80/ 当然の報い

文字数 3,748文字

 マージャの家は、極めて平凡。まさにどこにでもあるような木造のアパートだった。ただし、建っている場所は畑ですらない、枯れかかった草花のひしめく大草原――その隅っこでいかにも寂しい風情を醸し出している。

ここの住人は全て、魔物だ。

わけあってフェナサイトへ出てきた魔物の集合住宅だからな

う~ん……
 確かに、集落から離れた位置にぽつんと建てられてはいるのだが。仮にも人間の領地に平然とそういうものを作ってしまうのはいかがなものか。この事実を知ったらご近所さんなんか卒倒してしまうのでは。

ちなみに、これはそなた達の政府から許しを受けていることだ。

ひとところに集めて監視する名目もあるのだから、責めてやるものでもない

 そんな俺の心境を、まるでサクルドのように完璧に読みとって、彼女は冷ややかに告げる。
先日、マージャより受け取った式石を持っているな
ああ
 キネ先輩との一件で、彼女の幻術を破るのに必要だとマージャに渡された、魔術式の刻まれた小石だ。他の場面にも応用が利くだろうとサクルドに聞かされたので、俺は黒い石のナイフと共に持ち歩くことにしている。

この住居には人間避けの幻術が施されている。

この程度なら破らずとも、その小道具で事足りるだろう

 鞄の中の石を取り出し、以前使った時と同じように、手のひらに握りしめる。
これは……

 まばたきの後には、目に入る建物の様子が一変していた。




 変わったといっても、アパート全体が様変わりしたわけではなく、部分的な違いではある。しかし、それは人間の世界から魔物の世界という異界への境界を一目で表してしまう、まさしく「一変」だった。




 アパートの二階、最奥の部屋の入り口は開け放たれまま、石化したらしい――扉だけでなく、白塗りの壁の一部が石となって灰色に染まっている。

アーチ。これより先、私が許すまで魔術壁を絶やすでないぞ。

理解しているだろうが、反射型ではなく拡散型を用いるのだ。

マージャを石にするつもりがないのなら

 答える代わりに、オーダー通りの魔術壁を展開する。何があるのかわからないので、魔力も加減せず全開に。こういう、魔力を節約する必要なく頭の悪い使い方が出来る辺りが、ソースの脅威なんだろう。




 ぽっかりと、長方形に切り取っただけのように錯覚してしまいそうな入り口から室内に入る。そうじゃないかとは思っていたが、やはりこの一室そのものが石化していたらしい。


 その目で見た者を一瞬で石に変え、絶命させる。それがマージャの攻撃方法だ。この部屋をこんな風にしたのはあいつの力なんだろうか。




 台所が板の間で、居間が畳。灰色一色で無機質な石の形をしていたってそれくらいはわかる。真正面にある襖も開いたまま石になったのだろう。そこで、ようやく思い至る。扉を閉めたままで石化していたら、室内に閉じこめられ出られなくなってしまうんだと。


 彼女を魔術壁の内側に入れている俺のことなどお構いなしに、シュゼットは土足でスタスタ上がり込んでしまう。抗議するのも無駄と察して、俺も急ぎ、彼女に倣って先へ進む。

時が来たぞ、マージャ

 居間へ入って、さっと左手側に視線を向けるシュゼット。その目線を追うと、本来窓があったと思われる正方形の切り抜きに、身を乗り出してぐったりと伏せているマージャがいた。肘をつき、両手のひらで頭を抱えるマージャは、全身が大きく震えている。




話せるか、その状態で

 静かに、シュゼットが訊ねる。わずかなタイムラグの後、肘を持ち上げ、身を起こそうとしたらしいマージャはすぐに、狂ったように頭を振る。


 思いもしない事態に、俺は動揺することも忘れただ唖然としていた。

致し方ない。こやつの代わりに私が伝えよう、アーチ
 言いながら、身を屈めるシュゼット。マージャの傍らに落ちていた、彼が普段着けているゴーグルを拾い俺に投げてよこす。

