40/ あの頃の秘密

文字数 2,746文字

 ライトとティアーが夕食を探しに出るのを見送ろうと、俺も一緒に外へ出る。透は小屋の壁に寄りかかって座り、シャツのボタンをきちんととめているので先ほど全開にしてあった胸の中がどうなっているのか、今はわからなかった。
よぉ、お疲れさーん
今日は何もなかったから、別に疲れてないよー
けど、ずっと見張りをひとりで任せちゃってるんだし、ねぎらわないとね

ティアー、今日は元気だね。

昨日までの落ち込みようが嘘みたい

もー、そういう意地悪なこと言わないの!

 ライトやティアーと自然に会話している透の姿は、何だか感慨深かった。俺の知っていた透は、同年代の友達が存在しない土地柄、俺や家族とくらいしか話しているところを見られなかったから。




 石平原には木がまったく生えていないから、空が広く広く感じられる。エメラードは年中夏の陽気で、青空の時間が長い。今も、まだまだ日暮れまで時間がありそうだった。

明日もいいお天気だよ
今からそんなことがわかるのか?

わかるよ。そういう音がするからね。

君が今、どんな気持ちでいるのかも聞こえてる。

ゴーレムは音に敏感だから

 どうしてだろう……透は人間の島で家族と共に暮らしていたあの頃よりも、生き生きとしているような気がする。死の恐怖がなくなり、ベッドに縛られた生活は終わったとはいえ。家族を失い故郷から遠く離れて、そう割り切れるものだろうか。

不安なんだね。もしかして、

エメラードに来てから仲間が側についてないの、

初めてなのかな

お察しの通りだよ
 情けない話だが、透の言う通りだ。エメラードに来てからは、俺にはひとりきりの時間というものがなかった。ティアー、豊、ヴァニッシュだけでなく、ライトもエリスも気のいい奴らだったからすぐに打ち溶けられて。俺は彼らが側にいて守ってくれることに慣れきっていたのだ。

でも、心配いらないよ。

ここにいる間はぼくがみんなを守るからねー。

あ、知らないと思うけど、

ゴーレムって元は兵器みたいなものだからけっこう強いんだよ

 少し誇らしげに言った後で、透は小さくため息を吐いた。口で言うような誇りとは程遠い、沈んだ表情を覗かせて。
せっかくティアーがいないんだし、いいこと教えてあげようか
いいこと?

彼女に口止めされてるんだけどね、

こっちは君が知っていていいことだと思うから。

知りたいなら話すよ

……知りたいよ、正直に言うと

 ティアーが秘密にしたがっていることを聞き出すのに、罪悪感もあった。が、結局迷ったのもほんの一瞬で、好奇心に負けた。




依里(よりさと)にいた頃にさ、

きみが山の方で泣いてるのを大人が見つけたことがあったよね

あー……あったなぁ、そんなことも
 そう答えると、忘れたふりしたって無駄なんだけど、なんて透は意地悪っぽく煽ってくる。

あんなところで何をしてたんだろう、何かあるのかな……

って思ったから。ぼく、おかあさん達の目を盗んでこっそりあそこへ出かけたんだ。

そしたら、そこに素っ裸の女の子がいるから、もうびっくりしちゃって

素っ裸? 俺、そんなの知らないぞ……あ
わかった?
ひょっとして、ティアーなのか?
 うんうん、と満足そうに頷く透。

本人はいらないって言ったけど、

人間の島にいて裸のままじゃ困るって説得して、

おかあさんのワンピースをこっそり持ってって着せてあげたんだ。


それから何日かかけて話を聞いて、事情がわかって。

落ち着いてきたら、今度はきみに会いたいって頼まれたよ

俺に……

そう。敦くん、ティアーに名前をつけたのはいいけど、

自分の名前教えてあげなかったんでしょ。

それもぼくが教えたんだよ

 そういえば、依里での俺と狼のティアーの関係は、こっちから一方的に話しかけるだけだったから、わざわざ名乗ったりしなかったんだ。狼相手に自分の名前を嬉々として伝えるのもおかしなことだし……そんないい加減な気持ちで相手しておいて、「友達」なんて。振り返ってみれば図々しい気がしてくる。

だけど、あの大地震からしばらく、

敦くんは元気がないっておにいちゃんが言ってたからさ。

元気になった頃を見計らってティアーをごみ山から連れ出したんだ。

……今さら言ってもしょうがないかもだけど、それがまずかったのかも

 それほど深刻ではないが、透はちょっと落ち込んだような顔をした。

ティアーは、元気にしてる敦くんを見て、

自分のことを忘れてきみが立ち直ったと思ったんだよ。


だからきみに会わないまま、エメラードへ向かうことにした。

忘れられるのは寂しいけど、それで敦くんが元気になれるんならその方がいいってね。


だけど、きみは別にティアーのことを忘れたわけじゃな くって、

心の奥底で引きずってた。

そうでないとごみ拾いに精を出したりしないでしょ?

 先手を打たれなければ反論するつもりだったが、確かに。あまり認めたくないが、あの体験がなかったら……部活動で一人きりになってもなお、ごみ拾いに執着する俺はいなかっただろう。趣味らしいものでもあれば他の部活を選んだかもしれないが、あいにくとそういうこだわりもなかった。

だから、本当は敦くんが自分のこと忘れたわけじゃなかったって知って、

ティアーは本当は嬉しかったんだ。


でもそれが敦くんの足かせになっているのも現実だったから。

素直に喜べなくって、複雑な気持ちだったみたいだよ。


ぼくがあの時、すぐにでも敦くんに会せてあげれば、

何年も誤解し合うこともなく……

ふたりはずっと一緒にいられたかもしれないなー、って思ったんだ

そんなの結果論だろ。

八歳の俺が、狼と思ったら人間……

じゃなくて、魔物か。

魔物でしたー、なんて言われて、

元通り友達気分で接するかなんてもうわからない。

さすがに脅えるかもしれないじゃん

きみの性格からして、その可能性は低いと思うなー。

第一、それで脅えるなら野生の狼に気安く近寄ったりしないんじゃない?

う……まぁ、そうとも考えられるけど
 あれは、狼じゃなくて野良犬だと思ってたっていうのもあるけど。どちらにしてもかみつかれる危険性に違いはないのか。

 こうして人づてにティアーのことを聞いていると、俺の知らない彼女の側面の方が遥かに多いのだと思い知らされる。ティアーに限らず、みんなが裏で俺……

ソースのためにあれこれ動いていたんだ。俺はソースにまつわる因縁の中心にいるらしいけれど、それに関わる全ての者の中で、俺は誰よりも無知なんだと痛感する。




ぼくがアッキ―に選ばれたのは偶然じゃなくって、

エメラードに来たティアーが、

アッキ―と知り合った時にぼくのことを話したからなんだよ

 確かに、ありえない偶然だとは思った。人間の島からエメラードに渡る者ってだけでも砂漠の砂一粒並みの確率だろうに、それがたまたま過去の知り合いだったなんてもはや天文学的な数字になるだろう。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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