第76話 静寂、懸念3
文字数 1,633文字
広場に突如現れたアラキナは、ツリーハウスから二人を見下ろして笑った。手にした古い杖を一振りすると、老婆の足下に緑色の魔方陣が浮かぶ。頼りない光に包まれながらもう一振り。すると、今度はシャムロックのすぐ背後に同様の魔方陣が浮かんだ。
シャムロックはその光に気づくと、一歩前へ出た。派手な登場だなとため息をつくが、不満は漏らさない。
「ヒョッ、ヒョッヒョヒョ……」
アラキナは控えめに笑う。時間帯を考慮した午後十一時の高笑いである。
手にした杖を振りかざすと、ツリーハウスにあった老婆の姿が消え、シャムロックの背後へと肉体を転移させた。
「ふー、やれやれ……」
アラキナは疲れたといった表情で、トントンと腰を叩いた。
年寄りにとって夜の階段は脅威である。不慮の事故を防ぐため、日が暮れた後は階段の上り下りは魔法で行うようにしていた。その方が安全だし、気配を消して誰かの背後に立つことで、面白い反応が得られる利点もある。
「はー、脅かし甲斐のない男じゃわい」
アラキナはため息をつきながら、シャムロックの背中を杖の先端でつついた。
シャムロックはそれに一切動じず、ゆっくりと振り返る。
「依頼の話か? もう少し後だと助かるのだが」
シャムロックは問いかけながら、呆気にとられているクライヴに視線を向けた。しかし、アラキナは首を横に振る。
「いいや。すぐに本題に入るぞい」
「アラキナ。俺にクライヴを紹介するために呼び出したんじゃないのか?」
先を急ぐアラキナを訝るが、老婆はニカッと笑って見せた。皺にまみれた口から覗く歯は、年寄りとは思えないほど真っ白だ。
「それは偶然じゃあ」
合点がいかないとシャムロックは首をひねったが、老婆はニカニカとした笑みを浮かべるのみだ。やれやれとため息を零すと、彼らの傍で土を踏む確かな足音があった。
「……この人から話が聞けるなら、今すぐにでも聞きたいんですが」
クライヴはフードをかぶったアラキナをしっかりと見据えた。しかし、先と同じように首を横に振る。
「今である必要があるからのぉ」
ぐっとクライヴは唾を飲む。そこをなんとかと頼み込むことはしなかった。この人物には何を言っても無意味だろうし、この男のことは、一晩眠って頭を整理した方がいいかもしれないと思ったのだ。
押し黙るクライヴを見て、アラキナはにんまりと笑う。
「それにのぅ……。『アレ』を飲んだんじゃ、お主の発作はしばらく起こらんぞ」
咄嗟に顔を上げ、声の主の表情を窺うようにまじまじと見つめる。しかし老婆は何も言わず、ニヤニヤといびつな笑みを浮かべるのみだ。
――どうして知っているのか。いや、この人にそれを聞くだけ無意味なのだろうか……。少し考えてみたが、考えに行き詰まるとそれ以上思考をやめた。
「エルフの村長は何でもお見通しじゃぁ」
シャムロックとクライヴの顔を交互に見ると、老婆は喉の奥でくくくっと笑った。答えにならない答えを伝えると、手にした杖で地面をトントンと軽く叩く。広場の土が丸く抉れた。
「さあ行くぞシャムロック」
それだけ言い放つと、老婆はゆっくり歩を進めた。
シャムロックはその背中を目で追う。拒否権はないのだろう。
「恐らく夜明けまでかかるだろう。先に休んでいてくれ、すまないな」
ゆっくりと、しかし確実に森の闇に老婆の姿が飲み込まれる。村の木々が反響するように、アラキナの笑い声を受け止めて拡散させた。
立て付けの悪い窓のような音にクライヴは苦笑する。アラキナの自由奔放な様は、リタやザック、ハルやレニーも苦労しているという。あの人への説得はまず無理だろう。
「いや……、お前も大変だな。分かったよ」
「日を改めることとなるが……、必ず話す事は約束する。クライヴにとって必要なことだ」
