第38話 初盆 神社物語 エッセイ

文字数 2,422文字

 お盆は八月十三から十五日までである。昨年の八月十六日以降に亡くなられた人は、翌年に初盆として故人を家に向かえる。僧侶に初盆の供養をしてもらい、故人が彼岸から実家に戻って来るのに、自分の住んでいた家が分かるように、玄関に盆提灯を飾る。仕来りを守らない人が多くなったが、ちゃんと先祖を守る人は盆提灯を出す。神社前に住む徳永さんが亡くなったのは、昨年の区の回覧板で知った。葬儀は身内でされたのだろうが、若し盆の時期、提灯が軒にぶら下がっていたら、家にお邪魔し仏壇に線香を上げさせてもらおうと心掛けていた。
 今年の春ぐらいから、高齢の奥さんは体が悪く、老人ホームに入居されているらしい。徳永家は、誰も住んでいる気配がなくなった。初盆の行事は、子どさんがこちらに来られて、手配をされているのだろうか?
 神社の前を散歩し、徳永さんの家の前を通った。庭の方から玄関を覗くと提灯が軒から下がっていた。路上に車が一台の車が停めてある。車庫は一台しか停められない。この近辺は、パトカーが巡回し、駐車違反をよく取り締まる。以前だと、坂下にあるイオンの駐車場を利用するのだが、イオンが工事中で止める場所が無く、近くに有料駐車場もない。
「太賀神社の駐車場があるから、そこに停めさせてもらったらいいのに」と連れが言った。
「故徳永さんは、氏子ではないのだが、荒れた神社の落葉掃除をされていた。初盆の行事のことだし、止めさせてもらってもいいはず」と私も同じ意見だ。
「神社駐車場のとなりの住居の人に掛け合ってみよう」連れは、顔見知りではないが、その家の玄関を開け、「すみません。突然ですが」と言い
「斜め向かいの徳永さんが初盆なので、車を留めさせてもらってもいいでしょうか」と掛け合う
「さあ。神社の駐車場ですから、関係者以外は駄目なのではないですか」と冷たい対応。いつか私が鳥居修理で、チェーンを外し、車を留めていると、玄関から出て来た中年の娘が
「終わったら、ちゃんとチェーンの鍵をかけておいてね」と偉そうな口調でいう。一瞬あっけにとられた。私は神社のために、ボランティアで修理をしているのだ。道具を積む乗用車を境内に停めているだけのことだ。少し腹立たしかったが、何も言わなかった。
「貴方の家は管理人でも氏子でもない。ただ隣接しているだけなのに」といえば、こちらの気が晴れるだろうが喧嘩になる。オヤジさんは区長をしていて、私が鳥居修理をしているのを見て、
「良い心がけですね。隣組会の時に報告しておきます」と言っていた。数年前、亡くなった。
未亡人は、駐車場に止めては良いとは言わない。二軒向こうの徳永さんの盆行事だとわかっているだろうに。独断では「うん。大丈夫でしょう」とは言わない。しかし、この家は多少、神主との付合いはあるような振る舞いをする。連れはもうひと押し、粘ってみた。
「それでは、私が神主さんに電話しますので、番号を教えて頂だけませんか」とさらりと言った。「連れは、すごいな!」自分の為ではなく、他人の為に面倒くさいことを交渉している。
「電話はーと。言いますね」と、側にあった電話帳を捜して言うので、連れはスマホを出し、電話番号をいれた。
「太賀神社をいつも掃除されていた徳永さんの初盆があるのですが、駐車場に車止めてもいいですか」と、妻が状況を説明すると、神主の佐野さんは
「どうぞ、そういうことならお使いください」と、すぐに快諾してくれた。未亡人も納得顔をした。未亡人も悪い人ではないなと思った。
 私は駐車場のチェーンの鍵を、くるくる回して外した。徳永さんの家の玄関に行き、来意を告げた。六十才位の女性は長女の方で、この家に高校生の頃引っ越しして来て、就職後は別の所に住み、その後、結婚し、北九州市内に居るという。
「神社の駐車場を使ってもいいと、神主さんに許可を貰いました。この辺は警察が駐車違反を厳しく取り締まりますので、利用した方がいいですよ。チェーンは外しましたので」と連れは、状況説明した。
「明日、初盆の御参りに来させてもらいます」と名前を告げ、玄関をでた。
翌朝、喪服に着替え、香典をもって、徳永さんの仏壇にお参りした。
「昨夜は有難うございました。車を駐車させてもらい助かりました。こんなに地域の方が親切だとは思いもしませんでした。父は無口な人だったのですが、初盆に地域の人が大勢来て頂いて、びっくりしました。」と感謝の言葉をとうとうと語って頂いた。近所付き合いが、都会化し希薄になっている。「他人の内情には拘わらない冷たい地域だと、高校生の頃は信じていました。しかし、今回の初盆で、地域の皆さんは心は温かい人が多いことが分かりました」という。この土地に住んでいないし、近所の状況も分からず、戸惑っていたのを、我々は助けてくれたということらしい。「良いことしたのかな。おせっかいではなかっただろうか」と連れは心配した。
 後日、徳永さんの娘さんがお菓子を持って、我が家に来られた。
「本当に助かりました。当面あの家は、誰も住んでいないのですが、そのままの状態で、我々が時々来て管理する予定です」と話された。
盆行事も済んだ九月のある日、夫婦で散歩して神社前を通った。頭にタオルを巻いた松本さんが、箒を持っていた。「どうもご苦労さんです」と我々は軽く頭をさげた。となりに居る連れが私に耳打ちした「箒代として千円をあげてもいいかしら」と、「いいじゃない」と応える。松本さんの前に行き「どうもいつも、お掃除ご苦労様です。これ少しですけど、箒でも買ってください」と手渡しした。「いえ。いけません」といってお金をかえした。「そう言わずに」と連れは、松本さんの服のポケットにお札をねじ込んだ。
松本さんはぴょこんと頭を下げた。そして家へ戻って行き、酒をぶらさげてきて私に手渡そうとする。「主人は糖尿病なものでお酒は飲めません。どうか、お気遣いなさらずに」というと、納得してくれた。
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