30/ セレナート
文字数 3,346文字
それはもちろんだけど……マザー=クレアは母神竜。
太陽竜を父に持つ、源泉竜のきょうだいの一体だよ……。
まだ知らないかもしれないけど、人間と違って
魔物は全てが源泉竜を起源とするわけじゃないの。
アイラが自分だけの子孫を持ったのを見て、他の神竜達にも子孫が欲しいという願望が芽生えた……
でも、その行為が太陽竜によって許可されたのは、源泉竜だけ。
だからアイラは、その生涯を、自分ときょうだい達のために子孫を創造することに費やしたの……
神竜はとっても長生きだけど不老不死ではないから、
もし自分が思いがけない場面で死んでしまったとしたら、
この世界を維持出来なくなる……
だからマザー=クレアは自分の分身として、
セレナート達、ウンディーネを遺すことにしたの……
そうそう……母神竜はこの世界の水源。
森も人も、そして大地も……水なくしては存続出来ない。
だから母神竜は、この世界の大地を担う白銀竜に並んで重大な役割を負う神竜だって言われてた。
人間は気付いてないみたいだけど、人間の島にもウンディーネがいて、水を守っているんだよ……
饒舌に語るセレナートは、いつの間にかほぼ全身をさらけ出すに至っていた。今は俺に並ぶように岸の淵に腰をかけて、水面で足を揺り動かしている。そうしていても相変わらず水に波は起こらない。
衣装の構造はエリスと同様で、鎖骨から布のようなものが直接に生えている。エリスのそれと異なるのはところどころが透けている――しかし、何故か肌らしいものは一切見えない――かつ、つま先を隠すほどに長いということだ。
尻までを覆う長さと判明した長い髪は、毛先に近付くにつれて色を変えている。頭のてっぺんは青に近い色をしているが、下に近付くに連れて緑が加わり、先端はかすかに透けるエメラルドグリーンだ。
ヴァニッシュは、ここではどんな理由があっても争いを起こす魔物はいないと言った。それはそうだ。この島のウンディーネであるセレナートにもしものことがあれば、エメラードは水を失って滅びてしまうのだから。
ひとつの大地を支える水源でさえ、銀の力には抗えないというのなら、一介の魔物であるヴァニッシュにとっては手に余るものなんじゃないだろうか。それを言えば、俺に備わったソースの力だって同じようなもの。正直、勘弁してもらいたいよな。
だけど、もしセレナートが消えてなくなってしまったとしたら、
エメラードも滅びてしまう……
太古から生きてきた森が死に、ここに生きる全ての生き物の暮らしを奪ってしまう。
そう考えたら、おそろしくてたまらないの……
両手にバケツをぶら下げてツリーハウスまで帰り着くと、火おこしを済ませたらしいライトがくつろいでいるところだった。その傍らにはエリスの姿もあるが、待ち構えるような仁王立ちにほんのり嫌な予感がよぎる。
つかつかと俺の前へ歩み寄ると、エリスはバケツの両方ともをひったくる。
ち着けてから言葉を返す。
好奇心旺盛なのは歓迎すべきなんだけど、ウンディーネの使命には逆らえない。
あの場所を離れられないから、とにかく人の話を聞きたがるのよ。
どうせ毎日顔を合わせることになるんだから、それなりに相手をしてやってくれないかしら
人間の島の話を聞きたい、というのもわからなくはないけど、魔物より遥かに短い時の中でしか生きられないソースの話なんかより、魔物の話の方が面白いんじゃないかなぁと思う。
三百年前といえばちょうど、魔物と人間の争いの真っ只中だったわね。
コロン……あ、セレナートの恋の相手の魔物名よ。
あれは争いの中に生き、争いの中で死んだわ。
だからセレナートもソースの身を案じるのよ。
今の世……いいえ、人間の島は平和そのものだっていうのに、
それさえ知らないものだから
大方のソースは人間の歴史には残らないよう活動してきたんでコロンのことは知られてないけどな、
あいつは反乱軍の戦力の中枢にいた。
あれが戦死しちまっていよいよ対抗する術を失ったからこそ、
あーんな道理に合わない条約を呑むしかなかったんだな、人間も。
アクアマリンの連中も不可侵を宣言するなんて随分と折れたもんだが、
またソースに暴れられるのも面倒だと思ったんだろうよ