第92話 ゲノム・細胞を透明化する技術開発 上田泰己

文字数 2,746文字

ゲノムとはGENOM「遺伝子情報の全体、総体」を意味する。2000年から2010年にかけてゲノム解析が進んだことで、概日時計研究のような分子と細胞の関係解明がだいぶ進んだ。ゲノムという分子のカタログが分かる事で、それらが集まっている生命の基本単位である細胞の性質の解明にだいぶ近づけるようになった。
細胞の集合体である私たち脳や体のような更に複雑な対象、言わば「私たちそのもの」をどうやって理解していったらよいのか。
私たちの体の中には数十兆個の細 胞があり、それらの細胞がネットワークを作っている。その一つ一つの細胞の中には、2万数千個以上もの遺伝子、あるいは遺伝子産物にとって作られた分子のネットワークの存在があります。
複雑な個体レベルの現象の解明をするには、脳全体、体全体を見渡してすべての細胞を解析する技術が必要です。個体レベルの現象は、細胞レベルの現象と比べてより複雑なため、多くの仮説を検証することとが不可欠です。仮説の検証のためハツカネズミを使うことが多い。20日間ほど妊娠期間で出産し、2ヵ月ぐらいで次の子孫残せる。つまり3ヵ月で1世代。ゲノム改変動物として実験に使用できるまでに5~6世代の経験を経る必要がある。1~2年の期間がかかる。
目標1、脳や体に含まれるすべての細胞を解析する技術を作り上げ、「細胞カタログ」を作る。目標2、個体レベルでの仮説を3ヵ月程度で終了できる技術「次世代遺伝学」を作る。2010年取り組み始め、それが進み、個体レベルでの現象の解明がすすめる素地ができた。
 同じころ始めた睡眠研究は、その技術開発の恩恵を受ける事になった。その結果、レム睡眠に欠かせない遺伝子やノンレム睡眠の制御に重要な遺伝子を発見できた。
〇細胞のカタログ作りー全身の細胞の数はいくつか?
脳全体を捉える全細胞解析技術を開発するプロジェクトに取り組み始めた。細胞は、350年前、顕微鏡で観察し、修道院の小部屋が並んでいるような構造を見付けて「セル(cell)(細胞)と名付けられた。体重30gのマウスでも、1gあたり10億個ほどの細胞があるだろうと考えられています。私たちは細胞のカタログを作ってみようと考えた。
〇細胞を透明にする技術
 細胞を見分けるため、まず細胞の透明化技術の開発が必要でした。2016年には、睡眠に対するカルシウムの働きを実証するために、透明化技術を応用しました。物が透明にならない二つの理由。①物の中を光が真直ぐ通らない。物の中に様々な物質があり、光が通るスピードが物により異なり、光が曲がる。見たい物(タンパク質や核酸)の中を光が通る際スピードが遅い。見たい物質以外の脂質や骨は取り除く化学処理をする。水の中に光が通るスピードを遅くするものを溶かしこみ、核酸やタンパク質の中を光が通るスピードに近づける。物の中を光がまっすぐ通るようにして物を透明にしていきます。②物に色がついていて光が吸収されてしまう。髪の毛や血の色のもとであるヘモグロビンは光を吸収。色素を取り除けば光が吸収されず、体の奥まで届く。透き通ると蛍光物質を使いマークしながら観察できる。特定の波長の光を使い深部まで観察できる。細胞を透明化する技術は100年前から取り組まれている。現代化学も発達、一つの物質を1匹のマウスで試すことなく、組織をペースト状に小分けして使えば多種類の化合物を効率的にテストできることを見付けた。それにより1600種類化合物を系統的に調べることが出来た。透明化の目的に合致した優れた化合物が分かり、どんな化合物の構造であれば、脂質、色素、骨を取り除いて光の吸収率や屈折率をうまくコントロールして観察できるかの道筋が出来た。
〇世界に広まった透明化技術
 2014年、「アミノアルコール」を使った場合に高度な透明化が可能である事を発見し、マウスの脳を透明にすることが出来た。アミノアルコールが生体組織を温存しながら血液の色も抜けることが偶然見つかった。血液を含む肝臓や心臓、膵臓にも透明化技術が応用でき、大学でマウスの全身の透明化に挑戦し、世界で初めてこれを実現した。
日本の解剖学がやって来たのは1774年、杉田玄白らが「ターヘル・アナトミア」を「解体新書」としてオランダ語から翻訳した時である。私たちが作り上げた透明化技術は「CUBIC(キュービック)」と名付けられ2014年に国際誌で発表された。
〇骨やヒトの臓器の透明化も
2018年骨の透明化もできた。透明化技術で光を奥底まで届けることが、透明化の化学処理の際に、組織全体を染色することも可能です。染色すると細胞の状態をつぶさに観察することができる。ヒトはマウスとほぼ同じ体の仕組みをもっているので、マウスの透明化試薬がそのまま使えそう。実際やるとそううまくはいきません。ヒト組織は脂質が多く、試薬がそのまま使えない。次の段階として、ヒト組織で再び1600の化合物を試した。ヒトの心臓、肝臓、脾臓、腎臓、肺といった組織の数センチのブロックを透明にできるようになった。ヒト臓器のブロックの透明化が可能になり、次はヒトの腎臓、脳丸ごとの透明化と、そこに含まれるすべての組織を観察するという道筋が視野に入ってきます。
〇世代をまたがない次世代の遺伝学
 「細胞のカタログを作る」ことに加えて、もう一つの研究の前に立ちはだかったのは、時間スケールが長くなるという難点でした。ハツカネズミの哺乳類での実験は時間がかかる。遺伝学においては「交配」をすることが重要、遺伝学はそれを前提にした学問です。交配しないような遺伝学は可能なのか。睡眠研究を前進に重要課題であり、実現しなければならない技術です。マウスを交配することなく一世代の内に遺伝子を「ノックアウト(消去)」する技術を2016年に開発。短期間に「ノックイン(挿入)」する技術を2017年んい私たちは開発しました。遺伝子を一度に破壊でき、実験スピードは100倍以上上がった。
もう一つ私たちjは睡眠測定装置も作った。寝息のパターンを使って動物を傷つけず測定する技術を2016年に作り出した。マウスの睡眠データーを大規模に収集できる設備は、世界最大の睡眠施設となっています。
〇「難しさ」を分解して研究をすすめる
 科学探求の前に分厚い壁があり、次々に難しさが出現する。研究の困難さは「難しさを分解する」にあるのではないかと私は思う。なぜこの問題はまだ解かれていないのか、根本から問題を解く必要がある。私たちは遺伝学の常識とされるところに立ち返り、問いを突き詰めながら、問題の難しさを分解して新たな研究手法を開発する道を選びました。これによって睡眠研究はぐんと前にすすむことになります。。

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