第9話 蜜柑 芥川

文字数 616文字

□横須賀発の二等客車に乗っていた。云いようのない疲労と倦怠が雪雲の空のようにどんよりした陰を落としていた。発車の笛が鳴る頃13歳の小娘が乗ってきた。髪はひっつめ銀杏返し、垢じみた萌葱色の襟巻きをし、風呂敷荷物を抱いている。三等切符を持ち、下品な顔立ちを私は好まない。トンネルに入る前、小娘が汽車の窓を開けた。黒いすすだらけの煙がはいり、私は息もつけないほど咳き込んだ。トンネルを抜けると踏切の柵の向こうに、頬の赤い3人の男の子が居た。小娘は窓から半身乗りだし、日の色に染まった蜜柑を5,6個投げた。見送りに来た弟たちへの労に報いた。瞬くまもなく通り過ぎた。私の心は切なくこの光景が焼き付いた。得体の知れない朗な心持ちが湧いてきた。疲労と倦怠と、不可解な下等な、退屈な人生を僅かに忘れた。
※人生は不可解は分かる。下等で退屈なものかどうかは人の考えによるだろう。主人公は著者自身のことだろうか、小娘は奉公に出るのだろう。貧乏は多くの人も同じだ。一部の金持ちが優雅に暮し下々は搾取され貧乏な暮しをする。疲労と倦怠を説明出来ない程、不健康な状態だったのだろうか。鋭い頭脳を持っていると、他の人間は馬鹿に見えるのだろう。垢じみた衣類を着て、アカギレの手をした下品な小娘は嫌い。小娘は綺麗な服を着て、暖かいところで住みたいのだろうけれど自分の力ではどうしようもない。弟たちに鮮やかな蜜柑を投げてやることに、心が明るくなった。それは良かった。
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