54/ 550年前

文字数 3,151文字

おいらが最初にエメラードを出たのは、

生まれて五十年経つか経たないか、って頃だった。

ちゅーことは今から五五〇年くらい前、てことになるかね

 もはや自分でもうろ覚えなのか、ライトは右拳で自身の頭をぽくぽくと打ち、顔をしかめながら話している。

その頃はまともな船なんざなかったもんで、

島を出るには手間暇かけて、強~い海の生き物を手なずけたのさ。

アクアマリンかフェナサイトか、どっちかの島に着くまで

ひとり乗せて泳いでもへばらないくらいのガタイのいい奴をな

 命がけなのに、それはそれで楽しそうだな、なんていい加減なことを思う。


エメラードを出たっつっても、

特に目的があるわけじゃあなかった。

単純なことさ。

ここは今と変わらない、

退屈だったんだ。


日が昇ったら起きて、適度に食って、

日が沈んだらまた眠る。

魔物同士の争いはなく、

適当に交流しつつ、基本は我関せず、さ。


特に巨人族ときたらエメラードの山むこう、

集落にこもって

出ようともしない。

神に次ぐ、地上最強の生物とうたわれたのは神話時代のこと、

どいつもこいつも目に生気がありゃしない




 やれやれとごちて、ライトはついでとばかりにここまで運んできた実のひとつを割った。その動作からは、ほんのかすかにやるせなさ、というか哀愁を感じた。
でも、退屈になったのは戦わなきゃならないような相手がいなかったからじゃないの?

そうさなぁ……当時のアクアマリンは荒くれの魔物の溜まり場で、

奴らは気まぐれにフェナサイトへ集団で赴いて悪さをしては帰ってくる、

人間にとっては暗黒そのもので平和なんて夢想だにしない世の中だったぞ。

ただ、エメラードにいる分にはその限りじゃあなかった

 随分と軽く言ってくれるものだが、そりゃあ確かに人間にとっては生き地獄だったことだろう。普通に生きてて、気まぐれに大量虐殺されるなんてとんだ世の中だ。

 ……でも、今の人間の世の平和なのは、そんな時代の積み重ねの結果なのだろう。俺達が何かしたわけじゃないのに、過去の人達の死にもの狂いの戦いが、俺達に安息の島を与えてくれた。その戦いの頂点にあったのが、セレナートが今も大事に守っている遺体の女性がソースとして生きた時代――だったかな、確か。

おいらもな、適度に刺激のある場所にいたいと思っただけだから、

とりあえずエメラードを出てアクアマリンにでも行こうか。

そう思っただけだったのさ。

ところが潮の流れの読みを間違えて、

たどり着いたのがフェナサイトだった……

おい敦、それ、貸してみ

 話を中断して、ライトは俺の抱えてる、ティアーの渡してくれた果実を指す。俺は素直に、それを渡した。

あの頃のフェナサイトは今の見る影もない。

魔物の襲撃をおそれ、貧相な畑を耕して、

何とか食いつないでるような生活だった。

ただひとつ、魔物の島にはないものがあった。

何だと思う?

うーん、どうかなぁ

ヒントは、今のフェナサイトとアクアマリンには当たり前にあって、

エメラードじゃあそうでもないもの

じゃあ、建物とか?

 船の中からアクアマリンを見て、とりあえず驚かされたのは、港の風景が人間の島のそれと全く変わりなかったところだ。船着き場はコンクリートで固められ、建ち並んだ大きな倉庫。対してエメラードは、ちっぽけなほったて小屋がひとつあっただけ、ひたすらに重苦しい大森林の影に迎えられた。




