64/ 我が家

文字数 2,222文字

 八月の半ば。人間の島の学生は、夏休みの真っ只中だ。


 直射日光を遮ってくれる木々の屋根のないフェナサイトの夏の光は、ある意味、常夏のエメラード以上に強くも感じられる。そりゃあそうだろう。夏の日差しが主張出来るのは、一年の四分の一であるこの季節だけなのだから。毎日が同じような気候を繰り返し、神話時代から変わらない姿を保っているエメラードと違って、人間の島は日々変化していくのだから……。




ただいまー

 がちゃり、古さびた団地の扉を開けるなつかしい音を鳴らして、久方ぶりのわが家に足を入れる。




 居間にいたのは姉ひとりだった。すすりかけのそうめんを口から垂らしたまま、俺から視線を外さずに硬直している。まったく、そんな死人でも見るような目をするなって。

あっ、んた、もう帰ってきたの!?
なんだよ、帰って来ちゃ悪いのかよ

 家族には、魔物と一人前に戦える力を得るまでは戻れないだろう……そう言った。そんな息子、あるいは弟がちょうど三ヶ月で帰ってきたのだから、まあ拍子抜けされてしまうのも無理からぬことではある。


 身も蓋もないことを言ってしまえば、俺が魔物を退ける上で必要だったのは、攻撃、防御共に最低限の魔術。それで十分なのだそうで。それだけ、一般的な魔物とソースの間に横たわる、魔力量の差は絶対的なものだった。人の身に堕ちても、神竜の力は伊達ではない。

悪かないけどっ、そうだ、涙は? 

あの子も帰ってきたの?

 そう訊ねるアネキの目は、彼女と喧嘩別れをしたのが嘘のような――言い換えれば、そのことを後悔して真剣に彼女に謝罪しようと思っているのだろうとわかる、すがるようなものだった。だから俺は、涙さんの親友であった姉に真実を伝えるべきかと迷った。
彼女なら死んだよ。エメラードで
 しかし、俺は言ってしまった。いささか投げやりな気持ちが、言葉尻に表れているような気がした。

これ、お土産。森のアイスっていうんだ。

冷やしとくから、後で母さん達と食べてくれ

 当然ながら呆然と立ち尽くすアネキを残し、俺はさっさと自室に引き込んでしまう。


 そして、そのままベッドに倒れ込もうと思っていた。しかしながら、ベッドの上は布団が片づけられていてその流れに身を任せるのはあきらめるしかなかった。




 ああ、めんどくさいな。そう思いながら押入から布団を出してベッドに敷く。


 どのみち、人間の島に帰還したとはいえ、俺はこの家で暮らすつもりはなかった。やはり俺がいることで家族に危険の降り懸かる可能性は高まる。両親に諸々の報告をしておこうと思って寄っただけだ。


 ふたりが帰ってくる夜まで、ひさしぶりの、自分のベッドの寝心地を堪能するとしよう。




 確かに、腕のひとつ切り落とされたところで、魔物にとって致命傷とはなりえない。ヴァンパイアとなった豊が、切断された足をものの数分で再生させた――と、そこまではいかなくてもほとんどの魔物はダメージの再生速度が人間のそれとは桁違いだから。




 ただし、ヴァンパイアと似て真逆の性質を持つワー・ウルフは、数少ない例外だった。死んだ人間が魔物になって蘇るのがヴァンパイア、死んだ獣が人間の姿
で生き返るのがワー・ウルフ。前者が新しい生き物として完全復活するのに対し、後者はあくまで死体が息を吹き返しただけだから、自ずと寿命も短くなる。




 切り落とされたワー・ウルフの……ティアーの腕は、他の魔物の場合と違ってあっという間に腐ってしまい、元に戻すことなど出来なかった。切り傷というレベルではなく切断面のような重傷になると、そこから魔力は盛大に漏れだしていく。包帯の下には、アッキーが透に与えた土の肉体を応用した、土の義手が隠されていただけだった。




 結局のところ、ティアーはとっくの昔に致命傷を負っていて、それこそを俺に隠していたんだ。仲間達が俺にそのことを教えてくれなかったのは、単純に、彼女がそれを望まなかったからだそうだ。


 誰ひとり、嘘をついてはいなかった。ただ、隠し事をされていただけで。


 今にして思えば、忠告してくれた者だっていた。セレナートは、俺がティアーを想うのなら早くその気持ちを伝えろ、と言っていた。あれは、大切な人が、いつもまでも当たり前に生きて側にいてくれるとは限らない。そう教えてくれていたんだ。




 結局のところ……俺は最後まで、ティアーに何も返してやれず、みすみす死なせてしまったということだ。




 故人に執着しすぎると、亡霊の魔物に変じさせて現世をさまよわせることになる。そう聞かされていたから、俺は死を覚悟して姿を消したティアー、ヴァニッシュのことを考えない、平静な振りをして過ごした。


 ふたりの魔力が完全に消滅したと、ベルは俺に直接報告してくれた。いつも通り、明るいとはいえない質の笑みを浮かべながら。




 ティアーもヴァニッシュも――俺が何も知らなかった頃からずっと、俺を守ってきてくれた。そんな彼らの気持ちを無碍には出来なくて、だから俺は彼らを失ってなお、ライトから体術、エリスから魔術の指導を受け続けた。それでも、ずっとエメラードにいる気にはなれなくて、次の船で人間の島へ帰還したのだった。




 目覚まし時計を見ると、まだ正午にもなっていない。目当ての時間までが遠すぎて、うんざりする。


 こういう時って、どんな風に時間を潰していたんだっけ。そんなことさえ、今の俺には思い出せなかった。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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