第88話 ドライブで距離を延ばす エッセイ

文字数 4,060文字

五十年も前に運転免許をとり、自家用車を利用している。車社会は人々の行動を高速化し、便利な移動手段として大きく貢献。現代では欠かせないものとなっている。半面、交通事故、騒音、排ガスによる自然破壊など大きな社会問題も発生させる。
自分の行きたい所へ素早く、タイムリーに、自由に行き来できることは、人々の心を満足させる。公共交通機関利用と比較すると、個人の人生の手持ち時間を増やしてくれる。生きている時間は貴重で、かつ短い。節約した時間を有効に使える。しかし、車を使うことが当たり前になり、有り難みがなくなり、増えた時間を無駄に消費しているのかもしれない。
私は、十年前にプリウスというトヨタ車を買った。走るという車の機能は確立しているが、便利さや効率化は進化を続けている。「ハイブリッド」は組み合わせるという意味らしいが、ガソリンプラスタイヤの回転の自家発電し電気モーターを組み合わせた物であるらしい。電気で動くとき、音も無く静かに近付くのには脅かされる。排気ガスも少ない。おまけにガソリンだけの使用と比べ燃料費が三分の一は少なく経費節約になっている。
十年間、ガソリン代も節約できた、買い替え時期がきたので乗り換えた。アクアというコンパクトなカーである。トランクの部分が短くなり、車体が短く、私には運転しやすい。それに付属機能が進化しているのには驚く。テレビニュースで、しばしば高齢者の交通事故が報道される。体力、脳力の衰えた高齢者は車を運転すべきでないと推奨する。ブレーキとアクセルの踏み間違いで、車を店に突っ込み破壊し人をケガさせる。
私も八十歳を過ぎ、友人が免許を返上したという自慢げな話を聞く。「自転車で近くのスーパーへ行くのもいいものだ」と。妻も「高齢者だから免許返上したら」と再三、責める。私はまだまだ、ボケてないし、体は老いてはきたが正常であると、過信している。夜だけは、鳥目になった気がして運転しないことにした。昼間は明るく周囲の状況も明確に判断でき、ドライブに不安は感じない。
今度の新車は、急発進防止機能が付いてアクセルを急に踏んだら車は止まる。1m前に障害物があれば、緊急停止する。バックする時も便利。指示すれば、自動で白線の駐車位置に止めてくれる。高速路では、八十キロで自動運転ができる。が、これだけは、まだ自信がないので実施していない。なんと高齢者にとり便利な車になったことかと感心する。
車を買って一年点検で、トヨペットに診て貰った。営業マンは「走行距離が短いので、この分だと充電バッテリーを早く取り替えなければなりません」と忠告する。「偶には長距離を走れ」ということらしい。確かに私の毎日は、自宅と実家を往復する六キロ程度しか走ってない。
この際、「長距離ドライブでどこかに遊びに行ってみよう」と思った。妻に相談すると、「大分の国東半島に行って見たい」という。「目的も定めず、行き当たりばったりの気楽な日帰り旅をしよう」ということなった。ナビを国東市にある大分空港に設定した。八幡インターから高速道路で九州道を経て、東九州自動道を突っ走る。信号もなく、快適に車を飛ばす。一車線通行のローカルな最近貫通した高速道路には、途中に休憩するサービスエリアが少ない。二時間くらい運転を続け大分空港に着いた。飛行機が一機だけ止まっている。三階にレストランがあり、昼食をとる。見た目は旨そうなメニューだったが、それ程でもない料理だった。展望台から眺めると海が見え、沿岸海域を埋め立てて造られ、四十年の歴史がある。大分・東京のあいだを年間乗客も150万人と活躍しているようだ。
「財前直美」という女優が、十七年前から、子育てで大分杵築市に田舎暮らしで両親と息子四人で住んでいる。時々、テレビで「財前家の暮らしの彩彩」に登場する。東京で女優業がある時は、大分空港から東京に行き、女優業を今も続けているという。田舎暮らしと、都会で仕事。羨ましい限りだ。素晴らしい生き方を実行されていると思った。
国道213号線が、国東半島の海添いを周遊するので、この道をゆったりとドライブすることにした。「国東道の駅」があるので車を停めた。「バイスクルステーション」の建物があり、ドアーを開け中に入った。多分公共施設なのだろうか、客はいないし、係員もいない。真っ直ぐ歩くと全面ガラスで外の景色が見える。ドアーから外に出た。松の木が等間隔に植わっており、その先に浜辺が見える。階段を降りていくと左右は海水浴場だろう、砂浜が続き、海の中に防波堤の石が所々に積んである。のんびりした眺めである。天気の良い五月下旬。ここでのんびり海を眺め打ち寄せる波の音を聞く。騒がしい日々の生活から、心が解き放され、大らかな気分になる。遠くで中年夫婦が岩に座って海を眺めていた。元の建物に戻ると外に長椅子が置いてある。二人で座り、松林と海を眺めた。コーヒーでも飲もうと、中の自販機で缶コーヒーを買った。