それだけ伝えると、今度こそシャムロックはクライヴに背を向けて歩き出した。老婆の姿は闇に消えたがが、男は迷わなかった。
黒色の外套に身を包むその姿は、あっという間に森の闇に馴染んでいった。
シャムロックはその光に気づくと、一歩前へ出た。派手な登場だなとため息をつくが、不満は漏らさない。
「ヒョッ、ヒョッヒョヒョ……」
アラキナは控えめに笑う。時間帯を考慮した午後十一時の高笑いである。
手にした杖を振りかざすと、ツリーハウスにあった老婆の姿が消え、シャムロックの背後へと肉体を転移させた。
「ふー、やれやれ……」
アラキナは疲れたといった表情で、トントンと腰を叩いた。
年寄りにとって夜の階段は脅威である。不慮の事故を防ぐため、日が暮れた後は階段の上り下りは魔法で行うようにしていた。その方が安全だし、気配を消して誰かの背後に立つことで、面白い反応が得られる利点もある。
「はー、脅かし甲斐のない男じゃわい」
アラキナはため息をつきながら、シャムロックの背中を杖の先端でつついた。
シャムロックはそれに一切動じず、ゆっくりと振り返る。
「依頼の話か? もう少し後だと助かるのだが」
シャムロックは問いかけながら、呆気にとられているクライヴに視線を向けた。しかし、アラキナは首を横に振る。
「いいや。すぐに本題に入るぞい」
「アラキナ。俺にクライヴを紹介するために呼び出したんじゃないのか?」
先を急ぐアラキナを訝るが、老婆はニカッと笑って見せた。皺にまみれた口から覗く歯は、年寄りとは思えないほど真っ白だ。
「それは偶然じゃあ」
合点がいかないとシャムロックは首をひねったが、老婆はニカニカとした笑みを浮かべるのみだ。やれやれとため息を零すと、彼らの傍で土を踏む確かな足音があった。
「……この人から話が聞けるなら、今すぐにでも聞きたいんですが」
クライヴはフードをかぶったアラキナをしっかりと見据えた。しかし、先と同じように首を横に振る。
「今である必要があるからのぉ」
ぐっとクライヴは唾を飲む。そこをなんとかと頼み込むことはしなかった。この人物には何を言っても無意味だろうし、この男のことは、一晩眠って頭を整理した方がいいかもしれないと思ったのだ。
押し黙るクライヴを見て、アラキナはにんまりと笑う。
「それにのぅ……。『アレ』を飲んだんじゃ、お主の発作はしばらく起こらんぞ」
咄嗟に顔を上げ、声の主の表情を窺うようにまじまじと見つめる。しかし老婆は何も言わず、ニヤニヤといびつな笑みを浮かべるのみだ。
――どうして知っているのか。いや、この人にそれを聞くだけ無意味なのだろうか……。少し考えてみたが、考えに行き詰まるとそれ以上思考をやめた。
「エルフの村長は何でもお見通しじゃぁ」
シャムロックとクライヴの顔を交互に見ると、老婆は喉の奥でくくくっと笑った。答えにならない答えを伝えると、手にした杖で地面をトントンと軽く叩く。広場の土が丸く抉れた。
「さあ行くぞシャムロック」
それだけ言い放つと、老婆はゆっくり歩を進めた。
シャムロックはその背中を目で追う。拒否権はないのだろう。
「恐らく夜明けまでかかるだろう。先に休んでいてくれ、すまないな」
ゆっくりと、しかし確実に森の闇に老婆の姿が飲み込まれる。村の木々が反響するように、アラキナの笑い声を受け止めて拡散させた。
立て付けの悪い窓のような音にクライヴは苦笑する。アラキナの自由奔放な様は、リタやザック、ハルやレニーも苦労しているという。あの人への説得はまず無理だろう。
「いや……、お前も大変だな。分かったよ」
「日を改めることとなるが……、必ず話す事は約束する。クライヴにとって必要なことだ」
それだけ伝えると、今度こそシャムロックはクライヴに背を向けて歩き出した。老婆の姿は闇に消えたがが、男は迷わなかった。
黒色の外套に身を包むその姿は、あっという間に森の闇に馴染んでいった。