第53話 そこは魔女の村1

文字数 4,780文字

 やがて森が開けると、そこには木を編み込んだような柵があった。五メートルほどの高さのそれは、村を守るように一周している。入り口は木製の扉で封鎖されており、その脇には二人の男が立っていた。一方は短髪でまだ若い年の男だった。背も低く、背格好はメルリアと同じくらいだろう。もう片方は肩を覆うほどの長髪で、前髪で目が隠れてしまっている。こちらは背が高く、クライヴ達四人の中で最も背が高いクロードの視線がわずかに上へ向くほど。彼らは槍を構え、四人の姿を黙って見つめている。その目に特別な感情はない。
 魔術師二人は淡々と前へ進んだが、クライヴだけは一瞬足を止めた。男達の耳に特徴があると気づいたからだ。門番を務める男は両方ともエルフであった。エルフが衛兵や門番を務める実例はあるし、クライヴもそれを知っていた。しかし、それをエルフだけで務めるというのは聞いたことがなかった。大体は片方のパートナーが人間であることが多いからだ。首をかしげるクライヴだったが、イリスとクロードはそれにに構わない。堂々と男達の前に立った。
「あたしはダラレック魔術士組合所属、イリス・ゾラよ」
「同じく組合魔術士、クロード・ノルデ」
 二人はエルフの門番に組合の手帳を掲げる。背の高いエルフが、その言葉にわずかな動揺の色を見せた。
「あたし達は四年前、学園の実習でここに来たわ。今日はアラキナさんに用があるの。ここの四人全員通してくれる?」
 イリスは背負ったメルリアに視線を向けながら、四人であることを強調する。
 彼女の提案に、男達は声を潜めて話し合う。やがて、短髪のエルフがこちらに背を向けた。扉に右手を当てたかと思うと、それが水面のように揺らいだ。激しく波立っているせいではっきりとは分からないが、奥には周囲とはまた違う様子が広がっていた。濃い緑色や土色から察するに、扉の奥の景色を映しているだろう――と、魔法に詳しくないクライヴでも、なんとなく想像がついた。
 男はそのまま揺らぐ扉の奥へと吸い込まれていく。男の体が全て飲み込まれると、透けていた扉の異変が消える。そこにはもう、元々の薄茶色の扉があるだけだ。夢でも見ていたのだろうかとクライヴは何度か瞬きを繰り返した。
「相っ変わらず、エルフの魔法ってめちゃくちゃね……」
 やれやれとため息をついて、イリスは扉を凝視した。男が通る前と通った後で扉の様子は一切変わらない。男はここをすり抜けたということになる。物質を無視して先の空間に移動できるような魔術――いわば空間転移の魔術式は、どんな人間でも絶対に描けないのだ。
 やがて扉がギィと軋んだ音を立てて開く。戸を引いたのは、先ほど扉を通り抜けた短髪の男だった。
「……ご案内いたします、どうぞ」
 その声はずいぶんと高い声だった。
 イリスが真っ先に扉の中へ、その次にクロードが続く。クライヴは十分な距離を取った後、その後に続いた。

