられた、二階の突き当たりの部屋の前に立つ。扉にはなぜかドアノブの類が存在しない。試しに戸を押してみるとあっけなく開いた。俺が閉める動作をする前に、戸が何かに引かれるかのようにひとりでに閉ざされていく。
森の木々に塞がれて空の明かりが差し込まないのと、館の内部にさえ申し訳程度のあかりしかないおかげで、個室は完全な闇の中だった。
それでも、そこに何かがいるのは、不思議なことに疑うまでもなく察知できた。
暗闇に目が慣れてくると、そいつがベッドの上に鎮座して俺を待ち構えていたことがわかる。それでもなお見難い、漆黒の毛並みの狼が、黙して俺を見つめる。
その正体はもはやわかりきっていたけれど、俺はあえて、懐かしい再会という形を選んだ。この姿で、ティアーとして接してくれたのは本当に久しぶりで懐かしいことだから。
幼い頃の思い出だけでは、どうしてもあちこち欠けていってしまうものなんだと思い知らされる。今なら、この黒い目を見ているだけで一目瞭然だ。
先ほど、森の中で見つめあった時。言葉にできないもどかしい思いを、必死で訴えかけてくる涙さんの瞳。この一点以外に外見的な共通点なんてありはしないけど――しいていえば、毛が黒いこともそうだが――ティアーの目はまごうことなき、涙さんのそれと同じものだった。
しっぽがぱたぱたとベッドを叩く。その乾いた音が心地良い。
ティアーを踏まないようにベッドに横になり、布団をかぶると、俺の腹の上あたりにティアーがあごを乗せてくる。何やら物欲しそうに俺を見ているような気がしたので、頭や背中の毛並みを整えるように撫でてみると、満足そうに目を閉じる。このままここで眠るつもりなのだろうか。
当たり前の話だが、あの頃に比べるとティアーはとても小さく見える。ティアーだって少しは大きくなっているのだろうが、俺の身体の方はといえば、その上をいく成長を遂げているのだから。
それなのに、ティアーが人間の姿でいる時は俺と目線の高さはほぼ同じというのは情けないような気もするけど……。
俺の好きだった女の人。アネキの友人として俺の前に現れた海月涙さんは、俺の中にはもういない。たぶん。
彼女はティアー。懐かしい親友で、そして今は誰よりも愛しい人。
そして目を覚ましたら、今日までの俺だってもういない。
明日から、俺自身のため、ティアー達と共に戦える俺にならなければいけない。一日でも早く強くなって、仲間に守られるだけの俺じゃなくて、仲間と並んで立っていられる俺になるんだ。