49/ 涙の思い出
文字数 2,865文字
そう言ってから、「古い友達」という言葉の響きに、我ながら嫌なものを感じていたりして。
昨年の六月の終わり近く、浴衣で縁日に出かける涙さんとアネキの付き添いとして、俺達は三人で出かけた。梅雨が短く夏の到来が早く、六月終わりの縁日でもう手持ち花火がふるまわれていた。俺達が受け取ったのは、線香花火だった。
アネキは線香花火なんてしょぼい、などとのたまい、三人で腹ごなし出来るものでも買ってくると言い残してその場を空けた。俺と涙さんはふたりで線香花火を済ませることになった。
花火は初めてだ、という彼女は、一本目の線香花火の火玉をすぐに落としてしまった。線香花火は他の手持ち花火と違って振動に弱いから、未経験である彼女には難しいんだろう。
手本のつもりで、俺は二本目の線香花火をつけた。じわじわとうごめく大きく丸々とした火玉がやがてはじけ、糸よりも細い火が目まぐるしく飛び散っていく。そんな様子に涙さんは歓声を上げる。
そう言いながら苦笑していた涙さんだったが、今ならその心情もおぼろに理解出来る気がする。俺達人間と、獣であり魔物である彼女とは、生き物として考え方が根本的に異なるのだろう。
確かに、最初に花火を考えた人ってすごいよな。
火を見て自分の思い通りの形に変えて鑑賞しようなんて、
どうやって考えついたんだろう。
第一、思いついたところでそれを実現するのだって
並大抵のことじゃないだろうに
こればっかりは、人間にしか考えつかないことかもね。
きっと、そういうのが人間の島には至る所にあるんだよ。
例えば時計なんて、時間を正確な数字にして
目に見えるようにしたものだよね。
台所じゃあスイッチひとつで水や火がすぐに出てくるなんて、
よくよく考えたらすごいことだよ。
それもこれも、燃料や水道の仕組みを考えて、
それをフェナサイト中に張り巡らせた人達がこれまでにいたからなんだよね
言われてみれば、そんな場所にさえ出向いてライフラインを確保してくれた人達がいるっていうのは、果てしなくありがたいことだよなぁ。
人間の島ってさ、どこを見ても人間の作り出した物で溢れているんだよ。
あたし、そういうのを見るとついああだこうだって考えちゃうんだ。
これは誰が考えたんだろう、
どうしてこんなこと思いついたんだろう、って。
こういうこと言うと、変わってる、なんて言われちゃうけどさ。
おかげでちっとも退屈しないんだ。
毎日毎日、いつだって新しいものが見えるし、
頭を休める暇がないんだもの
人間の、年頃の女の子の思考としては変わっているという自覚はあるのだろう――というのは当時抱いた感想で、当然、今となってはそれだけではないとわかっている――照れ隠しのように彼女は笑った。
何でもないような物に想いを馳せ、毎日が新鮮で飽きないという彼女は、俺には輝いて見えた。ちょうど目の前で、遠い昔の人間が作り出した小さな花火に魅入られる涙さんの、その花火に照らされた表情は綺麗だった。
ちょうど火が燃え尽きたので、俺は最後の線香花火を彼女に渡す。
涙さんは二度目の線香花火に対し極めて真剣に挑んだようだったが、かえって力が入ってしまい中盤で火種を落としてしまった。
花火も観覧車も知らないなんて、と当時は不思議に思ったものだが、彼女とふたりきりの時間に夢中になっていて不審は感じなかった。