 扉の奥を少し進むと、そこには小さな集落が広がっていた。
 森が開けた先に存在する広場は、二十人ほどの人間が集まって宴会ができるほど広々としている。そこを起点に、それを取り囲むように質素なツリーハウスが何軒も建ち並んでいる。それら全ては一部屋ほどの大きさだ。まるで家が浮いているようだ――クライヴは目の前の景色を見て絶句した。家を支える太い柱がはっきりと見えるから、これは魔法とは関係ないと理解はできる。しかし、ヴィリディアンにはこのような建築方式は存在しない。初めてそれを見た彼は、頭の処理が追いつかなかった。疲れからか、こめかみ辺りにじんと重くのしかかるような頭痛を感じる。
 広場の中央には、火をおこした後があった。丸太の形そのものが残ったベンチに一人の少女が腰掛けている。緑がかったクリーム色のセミロングが風になびいた。長い耳が物音にピクリと反応する。彼女もまたエルフだった。彼女はイリスを見るなり、ぶらんぶらんと手を振った。
「おーい、イリス~、クロード~。こっちー」
 呼ぶ気があるのかないのかいまいち分からないような声量だった。イリスは足早に少女の元に向かうと、背負ったメルリアに視線を向ける。
「再会して早々悪いんだけど、この子を寝かせといてくれない? 魔獣を見たショックかずっと気絶してるのよ」
「おっけー。じゃ、取り敢えず空き部屋のベッドに運んどくねー」
 少女はメルリアの肩にとん、と触れる。その瞬間、メルリアの姿が消えた。肩の重みが消えた事を目で確認し、イリスはぐっと体を伸ばす。凝り固まった肩を左右同時に回して、少女の隣に座った。
 クロード、クライヴの二人が到着したのは、それらが一旦落ち着いた後である。慌てて周囲を見回すクライヴを見かね、イリスは笑って答えた。
「ベッドに寝かせてもらったから安心しなさい」
 クライヴはその言葉にほっと安堵する。
 彼の傍らへ、先ほどの少年が丸太でできた小さな腰掛けを一脚用意した。クロードの傍には二つ置くと、エルフの少女に頭を下げて早々に立ち去っていく。
「二人とも、座って座って~」
 少女はにんまりと笑みを浮かべ、二人にその椅子に座るよう促す。そのまま、クライヴは切り株に腰掛けた。木の感覚は見た目通り堅く、長時間座るには適さないだろう。しかし、断面に当たる太ももからは木の暖かさを感じた。しっとりとした断面の手触りもいい。
「久しぶりだねえ。クロードは背が伸びててびっくりしたよー、人間はやっぱり成長早いねぇ」
「そうねえ、正直学園に入ったばっかはあたしより背が低かったのに。なんだか解せないわ」
 イリスと少女の声を聞き流しながら、クライヴは濃青緑の森の景色をぼんやりと眺めていた。
 この場所は静寂に包まれていた。そよそよと静かな風に木々の葉が揺れるのみで、枝を揺らすほど強い風は吹かない。ひっそりとした形様の民家に人の気配はほとんどなくなく、行き来するエルフ達の足音は軽やかだ。こちらを睨むように鋭い視線を向け続けていたクロードも、今は少女との談笑で警戒を緩めている。メルリアも無事にベッドに寝かせてもらえたと言うし、魔獣はイリスたちの手によって倒された。今ここに危険はない。そう理解した途端、クライヴに強い眠気が襲った。ふあっと大きく口を開け、目をこする。エルフの少女にあくびが移り、彼女は口を手で覆った。クライヴはその音を聞きながら、何度か瞬きを繰り返す。もうこれ以上気を張る必要がない――思い至った途端、無意識に押しやっていた緊張や疲れが一気にあふれ出した。瞼が重い。けれど、起きていなくては。それは分かっていた。しかし、もうそんなことどうでもいい、このまま眠ってしまいたい。
 クライヴは眠気に抗い、何度か目を開こうともがくが、それよりも閉じている時間の方がずっと長くなってゆく。少女やイリス達の笑い声が遠く、聞こえる言葉が途切れ途切れになる。クライヴは体を包む温かさに身を任せ、目を閉じた。もう一度目を開く気力は残っていなかった。
「――そういえば、そこのお兄さんは誰? 見る感じ、変な人間だねえ」
「あっ、そうそう。今日はそのことについて聞きに来たのよ。リタよりアラキナさんの方が詳しいと思ったんだけど」
 エルフの少女――リタはクライヴを指差して言う。
 クライヴは頭を垂れたまま椅子に座り込み、その場からびくとも動かない。肩がゆっくりと上下しているが、その動きはまるで……。
「寝てるねぇ」
「寝たわね……」
 リタとイリスの声が重なる。二人は顔を見合わせてやれやれと呆れた表情を浮かべた。リタの方は微少交じりであったが。
 眠っているクライヴには構わず、クロードは再び厳しい視線を向けた。自分たちが名乗りを上げてから今までは、特別怪しい動きは見せていない。疑わしい魔力の動きや、魔術や魔法らしき反応もない。クライヴがただの怪しい人物であれば、この時点でクロードも警戒を解いていただろう。しかし――クロードはあるものを見てしまった。それのせいで、クライヴが信頼に足る人物だとは到底思えなかった。彼にとってそれは非常に不可解で、答えを提示されなければ納得できない類いの事象なのだ。