小さな女の子が外に出てきた。室内から「あまり遠くへ行かないで」とママが声をかけた。女の子を見ながら、妻が問いかけてみた。「小学生なの?」「ちがう。保育園」という。「それじゃー何歳?」「五歳」はきはきと答え、可愛い。「こども保育園の5年」と言う。老夫婦に親しみを覚えてくれたのか、「そこからジャンプするから、見ていて」と言う。「わかった」。彼女は走って行き振りむくと、三十センチの台からジャンプした。「お上手」と老夫婦は手を叩いた。用事の済んだママが外に出てきて、我々に笑顔で会釈した。「ママ、あそこにアイスがあるから、買って」とねだり、引いて隣の店の方へ行った。小さな子と話をする機会がない孫無し夫婦は、余所の子どもが孫にみえた。ほのぼのとした出会いが、旅の徒然を慰めてくれた。
 道の駅から暫く走ると「弥生のむら 六キロ」の看板が目についた。この先の「国見」へ行く前に、一寸脇道だが、寄ってみようということになった。弥生時代は紀元前300年から紀元300年までである。弥生式住居は、復元されたものが色々な地域で見かける。「安国寺集落」が発見され、国の遺跡として保存されている。周囲千坪位の平地を、棒杭を立て、他から侵入を防ぐ体制になっている。広い敷地の北の端が山際で、円形二階建ての記念館が設立されている。発掘された土器や農機具など、この土地の歴史状況が表示され、ビデオでの説明もあり、なかなか興味を惹かせる施設である。
この地域に弥生の人々が住み生活を営んでいたのだ、「現存する地元の人で、弥生人の末裔の人はいるのだろうかと疑問に思う。いるはずだ、彼らがいるから我々はこの世に生まれてきた」。二千年前の此処はこんなふうだったのだ。人は生きて居る間は、自分を意識するが、死んでしまえばゼロになる。宇宙彼方へ行くのか、地面に土になるのか分らない。楽しく生きることが良いのではないかと思う。
丸太を建物の二階入り口に立てかけ登り部屋に入る。丸太を渡した床に、竹を置き、藁を敷く。屋根や横壁は薄の茎で覆われている。雨風を避け、楽しい我が家だったのだろう。一階は地面で壁もない。そこで作業をしていたという。原始生活の基本が想像できる。弥生の住居なら私の先祖も、キッと自作したに違いない。弥生人が、現在の我々の生活環境を見ると、肝を潰すほど驚くに違いない。十棟の二階式弥生住居があった。勾玉つくりに実習指導もあるようで、中学生が学習していた。いい施設である。
次に国見の高校サッカーが有名なので行ってみようと思った。が、妻が弥生むらのビデオで宇佐八幡宮のこともでて、また「熊野磨崖仏」の映像もでていた。「宇佐には何回か行ったけれど、磨崖仏はみたことがない」というので、国見は次回にして、国東半島の突端に行かず中部豊後高田の方へ車を向けることにした。
熊野磨崖仏は切り立った岩山の壁面にノミで仏様を彫ってある。写真で見るより実物を見る方が、数段も迫力があり、記憶の印象に鮮やかに残るはずである。
車を停め入場料を払い、事務所の杖をかり、階段を上る。階段は百段あると表示してある。降りてくるご婦人が、ここにはこの金剛杖が絶対必要と石ころの急坂の話してくれた。階段を百段上っても、目的地へ着かない。木の椅子があるので休憩する。跡から来た女性が、「百段って書いて在ったけど、まだまだ先じゃないどうなっているの」と夫に話し書けていた。「意外とだらしないじゃない日頃と違って」とか夫は答えながら、我々を抜いていった。コンクリの階段がなくなり。ゴロ石を積み重ねた上りにくい状況である。杖を付きよろけながら一歩一歩上る。鬼が積上げた伝説のある自然石を乱積みした石段を上る。
岸のような大岩に、仏さまの顔と胴が彫り削ってある。1300年前のものだという。右側に「大日如来像」である、頭の螺髪を丁寧に掘ってある。目は半眼、切れ長で、拝みたくなる慈愛ある表情に、私の心は安らいでくる。左側には「不動明王央像」である、大きな目玉と大鼻に「への字の口」をして、右手に剣らしき縦の線が掘ってある。五メートルほどの高さ、掘るのは相当日数を要しただろう。更に石ゴロ段を50段登ると熊野神社の社が有り、泊まり込んだ小屋がある。平地から、登ってくるだけで、時間が掛るだろう。杉の木が綺麗に枝打ちされ、涼しい中を降りていった。
午後三時、ここでのんびり観光は終り、高速で帰ることにした。東九州道は途中サービスエリアもなく、北九州近くの今川サービスエリアのコンビニでアイスクリームを食べた。疲れた体に甘味が優しく癒やしてくれるようだ。
片道二時間のドライブが終り、中間市に戻った。和食処「いではら」で3600円の和食コースを食べた。手の込んだ日本料理は、見た目の味も最高である。自宅も近いし、生ビールと熱燗の日本酒を飲んだ。妻が返りを運転してくれるという。最高のドライブであった。今度は、唐津の先のまでドライブしようと話し合った。 

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