第51話 魔術士二人 1

文字数 3,017文字

 銀髪の女――イリスは自己紹介を済ませると、傍らで周囲を警戒する男を手招きした。男はイリスの隣に立つと、鋭い視線でクライヴの顔を見据える。まるで睨まれているとさえ思えるような目つきに、クライヴの背筋がすっと伸びた。
 それに構わないのか気づかないのか、イリスはにこやかに隣の男を指さした。
「んでこっちが……ん? その子、ちょっと」
 クライヴに体を支えられたまま、メルリアはぐったりと頭を垂れたままだ。
 イリスはしゃがみこむと、彼女の後頭部を支え、顎を上に持ち上げた。その顔を見るなり、目を丸くする。
「あー……メルリアだ。気絶してるけど」
「気絶……?」
 苦しげな表情のまま、メルリアは目を閉じている。魔獣を見て気絶する人間の顔はだいたいこうだ。イリスは苦笑した。
 クライヴはメルリアが気絶していた事に気づいていなかった。クライヴがメルリアの体を突き飛ばした瞬間から意識はなかったのだが、クライヴもそこまで気を回しているほど余裕はなかったし、てっきり怖くて声が出ないのだとばかり思っていたからだ。
 道理で全く動かなかったわけだ。クライヴは一人納得する。
「はは、あたし、自分で嘘ついてんの……」
 イリスは顎と後頭部に置いた手をゆっくりと離した。
 昨日、二度目は助けられないと言ったばかりなのに、その二度目を作ってしまった。まあ、あの時の言葉は、変なやつに絡まれた時って意味だからいいか――イリスは一つ息を吐いてから立ち上がった。
「知り合いか?」
「ほら、昨夜言ったでしょ? クロが仕事してる間に会った子。ドがつくほどお人好しだけど、反応とかちみっこくて面白かったわよ」
「意味が分からん……」
 にこにこと笑うイリスに、男はやれやれと腕を組んだ。
 クライヴは、そんな二人の様子をただただ感心して見つめていた。先ほどまで、あんな凶暴な魔獣と戦っていたとは思えない。
 愕然と見つめるクライヴの視線に気づいたイリスは、ああ、と話を戻す。再びクロードを指さした。
「で、これが相棒の――」
「クロード。クロード・ノルデ」
 イリスの言葉を遮り、クロードは淡々と自分の名前を告げる。クライヴを見る鋭い視線は変わらなかった。何か言いたいことがあるんだろうか。その視線にいたたまれず、会釈の代わりに苦笑を浮かべる。
「あたし達、外国の人間だけど、ヴェルディグリ支部の組合から正式に依頼を受けた魔術士よ。身元は保障するわ」
 イリスは懐から金色のメダルがはめ込まれた赤い手帳を取り出した。それは、ダラレック魔術士組合に所属する組合員に支給される身分証だ。メダルには、ルーフス国の所属を表す獅子のエンブレムが刻まれている。
 クライヴの視線がそちらに向いたことを確認してから、イリスは中に挟んだ紙に仕事の報告をメモした。何年、何月何日、天候、場所、依頼内容、倒した魔獣の特徴、倒し方、被害の数――。日付と場所の記載を雑に済ませ、魔獣の内容と被害を手早くまとめた。
「……」
 イリスがペンを走らせる傍らで、クロードはなおクライヴに鋭い視線を向けている。
 睨まれている? いや、警戒されている? クライヴが相手の表情を伺うが、彼はこちらをじっと見つめたまま視線を動かさなかった。それは目が合ってたところで変わらない。クライヴは視線を逸らすと、落ち着かないと肩をゆっくりと回す。肩甲骨の辺りが鈍く痛んだ。あれだけ体を打ったんだ、明日体のどこが痛くても驚かないでいよう。
 クライヴが己の体の痛みに気を向けていると、パタン、と紙と空気がぶつかる音がした。イリスが手帳を大げさに閉じた音だった。
「んで、クロ? どうかした?」
 イリスは手帳を懐にしまうと、しかめっ面を続けるクロードに声をかけた。その声に視線は動かすが、顔はクライヴに向いたままだ。彼は眼鏡をかけ直すと、疑るようにクライヴに問う。
「お前は何だ?」
「は……?」
 突然の問いに、クライヴは頭が真っ白になる。返す言葉が見つからなかった。まだ名乗っていなかったが、この男はそんなことを聞きたいわけではないだろう。
「お前、魔力は全くないようだが、本当にないのか? 特殊な魔術や魔法で隠している? さっきのあれはなんだ?」
「何、を……」
「何言ってんの?」
