74/ もう一度、会えたら

文字数 3,122文字

駄目だなこりゃ。先に行きなよ涙さん。

アネキに付き合ってたら涙さんまで遅刻しちゃうよ

 狼のヴァニッシュと会った翌日の朝。前日と同じように、親のいぬ間に学校をさぼろうともくろみ、起床するべき時間に目覚める気配さえうかがわせなかったアネキのために、涙さんがやってきた。

へいきへいき! (まどか)はねー、

こうすりゃ一発で起きるんだから

 人差し指の先を親指でおさえて円を作り、えい、とおまけのようなかけ声を上げつつ、アネキの額を人差し指に勢いをつけて弾く。いわゆる、でこピンだ。




いーったぁ! ぁにすんのよ馬鹿なみだ!
 果たして、涙さんの言ったようにアネキはベッドの上でひと跳ねするように起きあがった。
何とでも言って。さぁ、学校行くよー
いやよ。今日はそんな気分じゃないの

円はいつだってそんな気分なんだから、

今日だけ特別扱いしたってしょうがないじゃん

 ぐうの音も出ない正論に、第一声は涙さんの勝利に終わった。

それにね、ただ眠って一日終わっちゃったらこんなもったいないことはないよ。

時間は無限じゃないんだから、毎日を大切に使わないとね

そんなのあたしの勝手でしょ
そんなひねくれた友達におせっかいを言うのだって、あたしの勝手、だよね?

 口の減らないアネキを言い負かせることが出来るのは、両親でも俺でもない、涙さんだけだった。




ったぁ~、何すんのよっ
 涙さんに教えられたでこピンで、実にあっけないことに、アネキは正気を取り戻した。その瞳には、生活感、とでも言うべきか、彼女らしい陳腐なわがままを凝縮したような光が宿る。

アネキを助けにきたのは、俺ひとりじゃないよ。

涙さんの気持ちと一緒さ。

だって、彼女が生きてたら、

間違いなくこの場にいたんだから

 第一――いや、仮に。ティアーが今も生きていて、俺と共にこの島へ帰ってきて、アネキと再会していたら。きっとふたりは素直に謝りあって仲直りして、アネキはこんな騒動を起こすことはなかったはずなのだ。
 俺の言葉がそんなにも意外だったか、アネキは頭が空っぽになったような間抜け面で、無防備に立ちすくんだ。すると、彼女の影が突如膨れ上がり、狭い廊下を埋めるように立ちはだかる。アネキの体が力を失い前のめりに倒れようとしたのを見て俺は無意識に動き、アネキを支えるのと同時に魔術壁を展開していた。

 眼前をいっぱいに埋め尽くしたかと思われた闇は、端からちぎれるように霧散していき、ついには人と変わらない質量のもやの固まりに収まってしまう。そんな光景を呆然と見守る内、黒いもやが徐々に人の形を取り始める。

 俺の側を離れ、奴に近寄っていくサクルドはエメラルドの光を強めていく。しかし、黒いもやには何の影響も見られない。少しずつ暗闇を深めていくそれは、 しまいにくっきりと人の形を切り取ったような影になった。……そして、目に当たる場所にぽっかりと浮かぶのは、得体の知れない深紅のシミだった。
 どう対処したものかわからない俺が、アネキを抱えたまま動けないでいると、どういうわけか奴の方からくるりと方向を転じる。

 その瞬間、だった。ビシッ、と、何とも例えにくい奇怪な音が、膠着状態だった廊下に響き渡る。まさにあっという間、黒い影が瞬時に石像へと変わり果てたのだ。
よ、お疲れさんっ
まったくだよ……
 石像の後ろから、片手を上げたマージャが現れる。そのお気楽な調子に、俺も張りつめていたものが抜けるようで楽になった。
これはおまえがやったのか
ああ。こいつを外してな
 つんつん、今はいつも通りに目を隠しているいかついゴーグルをつついてみせる。