今は亡き、ゴブリンという魔物の種族があった。

奴らは好戦的で、自らの楽しみがためだけに生きる。

気まぐれにフェナサイトを襲っては虐殺、略奪を繰り広げ、

魔物の他種族にも闘争をけしかける。

数ある種族の中で最低に下劣で俗悪な者どもとして、

魔物からも同胞と認められず、

アクアマリンに繋がる孤島ユークレースに隔離されていた。

かいつまんで述べれば、これがゴブリンだ。




あれは、およそ四百五十年前のことだったか。

ゴブリンに孕まされた人間の子供がひとり、

ユークレースでゴブリンと共に暮らしていた。

ゴブリンは混血を徹底的に虐げる慣習があり、

その者もそのように扱われた。

また、ゴブリンとの混血は例外なく、

顔の造作の歪んで生まれる。

それがため、かの者はフェナサイトへ逃れることも出来なかった

 魔物には美醜の感覚はないというが、人間の輪の中で、外見が極端に醜いというのはそれだけで不利になる。それが不毛なことだってわかっているつもりでもなお。

そんな日々に耐える中で、それ相応の怨念を蓄えていたのだろう。

幸か不幸か、奴が生まれて十五年後に、ソースの能力に目覚めた。

その日の内に、奴はその力でもってゴブリン族全体にまじないをかけた。

これまでに自身が、そして人間という種がゴブリンに与えられたものに見合うだけの苦痛を与えるために

 ソースが、無限に湧きいずる魔力を扱えるようになるのは、十五歳の誕生日を迎えてから。そのおかげで、俺は十五年間はごくありふれた人間としての生活を謳歌してきた。同じソースでありながら、シュゼットの語る誰かは俺と真逆の境遇にいたわけだ。ソースの力を手に入れるまでの十五年、どんなに悔しい思いをしてきただろう。

ゴブリンの肉体は見る間に腐り、汚泥のようになりそして死んだ。

しかし、死んだ次の瞬間にはまた甦る。

生きている間は、拷問に等しい肉体的苦痛を受け続ける。

そうして死に、また苦痛と共に生き返る。

延々とこの繰り返しだ

 死んだ瞬間に甦る、という点はフェニックスと同じだ。しかしながらその存在価値は天と地以上の差がある。

この呪いを解く術は明らかになっていない。

いや、明らかにする必要がない。

これが魔物の総意だ。

何故なら、その苦痛に見合うだけの罪悪を、

ゴブリンは犯してきたのだから。

因果応報の報いに情けをかけるなど、

秩序のためにあってはならないことだ

……そのゴブリンとマージャに、

何の関わりがあるっていうんだ。

こいつ、どう見ても人の形をしているぞ

この四百五十年の間に数回、確認されていることだ。

ゴブリン族は泥の肉体で、個体としての区別も難しいまでに群れて寄り合って生きている。

その中で、ごくごくまれに、人間の肉体に転生する個体が現れる。

泥と苦痛に支配され、罪を償い続ける運命から解放された者がいる。

こやつもそのひとり。ただし、人になったゴブリンには新たな運命が待ち受けている。それが、

今の、こうした惨めな有様ってわけさ……っ
 石化した畳に座り込んだまま、マージャは体ごと俺達を振り仰いだ。以前見た時には透明だったマージャの目は血の溜め池のようになって赤くゆらめいている。視点が見当違いの方向に進んでいるから、少なくとも今は目が見えていないのだろうと想像出来る。
無理をせずとも良い。そうだろう、アーチ
え、あっ、別に
 正直、まだどんな風に対応するべきかわからない俺は、そう答えるだけで精一杯だった。

いやいやっ……そいつぁありがたいけど、さ

……こういう、大事なことはっ……

自分の口で言わないと、気持ちは伝わらないもんだろっ?

 激痛に、顔面には幾重にも深く皺が刻まれ、必死に紡ぐ言葉は息も絶え絶え。それでもマージャは、いつも通り、どこか茶化したように話そうとする。


 そんな様子にため息をつき、シュゼットは中断した話を再開する。




人間へ転生したといっても、それで完全な人間となれるわけではない。人間の肉体としてはいくつかの欠損と、そして、見たものをたちどころに石へと変える魔眼を持つ。人間の姿になって、アクアマリンへと逃れてきたこやつは、偶然その視界に触れた者達を石にしてしまった
そんで、親切、にっ……厄介な魔眼、をっ、除去してもらったり、したんだけど……

魔眼の効果は消えることがなかった。

この義眼は、マージャのアクアマリンでの友人がこしらえたもの。

普段は、ささやかながら視力が回復しているのだが

昨日は……あの、小憎らしい満月だったから
 かすかに呟いた、マージャの一言は、「小憎らしい」という言葉の意味とは裏腹に憎しみなどかけらほども感じられない。むしろ、自分こそ苦痛の直中にいるくせに、まるで憐れむような穏やかさがあった。

