13.5話 祭りの灯台にて

文字数 2,557文字

 灯台祭二日目――。
 今日カンテラに灯される火は普通の火ではない。人間が魔術を使って燃やした火である。
 フィオンはこの日、二年ぶりに王立都市発行の教科書に目を通していた。基礎から応用まで、魔術の扱い方のいろはが記されている。
「できそうか、フィオン」
 壁掛け時計で時刻を確認し、男はフィオンに問いかけた。彼の名はアゼル。フィオンと同じ役所で働く三年年上の先輩である。灯台祭中は、火を付ける役・万が一のためにそれを見守る役の二人が灯台に入る必要があった。問題を起こしても即座に収集できるように、との上からのお達しである。
 フィオンはアゼルの問いかけから十秒後に顔を上げた。ちょうど読んでいた部分を、区切りのいいところまで読み終えたからである。
「まぁ、なんとか」
 フィオンの歯切れの悪い言葉に、アゼルは首を傾げた。フィオンはいつだってマイペースである――それは知っていたが、できるできないをはっきり言わないのは珍しい。それこそ、アゼルがフィオンから初めて聞いた返事かもしれない。
「珍しいな。緊張しているのか? さすがに無理はないと思うが」
 アゼルは外の声に耳を傾けた。大勢の観光客やシーバの人間が、予定時刻の十分以上前から灯台の前で待機している。今か今かと待ちわびる声や、そして期待に満ちあふれた静かな熱気。外の景色が見えなくとも、アゼルはその声から人の姿を十二分に感じ取っていた。
 しかしフィオンは頭を振り、アゼルの言葉を否定する。
「緊張ってか……。あー。なんて言ったらいいんだろ」
「自信がない、とか」
 フィオンが手に持ついる教科書を指差してアゼルは言う。しかしフィオンの表情は晴れなかった。
「それもないことはないよ。少しの出力で、夜明けまで持たせられるかなぁって」
「そのために灯台守の仕事があるんじゃないか。切れたら彼らに任せて大丈夫だ。出力さえオーバーしなきゃ問題ないよ」
「……そっか」
 無表情――どちらかといえば哀の感情に近い顔をしていたフィオンの表情が、徐々に普段の調子に戻っていく。
 フィオンは再び本に目を通した。カンテラを照らす程度の小さな火だろうと、持続させるとなればそれなりの魔力が必要だ。フィオンがこの大役を成し遂げられるかどうかは、先日のテストで証明済みである。
 この程度の明かりならば、魔術の詠唱もほとんど必要ない。ただひとつ、やることがあるとするならば――。
(……神頼み、かな)
 何を他力本願な事を。思い浮かんだ思考をフィオンは苦笑で蹴飛ばそうとするが、思いとどまる。うまくいくように願うくらいは俺の勝手だろう、と。
 それで行くか――フィオンは音を立てて教科書を閉じた。
「そろそろ時間だ。頼んだぞ」
「ああ、やってみるよ」
 アゼルの言葉に、フィオンは今度こそ力強く頷いた。

