第46話 工房の朝2

文字数 1,352文字

「ははははっ! ルークを女だと思ったか、これは傑作だ!」
 事情を引き出すなり、ネフリティスは腹を抱えて笑う。
 メルリアはしゅんと頭を下げて萎縮している。
 テーブルには、結局、全てルークが用意した朝食が広がっていたが、一口も手をつけることができない。
「あの、本当にごめんなさい……」
 メルリアはルークの表情を伺いながら恐る恐る言う。
 ルークは黙って首を横に振ってから、正面に座るネフリティスに鋭い視線を向ける。
「この人の説明が悪い」
「そうだな。確かに私はこいつのことを男だとも女だとも言わなかったな。ふふっ……」
 責め立てられたところで、彼女は楽しげな笑みを浮かべるだけだった。
 ネフリティスは用意された目玉焼きをフォークでつつく。白身も黄身も固まったそれを微妙そうな顔で見つめる。
「しかしなんだ、この目玉焼きは」
 ルークは返事をせず、涼しい顔で食事の手を進めた。真っ二つに割れた固焼きのそれをネフリティスに出したのはルークである。
 ネフリティスはティーカップを手に取る。香りを楽しんだ後、ティーカップを傾けた。その味にネフリティスは目を伏せる。茶葉は以前と変わらぬ銘柄を買い足していた。だというのに、とても懐かしい味がしたからだ。
「紅茶の味は悪くないというのに。全く、お前というやつは……」
「料理なんて久しぶりだからなー、腕がなまったかもなー」
 ルークは心にもない言葉を淡々と口に出す。声には感情がこもっていない。
「嘘をつけ」
 ネフリティスはフォークで目玉焼きを崩す。そんなはずがないと知っていた。裏面が焦げ茶に変色している事に気づき、ますます苦い顔を浮かべた。
 ふたりの会話を邪魔せぬよう、黙っていたメルリアが突然背筋をピンと正した。その変化に真っ先に気づいたのはルークだ。
「その……ネフリティスさんから、ルークさんはずっと眠っていたって聞いたんですけれど、急に動いて大丈夫ですか?」
 普通、長い間眠っていたのならば、日常生活を送れるようになるまで時間がかかる。体中の筋肉が衰えるからだ。だというのに、彼は普通に動いていた。顔色はいいし、体の動きもはっきりしている。具合が悪い様子もない。
 ルークはフォークを置くと、右手を開いて閉じてと何度か繰り返す。彼が思った通りに両手が動いていた。
「大丈夫みたいだね。ほら、君も食べて。街道を行くんだったら、食べて力つけないと」
 ルークはにこりと笑うと、メルリアに朝食をとるよう促した。メルリアは言われたとおり、手元のバターロールをちぎった。
 ルークのことは気がかりだが、今は傍にネフリティスがいる。彼の現状には疑問が残るが、メルリアは詮索しなかった。話したくないことまで聞こうとは思わないからだ。
 それに……。
「文句言うなら食べなくていいよ、僕もこれから作らないし」
「おいおい、師弟関係をなんだと思っている? お前は師を飢えさせる気か」
 ルークの素っ気ない態度にやれやれと肩をすくめるネフリティスだが、あきれ顔を浮かべたかと思えばふっと笑みを浮かべた。
 朝の時間にたった一人増えただけで、この場の空気が明るくなった。
 それは工房の主に笑顔が増えたからだ。ここまで楽しそうに談笑するネフリティスをメルリアは知らない。だからこそ、これ以上の詮索は野暮になると思った。
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登場人物紹介

◆登場人物一覧

┗並びは初登場順です。

┗こちらのアイコンは公式素材のみを使用しています。

メルリア・ベル


17歳。

お人好し。困っている人は放っておけない。

祖母との叶わなかった約束を果たすため、ヴィリディアンを旅することになる。

フィリス・コールズ


16歳。

曖昧な事が嫌いで無駄を嫌う。
シーバの街で、両親と共に「みさきの家」という飲食店を経営している。

クライヴ・シーウェル


22歳。

真面目。お人好しその2。

理由あって旅をしており、メルリアとよく会う。

ネフリティス


27歳(人間換算)

都市に工房を持つエルフの錬金術師。

多少ずぼらでサバサバしている。

イリス・ゾラ


21歳。

隣国ルーフスの魔術師。闇属性。

曲がったことが嫌い。

リタ・ランズ


16歳(人間換算)

魔女の村ミスルトーで暮らしているエルフ。
アラキナのストッパー兼村一番のしっかり者。

ウェンディ・アスター


不明(20代後半くらいに見える)

街道の外れの屋敷で働くメイド。

屋敷の中で一番力が強い。

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