51/ 惜別の情

文字数 3,210文字

 内蔵がやんわりと潰されているような感覚が苦しい。自然、うげぇ、と嫌なうめきごえが絞り出た。
おまえさん、最近ちょいとたるんでんじゃないかねー?
わがっでるから、はやぐどいでくれ~

 俺はうつぶせに倒れ、背中に巨人族のライトが尻を落ち着かせている。たくましい筋肉を備えている彼の重量は凶器だ。




 やれやれ、とごちてライトがどいてくれるが、すぐに立ち上がれない俺に痺れを切らせたのか、俺の両肩をひっつかんで無理やりに立たせる。

ようやく捻挫がおさまったとおもったらまたこれかい。

こちとら蟻と遊ぶんかってくらいに手抜きしてるっちゅーのに

 午前中は、ツリーハウス前の広場でライトによる体術の訓練。一応の見張りとしてヴァニッシュが控える傍らで、ただ今、その真っ最中である。当然ながら、

生まれ持った戦闘能力としては竜に次ぐという巨人族を相手に、人間が体術だけで太刀打ち出来るはずもない。ライトは俺にも勝ちの目が見えるくらいには、い
つだって手を抜いてくれている。それでも俺はこんな有様なのだが、ライトの叱責はそういうことじゃないだろう。




 ティアーに告白した翌日、俺はライトの特訓の最中、左足を軽く捻挫してしまった。そのケガが一段落して、今日からやっと特訓が再開したというのにまたこんな調子。注意散漫にでもなってるんじゃないか。要するにそう言いたいんだろう。

ごめん。続き、どーする?

もういーわ。興が削がれたんでな。

……てーのは冗談で、今日は来客の約束があるんでここまでな。

もうそこまで近付いてるし

 少しばかり不満を表しても、すぐに態度を切り替えてくれるのはライトのいいところだと思う。


 来客って誰だろう、と訊こうとしたところで、関心が他に移った。ただでさえ寡黙なヴァニッシュだが、それにしたってやけに静かだなー、と思っていたら。彼らしくなく居眠りをしていた。




 上空に小さな人影が見えた。音もなく、挨拶もなく、静かにツリーハウスの上に降り立ったのは、フェニックスのシュゼットだった。

行って来な。あれは敦の客だからよ

 ますますわけがわからないが、俺の客と言われるくらいだし、行けばわかるだろう。ライトに特訓の礼を述べて、俺はツリーハウスへ急いだ。






 小屋の屋根に立つシュゼットが、小屋の戸の前に立つエリスへ伝える。

エリス、フェナサイトからの連絡が入っているぞ

ありがとう、確認するわ。

敦、悪いけど少し待っていてくれる?

 目で姿を確認しなくても、俺が到着しているとわかっているらしい。魔物は魔力でお互いの位置を捕捉してしまうとかで、いつだってこんな反応である。


 エリスはひとっ跳びで小屋の屋根に降り立つ。彼女が跳ぶ時は、地面に水面の波紋がかすかに広がっているのが常だ。




 人間の島にいたティアー達と、そこから遠く離れたエメラードにいるエリス達はどう連絡を取っていたんだろう、というのはかねてからの疑問だった。フェナサイトとアクアマリンであれば郵便の制度が設けられているが、船でさえ三十日に一便しかないエメラードにはそれがない。


 その答えは、小屋の屋根に描かれた、伝達用の魔術式だった。日中、屋根の上は日当たりが良くて太陽光由来の魔力が蓄積する。そのおかげで大掛かりの魔術でもそこに式を描けば使えるらしい。




あら……
 エリスがほんの一瞬だけ、眉を厳しくしかめたのがわかった。すぐに何でもないような表情に戻ると、小屋の扉ではなく窓の方へ降りる。窓を開けて、
ベル、起きなさい。ジャックから報せよ
 と、ベルに伝える一連の動きは実にてきぱきとしたものだった。
あ~?
 こんなにも明るい内から起こされて、ベルのことだからさぞや不機嫌だろう。そう思ったのだが、目をこそるそのしぐさはしぶしぶといった感じではあって
も、意外とすっきりとした風だった。ベルを叩き起こすくらい深刻な問題で、本人もそれをわかっている、ということだろうか。
もしかして、あれ?
そうよ。次の船を待っている余裕はないようね
ん~……しょうがない、っかぁ
 言いながら、大きく伸びをし、両腕を振り回して肩の調子を整える。そして、大きく深呼吸をすると、

夜までオルンのところで休ませてもらって、それから発つわ。

留守はいつも通りによろしく。

そんじゃ、行ってきま~す

 向かいの大樹まで跳ぶと、さっさと木々の葉に埋もれるように去っていった。
ジャックさん、何だって?