 シーバの街に夜が訪れようとしていた。濃い赤が青へ、やがて藍色に飲み込まれていく空。その景色を遮るように、太い柱――セイアッドの灯台が、天に向かって伸びていた。灯台のてっぺんから、黄色に近い光が差し込む。それらは適切な光量、適切な色だ。くるくると灯台の光が回りはじめた。その瞬間、灯台の外では観光客が感嘆の声を上げる。すぐさまガイドが本日四度目の灯台の説明を繰り返した。
 灯台の真上を凝視していたフィリスは、明かりに妙な色が混ざらないことを充分に目に焼き付けた後、ため息をつく。そして周囲の状況を遅れて理解した。拍手や口笛まで聞こえる盛り上がりようは、まるで小規模なサーカスか何かのようだ。現状にほんの少しだけ呆れていた。
 こんな客がいるからウチも食っていけるのだと分かってはいたが、フィリスはやはり異様な風景だと思えた。日が落ちたら街に明かりが灯ることに驚く人間などいないように、シーバの街に住む者にとって、これは毎日見る当たり前の風景だからだ。
 ガイドの熱の入った説明が終わると、人々は感想を口にしながら散り散りに立ち去っていく。そんな中、フィリスはその場でただ立ち尽くしていた。彼らが灯台から出てくるまで、ひたすら待っていた。
 やがて戸口が開き、アゼルとフィオンの二人が灯台の外へ出た。アゼルが入り口で待機していた灯台守に鍵を渡しながら挨拶を交わす。灯台守の男はふたりに笑顔を向けた後、入れ替わるように灯台へと入っていった。
「あれ、フィリスじゃん。店はいいの?」
 フィリスが声をかけるより先に、フィオンからフィリスの存在に気づいた。
 フィリスは一つため息をつくと、二人の方へと真っ直ぐに歩いて行った。
「様子を見に行くって言ったでしょ?」
「灯台は店の中からでも見れるし、そっちかと思ってたんだけど」
「おいおい……」
 呆れたように肩を落とすのは、フィリス――ではなく、フィオンの隣に立つアゼルだった。彼もため息をつきたくなったがそれを抑え、一瞬だけフィリスの表情を窺う。彼女は淡々としていた。改めてフィオンの表情を窺う。彼は緊張から解放されたせいで、どでかい欠伸を漏らしている。フィオンは本当にマイペースだなとアゼルは再確認した。
「……じゃ、私は店に戻るから。これ食べて後も頑張って」
 フィリスはフィオンに籐のかごを押しつけると、アゼルに会釈をした。
「アゼルさんの分もあるから。……フィオンは二つ食べないでよ」
「はいはい……おー、美味そー。肉だ肉!」
「いつもありがとう、いただくよ」
 聞いているのかいないのか、フィオンは既に目の前のカツサンドに夢中だった。
 そんなフィオンにため息を一つ残し、フィリスは足早にみさきの家に向かって走っていく。みさき店の開店時間までもう時価がなかったからだ。
「あー、美味かった。はいこれ、先輩の分」
 フィオンはニッと笑うと、あと一人前分のカツサンドが入った籐のかごをアゼルに差し出す。アゼルは苦笑を浮かべながらそれを受け取る。
「……頼むぞ、フィオン」
「エネルギー補充したし大丈夫、警備の仕事もちゃんとできるよ」
 マイペースに街の中を歩き始めるフィオンを見て、アゼルはどう声をかけていいか迷った。
「ああ、うん、頼もしいな」
 アゼルの口からはいまいち感情のこもっていないような、実感の薄い声が漏れた。
 後輩の今後の人生に不安を覚えながら、アゼルは籐のかごに入ったサンドウィッチを見つめたのだった。
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登場人物紹介

◆登場人物一覧

┗並びは初登場順です。

┗こちらのアイコンは公式素材のみを使用しています。

メルリア・ベル


17歳。

お人好し。困っている人は放っておけない。

祖母との叶わなかった約束を果たすため、ヴィリディアンを旅することになる。

フィリス・コールズ


16歳。

曖昧な事が嫌いで無駄を嫌う。
シーバの街で、両親と共に「みさきの家」という飲食店を経営している。

クライヴ・ローウェル


22歳。

真面目。お人好しその2。

理由あって旅をしており、メルリアとよく会う。

ネフリティス


27歳(人間換算)

都市に工房を持つエルフの錬金術師。

多少ずぼらでサバサバしている。

イリス・ゾラ


21歳。

隣国ルーフスの魔術師。闇属性。

曲がったことが嫌い。

リタ・ランズ


16歳(人間換算)

魔女の村ミスルトーで暮らしているエルフ。
アラキナのストッパー兼村一番のしっかり者。

ウェンディ・アスター


不明(20代後半くらいに見える)

街道の外れの屋敷で働くメイド。

屋敷の中で一番力が強い。

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