ライトとティアーが夕食を探しに出るのを見送ろうと、俺も一緒に外へ出る。透は小屋の壁に寄りかかって座り、シャツのボタンをきちんととめているので先ほど全開にしてあった胸の中がどうなっているのか、今はわからなかった。
けど、ずっと見張りをひとりで任せちゃってるんだし、ねぎらわないとね
ティアー、今日は元気だね。
昨日までの落ち込みようが嘘みたい
ライトやティアーと自然に会話している透の姿は、何だか感慨深かった。俺の知っていた透は、同年代の友達が存在しない土地柄、俺や家族とくらいしか話しているところを見られなかったから。
石平原には木がまったく生えていないから、空が広く広く感じられる。エメラードは年中夏の陽気で、青空の時間が長い。今も、まだまだ日暮れまで時間がありそうだった。
わかるよ。そういう音がするからね。
君が今、どんな気持ちでいるのかも聞こえてる。
ゴーレムは音に敏感だから
どうしてだろう……透は人間の島で家族と共に暮らしていたあの頃よりも、生き生きとしているような気がする。死の恐怖がなくなり、ベッドに縛られた生活は終わったとはいえ。家族を失い故郷から遠く離れて、そう割り切れるものだろうか。
不安なんだね。もしかして、
エメラードに来てから仲間が側についてないの、
初めてなのかな
情けない話だが、透の言う通りだ。エメラードに来てからは、俺にはひとりきりの時間というものがなかった。ティアー、豊、ヴァニッシュだけでなく、ライトもエリスも気のいい奴らだったからすぐに打ち溶けられて。俺は彼らが側にいて守ってくれることに慣れきっていたのだ。
でも、心配いらないよ。
ここにいる間はぼくがみんなを守るからねー。
あ、知らないと思うけど、
ゴーレムって元は兵器みたいなものだからけっこう強いんだよ
少し誇らしげに言った後で、透は小さくため息を吐いた。口で言うような誇りとは程遠い、沈んだ表情を覗かせて。
せっかくティアーがいないんだし、いいこと教えてあげようか
彼女に口止めされてるんだけどね、
こっちは君が知っていていいことだと思うから。
知りたいなら話すよ
ティアーが秘密にしたがっていることを聞き出すのに、罪悪感もあった。が、結局迷ったのもほんの一瞬で、好奇心に負けた。
依里にいた頃にさ、
きみが山の方で泣いてるのを大人が見つけたことがあったよね
そう答えると、忘れたふりしたって無駄なんだけど、なんて透は意地悪っぽく煽ってくる。
あんなところで何をしてたんだろう、何かあるのかな……
って思ったから。ぼく、おかあさん達の目を盗んでこっそりあそこへ出かけたんだ。
そしたら、そこに素っ裸の女の子がいるから、もうびっくりしちゃって
本人はいらないって言ったけど、
人間の島にいて裸のままじゃ困るって説得して、
おかあさんのワンピースをこっそり持ってって着せてあげたんだ。
それから何日かかけて話を聞いて、事情がわかって。
落ち着いてきたら、今度はきみに会いたいって頼まれたよ
そう。敦くん、ティアーに名前をつけたのはいいけど、
自分の名前教えてあげなかったんでしょ。
それもぼくが教えたんだよ
そういえば、依里での俺と狼のティアーの関係は、こっちから一方的に話しかけるだけだったから、わざわざ名乗ったりしなかったんだ。狼相手に自分の名前を嬉々として伝えるのもおかしなことだし……そんないい加減な気持ちで相手しておいて、「友達」なんて。振り返ってみれば図々しい気がしてくる。
だけど、あの大地震からしばらく、
敦くんは元気がないっておにいちゃんが言ってたからさ。
元気になった頃を見計らってティアーをごみ山から連れ出したんだ。
……今さら言ってもしょうがないかもだけど、それがまずかったのかも
それほど深刻ではないが、透はちょっと落ち込んだような顔をした。
ティアーは、元気にしてる敦くんを見て、
自分のことを忘れてきみが立ち直ったと思ったんだよ。
だからきみに会わないまま、エメラードへ向かうことにした。
忘れられるのは寂しいけど、それで敦くんが元気になれるんならその方がいいってね。
だけど、きみは別にティアーのことを忘れたわけじゃな くって、
心の奥底で引きずってた。
そうでないとごみ拾いに精を出したりしないでしょ?
先手を打たれなければ反論するつもりだったが、確かに。あまり認めたくないが、あの体験がなかったら……部活動で一人きりになってもなお、ごみ拾いに執着する俺はいなかっただろう。趣味らしいものでもあれば他の部活を選んだかもしれないが、あいにくとそういうこだわりもなかった。
だから、本当は敦くんが自分のこと忘れたわけじゃなかったって知って、
ティアーは本当は嬉しかったんだ。
でもそれが敦くんの足かせになっているのも現実だったから。
素直に喜べなくって、複雑な気持ちだったみたいだよ。
ぼくがあの時、すぐにでも敦くんに会せてあげれば、
何年も誤解し合うこともなく……
ふたりはずっと一緒にいられたかもしれないなー、って思ったんだ
そんなの結果論だろ。
八歳の俺が、狼と思ったら人間……
じゃなくて、魔物か。
魔物でしたー、なんて言われて、
元通り友達気分で接するかなんてもうわからない。
さすがに脅えるかもしれないじゃん
きみの性格からして、その可能性は低いと思うなー。
第一、それで脅えるなら野生の狼に気安く近寄ったりしないんじゃない?
あれは、狼じゃなくて野良犬だと思ってたっていうのもあるけど。どちらにしてもかみつかれる危険性に違いはないのか。
こうして人づてにティアーのことを聞いていると、俺の知らない彼女の側面の方が遥かに多いのだと思い知らされる。ティアーに限らず、みんなが裏で俺……
ソースのためにあれこれ動いていたんだ。俺はソースにまつわる因縁の中心にいるらしいけれど、それに関わる全ての者の中で、俺は誰よりも無知なんだと痛感する。
ぼくがアッキ―に選ばれたのは偶然じゃなくって、
エメラードに来たティアーが、
アッキ―と知り合った時にぼくのことを話したからなんだよ
確かに、ありえない偶然だとは思った。人間の島からエメラードに渡る者ってだけでも砂漠の砂一粒並みの確率だろうに、それがたまたま過去の知り合いだったなんてもはや天文学的な数字になるだろう。