⑪ 夜明けの現実

文字数 2,914文字

 目が覚めると、室内は薄く白んでいた。目ぼけ眼で腕時計を確認すると、まだ午前五時になる前。


 分厚い木々に覆われていても、森の中に光は届くものなのかなー……なんてぼんやりと思う。そのかたわら、ベッドの横から衣ずれのような音がする。


 何の気なしに、首をそちらへ傾ける。元気に左右へ振れる、ふさふさの黒いしっぽ……人間の身体にそんなものが生えていたらどうやって下着をはくんだろう……その答えは、布面積の小さいローライズを選べばいいということだったようで。その、両サイドを紐で結んで固定するタイプのそれを、彼女は右側の紐を結んでいるところだった。




 夢現にたるんでいた意識が、一気に現実へと引きずり出される。この光景は、好奇心に従って漫然と眺めていていい代物ではない。


 などと頭では考えつつ、結局はティアーが腕を上げて上半身に下着を着替えるところまで目が離せなかった――それにしても妙な形状をしたシャツで、後ろを裂いてあり背中が丸見えになっている。

あ、起きた?  おはよー、敦……

あれ、何だか顔が赤いよ? 

昨日は色々あったから、体調崩しちゃった?

 この上なく機嫌良く振り返ったティアーの表情は、俺の様子を見て不安げな表情に転じてしまう。ああ、申し訳ないというより、よこしまな自分が憎い。


 俺の顔を覗きこもうと接近してくるティアーの顔。そこでようやく目についたのが、頭の両側面に生える大きな獣耳だ。……インパクトの強い箇所に釘付けになって、見過ごしていた。

その、耳としっぽ、どうしたんだ?

え、これ? 

これねぇ、本当は人の姿になってる時でも、

耳としっぽくらいは出してた方が楽なんだ。


しっぽは足二本で立ってても邪魔にならないし、

やっぱりちゃんとした耳がないとよく聞こえないから

人間の姿でいる時は耳がないのか? 

気付かなかったな

ないわけじゃないけど、あんまりへたくそだから見られたくなくて、隠してるんだ。

あたしが人の耳をイメージするのが苦手なだけで、ヴァニッシュにはちゃんと耳があるでしょ?

う~ん、覚えてないや
耳があるかないかなんて、意識してないとまったく記憶に残らない。次に顔を合わせた時にでも確認させてもらおうかな。



 ヴァンパイアに襲われ、森の奥に建つ魔物の館にかくまわれて過ごした夜。


 朝になれば、きっと昨日までとまったく違った世界を見る羽目になるだろう。漠然と、そう理解していたけれど。






 現実は、俺の生半可な認識を遥かに超えて、残酷だった。
んで、お姉さんに連絡もしないで彼女の家に行ってたってわけか
はぁ。まぁ、そういうことです……
 手帳に何事かメモしながら、向かいのソファーに腰掛ける平野さんは心底呆れ果てた顔で語っていた。まぁ、たとえ本人に何の罪もなかろうが、友人が自分と
別れた後に殺されたっていう非常事態に楽しく遊んでたなんて俺だって呆れる。まして、家族に一晩連絡もしなかったなんて言語道断だろう。
海月さんと外で落ち合う約束をして、家にいるお姉さんには長矢君が伝えるという手はずだったんだね?
君が、円さんに直接話してから出れば良かったんじゃないかねぇ

 立ったまま俺達の話を聞いている若い刑事が合点がいったという感じに頷き、平野さんの隣に座り、向かいのティアーをうさんくさそうに投げやりに見る高橋さんがささやく。




 今日、学校は臨時休校となった。うちの高校は十年以上はヴァンパイア被害がなかったし、生徒がその犠牲になったのだから呑気に授業などやっていられないだろう。




 昨夜、ヴァンパイアに切断された豊の右足は現場に放置してあった。それは夜の内に発見され、鑑定結果で豊のものだと公にされた。マスコミは朝からその報道一色だったそうだ。




 そんな状況にあって、昨日は朝から豊と行動を共にしていた俺が行方知らずときたもんだから、俺はヴァンパイアの住処にでも持っていかれて、お食事にでもなってるんじゃないかと思われていたらしい。そんな騒ぎになっていることも知らず、彼女の……「海月涙の家ということにさせてもらっている、住宅街にあるジャックさんの実家」で何事もなく休んでいたことになっている俺への、世間の風当たりは実に冷たかった。本当のことなど言えるはずもなく、そういうことにしただけなんだけど。騒動を知らないふりをしていただけで、ティアーは恋人でもないし。




 今はこうして、少年課で三人の刑事を相手に事情聴取を受けている。とは言っても、取調室で厳重に、なんてことはなく。今回の事件の捜査本部となっている部屋の片隅で、和やかに会話しているだけ。




 それというのも、俺もティアーも一切疑われていないからこその扱いだ。豊の足は骨の断面がきれいに――というのも何だか嫌な表現だけど――見えるくらい

に切断されていた。いくら包丁を使ってもおいそれと骨ごと肉を切れないように、とてもじゃないけど人間業ではありえない。物理的な事故か魔物の仕業と考えるのが普通だ。そして今回の場合、現場に事故の痕跡は塵ほども存在しなかった。

敦とのことは、円の性格的にちょっと打ち明けづらくて。

円に悪いとは思ったんだけど、用意してくれた料理は豊君があたし達の分もぜ~んぶ食べちゃうって張り切ってたから、ついそれに甘えちゃって

 事実でないことをもっともらしく語るティアー。これらの話は全て、ヴァニッシュとジャックさんも交えて設定した作り話だ。豊の血が付着していた俺の服も、豊が館に置いていた服を借りて着替えてある。
まぁねえ、どんな生活していたかまだわかっていないが、長矢豊はほとんど自宅に帰っていなかったそうだから。食うにも困っていたかもしれないな
実の息子が死んだっていうのに、母親もけろりとしてましたからね。何だかかわいそうですよね

 もうおじいさんと言ってさしつかえないくらいの貫禄のある平野さんが、極めて冷静に呟く。まだ名前を教えてもらっていない若い刑事の方は、心底豊に同情しているらしい。




 俺は豊が生きていることを知っている。けれど、豊の切断された足がこの世に残っているということを聞かされた時は何ともやるせない気持ちになった。


 ヴァンパイアになってしまった豊の、唯一残された人間だった証は、豊の死んだ証として世間に認知された。人間でなくなってしまったとはいえ、豊はまだ生きているのに。人間の社会的には完全に死んでしまったことになる。




 それに、俺は豊が家に帰らなくなっていたなんて話も初めて知ったんだ。それもテレビの報道という形で。クラスメイトにとっても、豊の死、それ自体と共に青天の霹靂の事実だったはずだ。


 学校の友人同士の何気ないやり取りの中では、家族に対する愚痴もよくある。そんな中で、思い返してみれば確かに豊は家族のことをほとんど語らなかった。

高校生にもなって必要以上に詮索する奴もあまりいないことだし……しいていえばうちのクラスの市野学はけっこうしつこいけれど、学校内のゴシップを面白がっているだけで家庭のことまで突っ込んできたりはしなかった。

 考えながら、今朝のジャックさん達との話が思い出された。






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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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