ラルヴァみたく、実体のない奴に通用するのか試したことはなかったんだけどな。

案外あっけないもんだよなぁ

だけど、ラルヴァを倒したっていうなら、

アネキはどうして目覚めないんだ

 俺の体にぐったりと体重を預けたままのアネキ。その寝顔はどこまでも穏やかで、悪く言えば能天気だ。

う~ん、もしかして……

ちょっと、下の階の様子も見てくるか

 よっこいせ、と、頼みもしないのにマージャはアネキを背負って先を歩く。情けない話だが、大したこともしてないのに俺はヘトヘトに疲れきっていて、そんな気遣いは素直に有り難かった。
あーあ、やっぱりな
 下の階は二年生の教室が並ぶ。廊下には点々と、生徒達が倒れ伏している。せっかく原因だと思われるラルヴァを倒したというのに、何一つ事態が改善していないとは一体どういうことなんだ。

つまり、生徒が眠ってるのはラルヴァのせいではなくて、

綺音紫の力だった。そういうことでしょう

確かに、みんないい気分で眠ってそうな顔してるもんな。

たぶん、おかげでラルヴァの悪意からは免れたんじゃないか?

だけど、キネ先輩だとしたら……

ラルヴァがいなくなったっていうのに

みんなを起こさないのはおかしくないか

まぁ、ねぇ……

彼女にも何か狙いがあるんだろうなぁ……

そんな、自分の都合に他人を巻き込むような人じゃないだろ?

レムレスで居続けられるような人だから、

基本的に善人なんだろうってことは認めるよ。

だけど誰にだって、形振り構ってられないくらいに追いつめられることだってあるんだよ

 そう言われると、反論なんて出来やしない。俺自身、ついさっきアネキに同じようなことを言ったばかりだから。
そんで、どーする?
……マージャ。おまえにアネキのこと、頼んでいいか
ん? どーしろっていうんだ?

悪いとは思うけど……

このまま家に帰してやって欲しいんだ

 マージャとキネ先輩が対峙したところで、彼に出来るのはラルヴァの時と同じに石化させてしまうことくらいだろう。

わかった、頼まれてやるよ。

その代わり、彼女のことはそっちに任せるぜ――

そうそう、このまま屋上に行けば会えるだろう

何か知ってるのか

知ってるっていうか……

何だかんだ、一年以上、話友達やってんだ。

彼女の望みくらい想像がつくよ





 夕焼けの赤は、事の起こる直前、校庭でマージャと話していた時よりも濃度を増していた。西の空、遠い山の裾野に沈みゆく太陽光の直撃を受け、フェンスはまがまがしく染まり、その影もまた格子状に屋上の地面に張り巡らされている。

 見上げても、四方を、下を見ても、赤。まるでかごの中に閉じこめられているかのような感覚があった。
 本来なら、この学校の屋上には、球技の部活動の際にボールが下に落ちないよう、フェンスの向こう側にさらにネットが張り巡らされていたはずだ。それがなくなっているのも、キネ先輩の、この学校の中では彼女の望むままに全てが成されるという力の賜物なのだろうか。

 やわらかめの素材で作られた、屋上の地面。その中央に立つ女生徒は、黒いセーラー服を纏っている。掃除当番で入った、この学校の資料室。そこの壁に貼られたパネル写真に写っていた……それは、この学校の二代目の制服だ。現在の白いセーラー服は三代目で、確か二十年ほど前から使われているんだったか。
 足に弾みをつけて回るようにこちらを振り返ったキネ先輩の、スカートの裾やふわりとウェーブがかった長い髪が揺れる。

来てくれるって思ってたよ。アーチ君
 くすり、小さく、妖艶な笑みがキネ先輩の口元に浮かぶ。この場で俺の唯一の頼りであるサクルドに目を向けると、彼女も首を傾げて、俺の肩に腰を下ろす。

アーチ君。その小さい子をしまって、わたしに従って。

そうしたら、今すぐに学校を元に戻してあげる

なっ……

どうしてそんなことを……

まさか、みんなを眠らせたのはそのために?

ごめんね。わたし、もう一度豊に会いたいの
 寂しげに、しかし迷いのない強い意思が、瞳に宿っている。

わたしがこの学校に取り残された十年間、

本当にわたしを見てくれたのは、豊だけだったから……

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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

アイコン差分

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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