 探りを入れるように疑いをかけるクロードの言葉に、思わず声を荒らげてしまいそうになった。が、クライヴの言葉は、イリスに遮られる。彼女は何度か瞬きを繰り返した。怒るでも困惑するでもなく、うまく聞こえなかったから聞き返す、というような声のトーンだった。
「お前から、明らかに人ではあり得ない変化が見て取れた」
 とぼけたようなイリスの声には動じず、クロードの眉間にはますます皺が寄るばかりだった。
「なん……だよ、それ。意味分かんねぇ……」
 つい最近聞いた医者の言葉を思い出し、クライヴの顔がかっと熱くなる。しかし全身の痛みと疲れのせいで、怒る気力は残っていなかった。肩に寄りかかったままのメルリアに視線を向ける。しなやかな髪の房が、太陽の光を反射する。その様子に目を細めた。
 そんな中、イリスは二人の顔を交互に見る。何度か頷いてから、口を開いた。
「この人……ええと、名前は?」
 明らかに名乗る流れではない時に名前を聞かれ、クライヴは一瞬言葉が詰まる。
「クライヴ。……クライヴ・ローウェル」
「そ、クライヴね」
 呆気にとられながらも、自身の名前をフルネームで伝えると、イリスはまた頷いた。わざとらしく咳払いをしてから、イリスは切り出す。
「クロくらい多識なら、クライヴが嘘ついてない事くらい分かるでしょ?」
「意識しているしていないに拘らず、こいつが無害であると保証はできない」
 クロードは、イリスの言葉を否定しなかったが、己の主張も決して曲げなかった。
 クライヴは疲れていた。無礼なことを言われていると分かっているが、もう何も言葉が出てこなかった。何を言っても無駄だと思ったし、それに反論するだけの気力がないのだ。
「そうね」
 イリスはクロードに拳を突き出す。その拳から人差し指だけが伸び、一の数字を表した。
「じゃ、あたし達より詳しい人に判断してもらえばいい。年の功に頼るの」
 クロードは眉を上げ、明らかに驚いたといった表情をした。それを見て、イリスは満足げに笑う。
「魔獣のなんかがメルリアに影響を及ぼしていたら困るわけだし、その辺りも解決するでしょ?」
 クロードは否定も肯定もせずに言い淀む。それを否定でないと受け取ったイリスはその指を動かし、行くべき先の道へ指を指し示した。そこは、看板に私有地と記されている森の奥だ。
 イリスは改めてクライヴに向き直る。
「あんたもメルリアも、ちゃんと治療してもらわないと。案内するわ」
 イリスは手荷物を全てクロードに押しつける。クライヴの傍で腰を下ろすと、ぐったりと気絶するメルリアを背負った。体のシルエットは年相応の女性――どちらかといえば痩せ型であるが、女性一人を表情一つ変えず背負えるのは、相当鍛えている証拠だ。頭の働かないクライヴでも、それくらいは判った。
「どこへ行くんだ? この近く、宿酒場なんてあったか?」
 痛む体中に鞭を打つような痛みを感じながらも、クライヴは立ち上がる。普段通りとは行かないが、歩くことならできそうだ。土に汚れた服を払う余裕はない。
「いいえ。この先にあるのは魔女の村よ」
 イリスは再び森の奥を指差すと、ニッと怪しい笑みを浮かべた。
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登場人物紹介

◆登場人物一覧

┗並びは初登場順です。

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メルリア・ベル


17歳。

お人好し。困っている人は放っておけない。

祖母との叶わなかった約束を果たすため、ヴィリディアンを旅することになる。

フィリス・コールズ


16歳。

曖昧な事が嫌いで無駄を嫌う。
シーバの街で、両親と共に「みさきの家」という飲食店を経営している。

クライヴ・ローウェル


22歳。

真面目。お人好しその2。

理由あって旅をしており、メルリアとよく会う。

ネフリティス


27歳(人間換算)

都市に工房を持つエルフの錬金術師。

多少ずぼらでサバサバしている。

イリス・ゾラ


21歳。

隣国ルーフスの魔術師。闇属性。

曲がったことが嫌い。

リタ・ランズ


16歳(人間換算)

魔女の村ミスルトーで暮らしているエルフ。
アラキナのストッパー兼村一番のしっかり者。

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