 クロードはもう一度クライヴの様子を窺う。動く気配がないことを用心深く確認した後、リタに視線を向ける。
「アラキナさんは?」
「今晩の食材集め。裏にあるお化けリンゴが食べ頃なんだって。クロードも食べてく?」
 その言葉にクロードは眉根を寄せた。苦い表情を浮かべているが、肯定も否定もしない。あまり好きではなかったからだ。
 お化けリンゴとは、この辺りに自生するリンゴの一種である。見た目は一般的に流通しているものと変わりはないが、味は薄く香りは強い。年中実をつける珍しい種類ではあるが、このリンゴ一番の特徴は皮の色である。原色に近い青色をしており、いかにも毒々しい。その毒々しさに反し、味と香りは普通に美味であるというお化けリンゴは、食べた者の脳を確実に混乱させる。彼はそれが苦手だった。
 返事をしないクロードからくるりと顔を背け、隣に座るイリスを見てリタは微笑みかける。
「イリスはもちろん食べるよねー?」
「もちろんご馳走になるわ! ここに来ないと食べられないもの」
 対して、イリスはお化けリンゴが大好物である。
 引きつった笑みを浮かべるクロードは、ふと背後に何かの気配を感じる。足音はなく、突然のことだった。振り返ったクロードはその光景に目を丸くする。真っ先に視界に入ったのは、先ほど話題に出ていたお化けリンゴだったのだ。つやつやと表面が輝き、物好きな鳥がつついた痕からは、皮の色素が混ざり薬品をばらまいたような、奇妙な色合いの蜜が溢れる。そのくせ香りはリンゴそのもので、どう見ても不味そうなのに美味そうな匂いがした。その不可解な不快感に、クロードの眉間にしわが寄る。
「ヒェッヒェッヒェ……」
 そんな中、明らかに怪しい声が響く。黒いローブを身にまとった老婆が、俯きながら笑っていた。顔を覆うマントのせいで表情は窺えないが、その黒からは高く長い鼻がのぞく。腕には藤で編んだバスケットを提げており、山のように収穫したお化けリンゴが、バスケットの中をごろりと転がった。
「いい反応じゃあ」
 耳のすぐ近くまで己の鼓動が聞こえてくるような錯覚を覚えながら、クロードは一度大きく咳払いした。
「……アラキナさん、お久しぶりです」
 仰々しく作ったように丁寧な口調で、一言一句はっきりと伝える。驚きと苛立ちから来るものであったが、それを知ったところで老婆は態度を変えない。老婆はフードを取ると、空いている椅子に腰掛けた。バスケットを足下に置くと、わざとらしく右肩をぽんぽんと叩く。
「ノルデの息子。用は何じゃ」
「この男について――眠っていますけれど、こいつは何者ですか?」
 アラキナはクライヴに視線を向けると、大げさに首をかしげた。とぼけたような表情を浮かべている。
「魔獣の手下か何か、とか……」
 その言葉を聞いた途端、老婆がパチン、パチン、と、乾いた音を立てて手を叩いた。
「カッカッカ! ノルデの血筋とはいえ、おぬしもまだまだ青いのう!」
 独特な笑い方でアラキナは笑う。森がそれに呼応するように、静かな風が立った。クロードはその反応に口を固く閉ざす。腕を組んで、明らかに不満だと態度で示した。彼は至って真面目だった。
「安心せい、お主の危惧は杞憂じゃ」
「どういうことか説明してもらいましょうか?」
 食い気味にクロードは言う。声色にはなお怒りをはらんでいた。
「それはなぁ……」
 アラキナは空を仰ぐ。十分に成長した木の枝枝が、天に向かってまっすぐ伸びていた。それは村に大きな影を落とし、広場だけに確かな光が差している。碧い景色にぽっかりと丸い穴が空いたその空間に、大形の鳥が旋回していた。
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登場人物紹介

◆登場人物一覧

┗並びは初登場順です。

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メルリア・ベル


17歳。

お人好し。困っている人は放っておけない。

祖母との叶わなかった約束を果たすため、ヴィリディアンを旅することになる。

フィリス・コールズ


16歳。

曖昧な事が嫌いで無駄を嫌う。
シーバの街で、両親と共に「みさきの家」という飲食店を経営している。

クライヴ・ローウェル


22歳。

真面目。お人好しその2。

理由あって旅をしており、メルリアとよく会う。

ネフリティス


27歳(人間換算)

都市に工房を持つエルフの錬金術師。

多少ずぼらでサバサバしている。

イリス・ゾラ


21歳。

隣国ルーフスの魔術師。闇属性。

曲がったことが嫌い。

リタ・ランズ


16歳(人間換算)

魔女の村ミスルトーで暮らしているエルフ。
アラキナのストッパー兼村一番のしっかり者。

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