49/ 涙の思い出

文字数 2,865文字

 始まりは、アネキと彼女の登校するその時間を共有するだけの間柄だった。アネキは二年生になって転校してきた涙さんと友達になってから、学校へ行くのをしぶることはなくなったから、俺は彼女に心から感謝していた。でも、それだけだった。

(まどか)のお家は、

子供の頃から何度も何度も引っ越ししてきたんでしょ? 

仲良くなった友達とすぐお別れしなくちゃいけないなんて寂しくなかった?

 涙さんは人の話を聞くのが好きだとかで、ほとんど毎朝、こんな風な質問を投げかけていた。

もう慣れっこだもん。

特別な用事でもなければ再会出来ないような人達のこと、

いつまでも気にしていられないよ

敦君も、そうなの?
 俺は話を振られるまで、ふたりの後ろを黙って歩いているだけだ。けれど結局、涙さんは毎朝欠かさず、俺にもこうやって声かけしていたような気がする。

そうだなー……やっぱり慣れたっていうか、

それが当たり前になっちゃったからさ。

新しい土地で新しい友達が出来るとさ、

古い友達とのことに固執するのも失礼だと思うし

 そう言ってから、「古い友達」という言葉の響きに、我ながら嫌なものを感じていたりして。




そっか……あたしは、それでも大好きな人とお別れするのは悲しいな。

せっかく出会えたのに、それきりになっちゃうなんて寂しいもの

 「その日」を迎えるまでは、彼女の言葉は俺の中では日常の会話のひとつに過ぎなかった。

 昨年の六月の終わり近く、浴衣で縁日に出かける涙さんとアネキの付き添いとして、俺達は三人で出かけた。梅雨が短く夏の到来が早く、六月終わりの縁日でもう手持ち花火がふるまわれていた。俺達が受け取ったのは、線香花火だった。
 アネキは線香花火なんてしょぼい、などとのたまい、三人で腹ごなし出来るものでも買ってくると言い残してその場を空けた。俺と涙さんはふたりで線香花火を済ませることになった。

 花火は初めてだ、という彼女は、一本目の線香花火の火玉をすぐに落としてしまった。線香花火は他の手持ち花火と違って振動に弱いから、未経験である彼女には難しいんだろう。
 手本のつもりで、俺は二本目の線香花火をつけた。じわじわとうごめく大きく丸々とした火玉がやがてはじけ、糸よりも細い火が目まぐるしく飛び散っていく。そんな様子に涙さんは歓声を上げる。

わぁ、すごい! 

これ、どうなってんだろう!

どうなってるかは知らないけど、

花火師さんがなんか細工してるんじゃない? 

火薬とか

こんな細っこい紐に細工したら、火がこんな形になるの? 

へぇ~……花火師さんってすごいねぇ

 恍惚とした、この上なく幸せそうな笑みで小さな花火を見つめる彼女とふたりきり。おそらく、この時だ。涙さんと知り合ってから初めて、彼女を特別に、女性として意識したのは。何せ涙さんとふたりきりになったのは最初の出会い以来だし、おまけに彼女は浴衣という、普段と一線を隔した装いでいたのだから。

あたしね、もうずっとずっと前だけど、

火はただ怖いものだと思っていたの

そりゃあ、火は人間が生活するのに便利なものだけど、

怖いっていうのも正しいじゃないか。

ちょっとでも使い方を間違えれば、

あっという間に何もかも燃やし尽くしてしまうんだから

ううん、そうじゃなくて。

たぶん、敦君が想像してる以上の感覚で、

あたしは火を怖れてた。

理屈じゃない、って感じかな

 そう言いながら苦笑していた涙さんだったが、今ならその心情もおぼろに理解出来る気がする。俺達人間と、獣であり魔物である彼女とは、生き物として考え方が根本的に異なるのだろう。




人間の発想ってすごいよね。

火を、こんな風にきれいな形にして、

ただ見て楽しむものにしちゃうなんて

確かに、最初に花火を考えた人ってすごいよな。

火を見て自分の思い通りの形に変えて鑑賞しようなんて、

どうやって考えついたんだろう。

第一、思いついたところでそれを実現するのだって

並大抵のことじゃないだろうに

こればっかりは、人間にしか考えつかないことかもね。

きっと、そういうのが人間の島には至る所にあるんだよ。


例えば時計なんて、時間を正確な数字にして
目に見えるようにしたものだよね。

台所じゃあスイッチひとつで水や火がすぐに出てくるなんて、

よくよく考えたらすごいことだよ。


それもこれも、燃料や水道の仕組みを考えて、

それをフェナサイト中に張り巡らせた人達がこれまでにいたからなんだよね

 現在、人間の島は地域によって人口の格差はあっても、電気水道放送が全域で浸透している。島の中央も、交通もろくに通っていない奥地の村も平等に。
言われてみれば、そんな場所にさえ出向いてライフラインを確保してくれた人達がいるっていうのは、果てしなくありがたいことだよなぁ。

人間の島ってさ、どこを見ても人間の作り出した物で溢れているんだよ。

あたし、そういうのを見るとついああだこうだって考えちゃうんだ。


これは誰が考えたんだろう、

どうしてこんなこと思いついたんだろう、って。

こういうこと言うと、変わってる、なんて言われちゃうけどさ。


おかげでちっとも退屈しないんだ。

毎日毎日、いつだって新しいものが見えるし、

頭を休める暇がないんだもの

 人間の、年頃の女の子の思考としては変わっているという自覚はあるのだろう――というのは当時抱いた感想で、当然、今となってはそれだけではないとわかっている――照れ隠しのように彼女は笑った。




 何でもないような物に想いを馳せ、毎日が新鮮で飽きないという彼女は、俺には輝いて見えた。ちょうど目の前で、遠い昔の人間が作り出した小さな花火に魅入られる涙さんの、その花火に照らされた表情は綺麗だった。




 ちょうど火が燃え尽きたので、俺は最後の線香花火を彼女に渡す。


 涙さんは二度目の線香花火に対し極めて真剣に挑んだようだったが、かえって力が入ってしまい中盤で火種を落としてしまった。

あーあ、残念。

花火って、あっという間だね

夏休みになったら、隣町の河川敷で打ち上げ花火の大会があるんだ。

そっちだったらたっぷり一時間は花火を見ていられるよ

打ち上げ花火? 

これとは違うんだよね

 使用済みの花火は、別の場所に設置された水入りバケツに捨てなければならない。花火初めてだからそれも知らないのだろうが、涙さんは燃え尽きた線香花火を三つとも、その手に握りしめた。名残惜しそうな感じが明らかだ。
空高くにさ、観覧車くらいのでっかい花火が打ち上がるんだよ
観覧車って何だっけ。車?

 花火も観覧車も知らないなんて、と当時は不思議に思ったものだが、彼女とふたりきりの時間に夢中になっていて不審は感じなかった。




どれくらい大きいのかは見ればわかるよ。

どうせアネキが涙さんのこと誘うだろうから、

そしたらまた、今日みたいについていかせてもらおうかな

本当!? やったー、約束だよ! 

楽しみだなぁ

 動きにくいだろう浴衣姿も何のその、涙さんはぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表していた。想像以上に彼女が喜んでくれたので、何をしたわけでもないのに俺はどこか得意な気持ちになった。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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