第1話 全てを知った朝に

文字数 774文字

 夜明け前のほの暗い空に雲は一つたりとも存在しない。
 風が吹くと、曖昧に開かれたカーテンがふんわりと揺れる。それは湿気と共に、木々のざわめきをそっと運んできた。
 早起きの小鳥が一羽、優しくさえずりながら羽ばたいていく。庭に集まっていたコウモリは皆、自身のすみかへと姿を消していた。
 夜半の屋敷に朝が訪れようとしている。

 瞼の裏が随分と明るい。夜が明けるのだろうとクライヴは眉をひそめた。体は夜明けに抗うようにベッドに横たわったままだ。
 落ち着かぬほど手触りのよいシーツに、身体をしっかり受け止めるベッド。首や頭を包む枕は信じられないほど柔らかく、そのどれもが彼に適していなかった。羽毛に包まれるようなむずがゆさを感じながら、ゆっくりと目を開く。視界は抵抗なく天井を捉えた。そのままそこをただぼんやり見つめる。
 ――夢じゃないよな。
 右を下に身体を横たえると、棚の上にはジャグがあった。ちょうどグラス一杯分の水が入っている。空になったグラスの底に深紅の色が沈んでいた。何度か瞬きを繰り返すが、目の前に見えるそれが消えることはなく、ただただそこに在った。
 あの日のことも、昨晩のことも、決して夢ではない。
 こんなところで旅が終わるなんて。
 ただ一人、ため息をついた。真実に至った安堵と困惑。長年探し求めていた答えが突然手に入った現実。これからは渇きに悩まされずに生きていける。喜ぶべき事なのだろう、やっと普通の人間に――。そこまで考えた途端、思考に封をする。自分は月夜鬼と人間の血が混ざった「半夜」という存在だと思い出したからだ。
 右手を目の前にかざす。少し太い指の関節、夏の日差しに焼けた濃い色。手の甲に浮き出る血管に、指の背からわずかに顔を出す爪。そのまま指を開いたり閉じたりと繰り返す。
 手の輪郭をぼんやりと見つめながら、あの日の記憶をたどった。
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登場人物紹介

◆登場人物一覧

┗並びは初登場順です。

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メルリア・ベル


17歳。

お人好し。困っている人は放っておけない。

祖母との叶わなかった約束を果たすため、ヴィリディアンを旅することになる。

フィリス・コールズ


16歳。

曖昧な事が嫌いで無駄を嫌う。
シーバの街で、両親と共に「みさきの家」という飲食店を経営している。

クライヴ・シーウェル


22歳。

真面目。お人好しその2。

理由あって旅をしており、メルリアとよく会う。

ネフリティス


27歳(人間換算)

都市に工房を持つエルフの錬金術師。

多少ずぼらでサバサバしている。

イリス・ゾラ


21歳。

隣国ルーフスの魔術師。闇属性。

曲がったことが嫌い。

リタ・ランズ


16歳(人間換算)

魔女の村ミスルトーで暮らしているエルフ。
アラキナのストッパー兼村一番のしっかり者。

ウェンディ・アスター


不明(20代後半くらいに見える)

街道の外れの屋敷で働くメイド。

屋敷の中で一番力が強い。

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