44/ シュゼット

文字数 4,038文字

 滝の内側に入ってしばらく進む。洞窟草と呼ばれるというほのかな光を放つ草が足元に転々と生えていて、光源はそれしかなく薄暗い。
 広く天井の高い洞窟のような空間に出ると、ある意味今日までの生涯で一、二を争う恐怖の光景がそこにあった。
お、うわさ通りに来たじゃないか。ソースだぞ!
 そんな声を皮切りに、それぞれ談笑していた魔物達が一斉に俺達に注目し、気楽に野次を飛ばしてくる。

 洞窟内には、おおよそ人に近い姿をした魔物達が数えきれない人数詰め寄せていた。親しい同士なのか数人単位で集まって、薬草を噛んだり木の器に注いだ液体で乾杯をしている。要するにそれは宴会のような風景で、魔物達は見ていてうらやましくなるくらいに楽しげでくつろぎきっていた。

この状況、何なんだ? 

俺、ここにいて平気なのか?

ここは昔っから、災害の時の避難場所なんだよ。

エメラードの森をしっちゃかめっちゃかにしちゃった竜巻があった時も、

ここは安全だったって伝わってる。


だからこの辺の魔物は嵐になるとここに避難するんだけど、

せっかく集まってるんだからっていっつも馬鹿騒ぎしてるの

とりあえず、心配はないだろ。

ソースが欲しい奴だっているだろうけど、

フェニックスの腹ん中で事を起こすような馬鹿はいないだろうし

 心配ないと言われても、ソースというのは多くの魔物にとってご馳走みたいなものだと聞かされている。魔物の大群に囲まれているという状況は、俺にとっては全くもって居心地が悪い。

むしろ心配なのはシュゼットの方かな。

何でかわからないけど、前、変な別れ方しちゃったし……

シュゼット?
あのね、フェニックスの……





そなたが今代のソース、高泉敦か!

 ティアーの言葉を遮るようなタイミングで、誰かが声を張り上げた。上の方から聞こえたその声に、洞窟内の魔物達は一斉に同じ方向を見上げる。俺も彼らの目線の流れに釣られる。


 この洞窟広場にはところどころ、横穴が空いている。その中のひとつに、女の子が立っていた。




 黒く長い髪を右耳の下で束ねている。上半身はゆったりとした布でくるみ、下は大きな鳥の赤と黒の羽根を幾重に重ねるようにした、独特のスカート状になっている。人間の島ではまずお目にかかれない奇抜ないでたちではあるが、それ以外は特に何もなく人間そのものといった容貌をしている。


 外見としては俺や豊と同年代の少女と代わりない。細身ではあってもしっかりと引き締まった筋肉の感触が見られるティアーと違い、少女の全身の輪郭はひたすらに華奢だった。




そうだけど、君は?

私はレッド・フェニックス=ディモス。

そなたの力、今ここで試させてもらう

 有無を言わさぬ言い方で、彼女は威圧してくる。
試すって、何のために……
個人的な関心事、という以上の理由はない

そんな無茶な……

第一、ここにはこんなに魔物がいるじゃないか。

巻き添えになったらどうするんだよ

そなたがソースであるなら、たやすく防げる。

その力を疑う者は魔物にはいないさ。

ここにいる連中もそうだろう

 しれっと矛盾したことを言ってくれるものだ。疑っていないなら力を試す必要なんかないだろうに。

やりましょう、敦さま。

力をセーブせず魔術壁を展開せよと、

彼女が言っているのはただそれだけです

 サクルドが現れたってことは、臨戦体制になるべき時ってことなんだろう。
 それぞれ両傍に立つティアーと豊の表情を確認する。ふたり共、俺の力を信じてくれているのが伝わった。

私はここより、炎のひとしずくを落とす。

そなたはこの場にいる全員を魔術壁で防護せよ。

見事しのいでみせたなら、今夜、

私の膝もとにてかくまうことを認めよう

わかったよ……
 あれこれ考えても仕方がないので、さっそく魔術壁のイメージを展開する。魔術壁は自分自身を守るイメージをすることで、自分の周囲を包み込む。 とりあえずいつも通りにやってみたが、今回は自分だけを守ればいいわけじゃない。この大人数を魔術壁で囲わなければならないんだ。

洞窟全体の様子を目で確認して、

魔術壁の必要となる範囲をイメージしてください

 見渡すと、魔物達はこの状況を宴の肴にして、やんやと楽しげにはやし立てている。茶化す様子ではあるが、声援らしき言葉もたくさん投げられて少し嬉しくなる。

 俺とティアーと豊以外はみんな腰を下ろしたり横になったりしているので、自分の目の高さからおよそ一メートルの高さがあれば事足りる。そう判断して頭の中で魔術式をたどると、俺自身を囲んでいたエメラルドの光が広がった。ドーム状に拡大した光に包まれて、魔物達が歓声を上げる。

準備は出来たようだな。

私は手を抜かない。

そなたも気を抜くな

わかってるよ

 イメージするのは、初めて魔術を放った時のこと。今も腰に下げている、オルンがくれた石ナイフに刻まれた火種を魔力の制御も何も知らずぶっ放したあの時のように、無心に魔力を解放しよう。