そのゴーグルは魔眼を制御するため、

アクアマリンの法でもってマージャには装着が義務付けられている。

しかし、義眼と違ってそのゴーグルは、魔術道具としては粗悪品だ。

魔力を体の内へ強力に抑え込んでおり、力の逃げ場がない。

定期的に毒抜きをしてもなお、おそらく大幅に寿命を縮めるだろう。

特に、月からの魔力供給が最も強まる満月の夜を超えた翌日には、

今の有様のように激しく肉体を苛むのだ

 シュゼットの語りの最中にも、マージャはうめき、頭をかきむしりながら石の床に突っ伏した。はずみで、勢い良く額をぶつけたようだが、その痛みさえ気にならないようだった。
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登場人物紹介

名前:高泉 敦(こういずみ あつし)

主人公。高校二年生。

ごく平凡な高校生のつもりで生きていたが、この世で最強の「無限に湧き続ける魔力」を持つことが判明。

人間に敵対的な魔物達から命を狙われるようになってしまった。


(敦のアイコンは、主人公=読者自身としても読めるように顔の見えない仕様にしました)


〇〇の色:不明

(〇〇←本編のネタバレにつき伏せています。

吹き出しの色と連動させたいので作者が忘れないようにするためにここに書いています)

名前:海月 涙(みつき なみだ)

高校三年生。敦の姉、円(まどか)の親友。


〇〇の色:不明

名前:長矢 豊(ながや ゆたか)

高校二年生。敦のクラスメイト。

昼間は眠たくなる体質とのことで、不真面目ではないが学校生活では怠惰になりがち。


〇〇の色:深緑

名前:市野 学(しの まなぶ)

高校二年生。敦のクラスメイト。噂好きで学校内の情報通。

成績優秀だがお調子者のムードメーカー。

目に障害がある? とのことで、分厚いゴーグルをかけている。


〇〇の色:水晶のように澄んだ、白混じりの紫

名前:綺音 紫(きね ゆかり)

高校三年生。敦は「キネ先輩」と呼ぶ。

豊と親しいらしい、大人びた先輩。


〇〇の色:紫

魔物名:ティアー

敦を守る側の魔物。狼少女で、秘密が多い?


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:不明

魔物名:ユイノ

敦を守る側の魔物


種族:ヴァンパイア

(変身能力があり、たまにアイコンが変わります。

別の登場人物と同じアイコンですが使い回しではなく、

彼が無意識に過去の知り合いをイメージして変身したせいです)


〇〇の色:深緑

魔物名:ヴァニッシュ

敦を守る側の魔物。物静かな青年。血縁ではないが、ティアーとは兄と妹のような関係。


種族:ワー・ウルフ


〇〇の色:銀色

名前:サクルド

敦に仕えると自称し、彼が望んだ時にしか姿を現せないらしい。

魔物達は基本的に敬語を使わないが、彼女だけは丁寧な話し口。


〇〇の色:新緑のように鮮やかなエメラルド・グリーン

名前:エリス

敦を守る側の魔物。知識豊富で戦闘は不得手だが、いざという時は戦う。


種族:エルフ


〇〇の色:青

名前:ライト

敦を守る側の魔物。仲間内では最も戦闘力に長ける。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ベル

敦を守る側の魔物達のリーダー。ちょっと意地悪? だけど、いざという時は最前線で指揮を執り、頼れる存在らしい。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:薄紫

名前:セレナート

エメラードの水源。


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:シュゼット

エメラードを監視する魔物。敦達に対して中立……と言いながら、要事には割と関わって助けてくれる。


種族:レッド・フェニックス


〇〇の色:赤

名前:トール

敦とは子供の頃に知り合いだったが、何故かエメラードで再会することに。


種族:ゴーレム


〇〇の色:茶色

名前:アッキー

トールをゴーレムとして作り上げた、アンデッド種族の研究者。


種族:パン


〇〇の色:不明

名前:フェイド

魔物なのかそうではないのかもわからない、謎の青年。

人間ではないことだけは、確か。


種族:不明


〇〇の色:黄金

名前:カリン (小笠原 楓)

アクアマリン同盟に属する、人間の魔術技師。


〇〇の色:赤紫。ワインレッド。

名前:春日居 梓(かすがい あずさ)