 無言でこちらへ戻ってきたエリスに、訊ねる。




――端的に言うと、ジャックはもう長くない。

人間の医者の診断でそう断言されたらしいわ。

だからベルはジャックを殺しに行くのよ。

ジャックは死後、ヴァンパイアになることを望んでいないから、

それを防ぐための儀式をしに、ね

 遠まわしに言ってもしょうがないことは、極めて簡潔に述べるのはエリスらしい。らしいんだけど、その内容からこちらが受けるショックというものを少しは気遣ってもらえるとありがたいんだけど。
それで、どうしてベルがわざわざ?

ああ、知らないのね。

ジャックはベルの息子よ。


儀式は誰でも、方法さえ知っていれば人間だって出来る。

けれど、彼をダムピールとして産み落としたのはベルの責任だから。

彼がヴァンパイアになりたくないというのなら、

ベルがその手を汚す儀式を担うのが自然でしょう

 ジャックさんが、かつての豊と同じダムピールだったなんて、それさえ俺は今知ったのだ。だから森の奥、魔物の館で一人で暮らしていたのだろうか。……自分の死後、人間に害をなさないように?




 ジャックさんとベルが親子なんて、それこそ考えもしなかった。外見上、ジャックさんはお爺さんでベルはそれより遥かに若い。魔物の外見と年齢は関係がないとわかっていても、どうやら俺は未だ、そこのところなじんでいないようだ。

次の船が来るまであと半月はあるんじゃなかったっけ。

一刻を争うんだろう?

 ヴァンパイアになったばかりの豊と、ティアーの交わしていた深刻なやり取り場面を思い出す。

ヴァンパイアは肉体を変化させる能力に長けている。

鳥になってフェナサイトまで飛んでいくの。

肉体的な疲弊は相当なものでしょうね。

帰りは船で戻るだろうけど、

それなりに機嫌を損ねているだろうから

あまり刺激しないようにね

 ベルはあれで、義理に厚いところもある。自分の体を張ることになっても、責任逃れをしようとはしない。言うことは文句や嫌味が多くても決して孤独にならないのは、そういう信念のおかげなのかもしれない。
ジャックさん、死んじゃうのか……
ソース
 屋根の上から見下ろす位置で、声の調子からしてやや見下す気配をにじませつつ、シュゼットは言う。

惜しむのもほどほどにしておけ。

ジャックとやらをラルヴァにしたくはないだろう

ラルヴァというのは、人間の言うところの悪霊のこと。

人間が故人を惜しみ悲しみに暮れるのが悪いとは言わないけれど、

その想いが強すぎると、魂だけがこの世界に縛られて転生を出来なくしてしまう。

最初から悪霊となるわけじゃないけれど、生前どんなに善良な人間だったとしても、

誰とも触れ合えず魂だけでさまようというのは自然と心をすさませてしまうものよ

 エリスからフォローが入る。幽霊って実在するんだ……おまけに魔物の一種だなんて、知らなかったな。

だから魔物は、死別の悲しみを引きずってはいけない、というのが慣例なのよ。

全ての生き物は、いずれ必ず死ぬ……

何も、これっぽっちも悲しまない、というわけではないのよ。

勘違いしないで欲しいんだけど

そんなの、みんなのこと見てたらわかるよ
ならいいけど
 ジャックさんからのメッセージを見た時、すぐに平静を取り戻したとはいえ、エリスの表情が歪んだのははっきりわかった。死別の悲しみを引きずらないというのだって、生前縁のあった人を悪霊にしないように、ってことなんだから。確かに人間とは違った風習なんだろうけど納得出来る。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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