 フェニックスは胸の高さに人差し指を掲げ、左から右へ流す動作をした。ぽとり、線香花火の火種が落ちるようなしずくが出たと思った瞬間にはもう燃え上がっていた。洞窟の天井が見えなくなるような視界いっぱいの炎の波が押し寄せたかと思えば、やはり燃え盛った状態の花火をバケツの水につけた時のように、魔術壁に触れたとたんにあっけなく散った。一瞬の静寂の後、魔物達の大喝采によって俺は緊張が溶けた。

いいだろう。ムシュフシュ、

ソースをここへ連れて来い

 先ほどの獣、ムシュフシュがこちらへ歩み寄ると、尖ったしっぽの先で自分の背中をしめしている。乗れ、ってことだろうか。そう思ってそいつの背中にまたがると、ひと跳びでフェニックスのいる横穴に到達した。肩に乗るサクルドがさりげなく、ちゃんとつかまった方がいいですよと知らせてくれなかったら、振り落とされていたかもしれない。




ちょっと、シュゼット!

 遥か下から、ティアーが抗議の声を上げている。




 ムシュフシュの背中から降りると、横穴の天井は俺の身長スレスレの高さしかない。俺より少し背丈のある豊だと、腰を屈める必要がありそうだ。天井は低いがそこそこ広さがあるのであまり窮屈さはない。数人で休んでも余裕があるだろう。

ティアー、そなたは今晩の糧でも探して来い。

心配しなくてもソースに危害を加えたりしない。

横の者、そなたはどうする?

俺が見張っとくよ、ティアー

うー、わかったよぅ……

でもさー、シュゼット! 

この間から何を怒ってるのよー! 

あたしが何かいけないことした!?

虫の居所が悪かっただけだ。

……すまないことをした

え。いやぁ……

なら、いいんだけどさ

 一転して心から詫びる、優しい声色。そんなフェニックスの態度に釈然としないものは感じながらも、しぶしぶといった調子でティアーは彼女の指示通りに出かけていく。


 そんなティアーを見送ってから、フェニックスは横穴のどん詰まりまで歩く。腰を落とし、背中を壁に落ち着かせる。やや険悪な表情で俺を一瞥すると、無言で手招きした。




 ティアーもいない、豊はまだこの横穴にたどり着いていない。ひとりで判断しきれずに、所在なく立ち尽くしていると。

何を呆と突っ立っている。

私の目前に来い。

でないと話もし難いだろうが

 あきれるような、またちくちくと挑発的なフェニックスの声が投げられる。俺の横にいたムシュフシュが無言で彼女のもとへ歩み寄り、その膝の上にあごを落ち着かせる。狼のティアーと何ら変わらないしぐさにほんの少し気持ちが安らいだ。




 彼女の目の前に腰を下ろし、挨拶をしようとして、先ほどあんなやりとりをしたのに「はじめまして」は不自然なように思った。おまけに、相手は俺の名前を知っているらしいことも思い出す。ティアーの友達ってくらいだから彼女との会話で知ったのだろうか。

え、っと……君の名前は「シュゼット」でいいのかな
 ティアーが呼びかけた名前を一応確認しておく……ただそれだけで、フェニックスは露骨に嫌そうな顔を見せる。名前を聞いただけで地雷っぽいのにどう会話を続けろというのやら。

そなたにその名を呼ばれるのはいささか屈辱ではあるが……

そうさ、私の名はシュゼット

シュゼットって、人間の島だとデザートの名前なんだ。

俺も結構好きで……

そうだろうな。何せ、この名はティアーから与えられたものだから。

人間の嗜好食品の名前だなどと知らなければ、

純粋に友より与えられた名として後生大切に思えただろうに

へ、そうなの?

ああ。ティアーはこの類において、

そなたと過ごした日々に影響を受けすぎて困ったものだよ。


アレの人間名、『海月涙』というのも、

そなたが付けたも同然だろう

俺、そんな覚えないんだけど
 くらげ、だの、なみだ、だの。人間名としては悪趣味すぎる……と、思わず口に出しそうになって思いとどまる。

ティアーという名はそなたが野良狼に付けた名だろう。

人間名に当てはめると、それが『涙』なのだ。


くらげというのはそなたがアレに好きだと吹聴したのだろう? 

さしものエリスもくらげはあんまりだと説いたのだが、ティアーは折れなかった。

妥協案として『みつき』と読ませることにしたのだ

 あまりの真実に唖然としてしまう。俺は内心、『涙』なんて名前はティアーの性格には不釣り合いだ。くらげの意味を持つ『海月』の名字はどうなんだ、なんて思ってきたんだ。それが、蓋を開ければ全て俺のせいだったなんて。
おーい、敦ー。無事かー?
 どうやらここまでよじ登ってきたらしい豊が、入り口から声をかけてくる。服の汚れを払いながら歩いてくるが、天井が低いので腰をかがめている。

無事か、とは人聞きの悪い。

手出しはしないと言っているだろう

あんなチンピラみたいな喧嘩の売り方しておいて、

心配するなって方が無茶だろ

そなた、名は
ユイノ。あんたはシュゼットだっけ?
ユイノ? ……そうか
何だよ
 含みのある言い方に、豊は眉をひそめる。何でもない、投げやりな調子でごまかして、シュゼットは豊から目をそらした。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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