アクアマリン同盟に属する戦士。


種族:人間と魔物(ハーフ・キャット)の混血


〇〇の色:麦穂のような黄金(こがね)色

名前:江波 聖(えなみ ひじり)

アクアマリン同盟に属する戦士。人間でありながら魔物と対等に戦える実力を努力で培った。


〇〇の色:流水色

名前:唐馬 好(とうま このみ)

豊の伯父の、内縁の妻の娘。豊とは5歳くらいの年齢差。謎の言動が多い


〇〇の色:漆黒


大人になった好

名前:春日居 要(かすがい かなめ)

梓の養父で、アクアマリンに住む子供達を見守ってくれる。

代々、魔物の研究者の家系。


〇〇の色:不明

名前:ツヴァイク

アクアマリンを監視する魔物だが、梓達にとっては親しい友人。


種族:ブルー・フェニックス=フォボス


〇〇の色:青

名前:不明

両フェニックスに仕えるキメラ。

(AI変換で作中の外見情報を再現しきれなかったので、このアイコンは「イメージです」ということでお読みください)


種族:ムシュフシュ


◯◯の色:不明

名前:高泉 円(こういずみ まどか)

高校三年生。敦の姉、涙の親友。


〇〇の色:不明

名前:ジャック

人間の島の森の奥で魔物達が生活する、「出張所」の管理人。


〇〇の色:不明

名前:オルン

エメラードの船が着く小さな砂浜に住む技術者。ベル達の協力者。


種族:ドワーフ


〇〇の色:不明

名前:ボーン

エメラードに住む、ベル達の協力者。エリス同様、知識を披露したがるタイプの魔術師。


種族:竜


〇〇の色:白

魔物名:シヴァ・ジャクリーヌ

敦と敵対した魔物


種族:ホムンクルス


〇〇の色:不明

名前:ナウル

エメラードに住む魔物。敦達に対して中立。


種族:ハーピー


〇〇の色:桃色混じりの明るい茶色

名前:ディーヴ

敦と敵対した魔物。大量の虫を使役する。


種族:鳥精霊と人間の混血


〇〇の色:不明

名前:サリーシャ

敦と敵対した魔物。


種族:ブラック・アニス


〇〇の色:蒼白

名前:東 浩一(あずま ひろかず)

豊の旧友だが、仲違いしたことを深く悔いている。


〇〇の色:不明

名前:環(たまき)

愛称はタマちゃん。ごく普通の居酒屋店主。

ユズちゃんの兄。


〇〇の色:不明

名前:穣(ゆずる)

愛称はユズちゃん。動物と遊ぶのが好きな、ごく普通の小学生。

タマちゃんの弟。


〇〇の色:不明

名前:キリー

ライトの末の娘。


種族:タイタン


〇〇の色:紫混じりの黒

名前:ハイリア

アクアマリン同盟・盟主。全身に目玉を持つ。


種族:タイタン族の亜種


〇〇の色:不明

名前:セリオール

アクアマリンの水源


種族:ウンディーネ


〇〇の色:常に多様に変化していて、一定ではない

名前:カンナ

ベルの古い友人


〇〇の色:赤錆色


名前:長矢 実(ながや みのる)

豊の伯父。内縁の妻とその娘と暮らす。料理人。


〇〇の色:不明


名前:長矢 恵(ながや めぐみ)

豊の母。


〇〇の色:不明

名前:岬 結人(みさき ゆうと)

生き物の価値基準は全て「血のにおい」で判断する。典型的なヴァンパイア思想で生きている。


種族:ヴァンパイア


〇〇の色:深緑

名前:式竜

源泉竜直属の竜で、最も重要な使命を与えられた。


種族:竜


〇〇の色:深緑

名前:支竜

源泉竜直属の竜。式竜の使命を補佐させるために作られた。


種族:竜


〇〇の色:麦穂のような黄金色

名前:小竜

源泉竜直属で、源泉竜の憧れを叶えるために意図的に弱く作られた竜。


種族:竜


〇〇の色:不明

名前:巨竜

巨神竜直属の竜だが、勅命を受けて源泉竜領地にいた。


種族:竜


〇〇の色:山吹色

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せっかく登録されてるのでこの公式アイコン、使ってみたかった。使える場面があって良かった。

作者。あとがき書くかもしれないのでアイコン登録しておきます。

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