そう、家さ。どんな貧しい人間だって、

何かしら住処を持って暮らしてた。


穴を掘ったり木の上だったり元からある洞窟を占拠したり、

魔物の寝床は適当なもんだ。


人間は木を組んだり石を並べたり、

少しでも頑丈になるようきちんと設計した家を建てた。

元の肉体が貧弱な人間だから、

雨風から体を守るために家が必要だったんだろう。


今みたいに立派な機械のある時代じゃない、

ひとりの家を建てるのに集落の仲間は協力し合うんだ。

資材を組み立てるのに、おいらの腕力は異様にありがたがれたんで、

いい気分になってフェナサイト中を回り、各地の建築現場の手助けをしたんだ

 ライトは俺から受け取った実を簡単に割り、すぐに返してくれた。するとひとまず脇に置いたままにしていた自分用の実を取り、乾杯のようなポーズを取った。俺は実の半分を取り同じポーズをすると、やはりライトは自分の実を軽くこちらに触れさせた。

思えばあの頃が、これまでの生涯で最も充実していた。

何せ、他の魔物が見向きもしない建築という技術を、

ひとり占めにしているような心地でいられたんだ。


 それに建築自体がおいらには楽しいものだった。

おいらには必ずしも家なんざ必要じゃなかったんだが、

今の人間がパズルのおもちゃで遊ぶような感覚かね。

そこそこの風雨や災害に耐えるよう、少しでも強い家を作るんだ、

っていう計画や組み立てそのものが娯楽だったのさ

 魔物が酒の代わりにするという果汁を、ライトは一気に飲み干した。ふたつに割った実の、両方共を立て続けに。

それ以上に、あの頃のおいらには恐れるものなんか何もなかった。

まだ若かったから寿命はたっぷり、

巨人族に生まれたわが身には災害も他の魔物も怖くない。

おまけに自分の生きがいまで見つけちまって、

こんな風に充実した毎日が死ぬまで続くもんだと信じて疑わなかったんだ

 ぷはー、っとにおいの付いた息を吐き出し、そう言ったライトは遠くを眺めるような目をした。例えば、今目の前に見えて、しかし実際ははるか遠くにある満月。その向こう側をも見透かそうとするような、遠い遠いまなざしだった。

こういう振りをしたら、わかるだろう? 

そもそもおいらはあの頃と同じ暮らしはしていないしな。


そういう日々は長くは続かなかった、ってやつさ。


こいつ ――いずみと、奴の連れていたひとりの女が、

無知で怖いもの知らずだったおいらの、最初の終着点だった。

もちろん、その時のおいらはそんなことに気がついていやしなかったけどな。

今にして思えばってことだな

 どことなく気落ちしているような話し口でありながら、いつものライトらしくおどけてみせもする。酒に酔っているわけでもなさそうなのに、酩酊しているみたいに不安定で、感情がゆらゆらと漂っている。

フェナサイトのどこだったか、

具体的には覚えちゃいないが、

確か北の方だったかな。


各地で人間の手助けをしてる巨人、

エメラードからはるばるやって来た無害な魔物がいるって噂を聞きつけたとかで、

いずみはおいらを探し当てて話し掛けてきたんだ

 ライトはふたつ目の実を割り、一息に果汁を飲み込んだ。

ぱっと見の印象、いずみは取り立てて特徴のないごく普通の小僧だった。

資産家でもなさそうだし、あえぐほどの貧窮にあるわけでもなさそうな。


そんな奴が何の用かって思ったらな、

エメラードへ行きたいっつう相談だった。


いわく、魔物の扱う魔術の知識に関心があって、

その勉強をしたいって言うんだ。

その目的がいけなかった。


あの頃のおいらは人間の建築についての勉強が楽しくて仕方がなかったから、

いずみの言い分につい共感しちまったのさ。

それが表向きのことであって、

本心からの目的は別のところにあるんだってことを疑いもせずに

本当の目的?

そう。奴はひとりじゃなくて、眠れるお嬢さんを連れてた。

何でも、よくわからん魔術をかけられた結果、

生きたまま深い眠りに落ちたきり目覚めなくなってしまったんだとさ。

彼女にかけられた魔術を解くことが第一の目標だ、って言われておいらは納得した

 眠ったままの人間の女性を連れた状態では、ただ魚にまたがって海を渡るという手は使えなくなった。とにかく確実にエメラードへたどり着くために、ライトは建築で得た知識を活かし、とりあえず個人でエメラードまで渡れる規模の船らしきものをやっつけで開発した。

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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