第29話 良い友は西瓜をくれる エッセイ

文字数 3,452文字

定年退職後に就職した商工会で知り合った本田さんと花田さんが友達である。二人の苗字に田が付くので、二田、私は村が付くので二田村会と名付け、偶に一杯やる。商工会を辞めても、気が合う三人で三月に一回くらい、居酒屋で焼き肉を食べ、生ビールで乾杯する。
日常生活から脱却した空間を、三人で楽しむ。身辺雑事を夫々話しては、「ほー!それは面白いね」と相づちを打つ。人の悪口などは、聞いたことがない。店で女店員などが料理をもって来ると「お嬢さん。綺麗だね」と、初対面の人に対しても、物怖じしないで話しかけるのが、花田さん。といっても強引ではない。相手もお世辞を言ってくれ嬉しそうに対応してくれる。
私より頭が良いのも、気に入っている。お互い株式の話しで盛り上がる。へそくりを元にして、短期に売り買いして、小銭を儲け、それを積み立て、増やしていくやり方だ。最近は百株単位で一株千円だと、十万円で松井証券のネット売買ができる。毎日新聞をよく読み、態勢を、よく把握し理解しているようである。株が下がり、原因を尋ねると、「新聞ではこういうこれが原因だろう」と、的確な回答をする。間違って居ても、彼が言うと説得力がある。地元の人にも、信頼されているのだろう。偉そうぶらないのが良い。
二田村会の食事場所は、本田さんがテリトリー遠賀町の飲食店を撰んで、色々な店を回る。二次会は、暗い夜道を歩いて、飲み屋に行く。「あら。いらっしゃい。今夜も三人さんお揃いで」と愛想良く、カウンターの向こうで、「むっちゃん」がお絞りを渡す。「いつもの焼酎割でいいのよね」割り勘で店にリザーブしている。むっちゃんも高齢者である。永年店をやっているようで、顔も口も辛口だが、人を包み込む優しさがある。はっきり物をいい。人おじしない性格で、駄洒落にも素早く対応する。頭の回転が速いのだろう。儲けよりも、会話を楽しむ感じである。カラオケを手際よく歌わせ、デュエットでというと卒なくこなす。 
お客が七人も座れば満員で、交替で歌う。本田さんは遠賀町で知り合いが多く、別の客が挨拶する。昔は営業職をこなしていただけに、堂々と押し出しもよく、愛想もよい.最近は白髪交じりの鼻鬚をはやし似合っている。森進一の「おふくろさんよ」をだみ声を真似し、下からグーと上に行き、バイブをかけて腹から声をだす。迫力があり、他の人も喜び拍手する。
私も演歌を歌うが、まあ人並みである。花田さんも財布からメモ紙をだして、自分の持ち歌を歌う。「星影のワルツ」を歌い、若かりし頃、波津海岸を女友達と歩き、泣いて別れた話をする。我々も、その昔話しを何回も聴いて、面白がる。最近、コロナのせいで、もう二年も居酒屋へ行っていない。電話をして、近況を報告することはある。
十五年もの付き合いだから、色々なことがあった。本田さんは、人生でガンに三回も侵されている。九年前肺がんになり、入院して半分の肺を切除した。花田さんと一緒に御見舞いに行った。意外と元気で、奥さんが、付き添いで本を読んでいた。
本田さんは、意志強固なのか、弱音を吐かない。「昔、大腸がんになり、手術をした。切ったり繋いだりして、私の腹の中の臓器はぐちゃぐちゃにつながっている。」という。三年前、肝臓がんになった。その時は、内臓のつながりが複雑だから手術できないと判断され、佐賀の重粒子線治療をすることになった。
石膏で腹部の形取りをし、粒子線を充てる時動かないよう、固定穴から照射するらしい。スマホで、背中の傷を見せてもらった。コップの飲み口のような輪の傷跡があり、そこから照射する。経過良好で退院し、また元気に動き回っている。
その後の二田村会では、彼は酒を飲まず、カラオケを陽気に歌った。精神的に強いのか、三度のガンにも畏れない。今度ガンになったら、手術せず自然に任せるという。暫く会わなかったので、本田さんの声が聞きたくなった。電話すると、相変わらずの元気な声で「こんにちは、元気にしてますか」という。「今は柿畑の手入れをしています。暑いので、朝早くやり午前中には終わりです」という。「また午後から電話します」という、なにか用事があるようだ。
午後三時頃、彼から電話があった「今、遠賀町に来ているのですが、いますか」と聞く、私は「どうぞ遊びにきてください」と言った。「では、二十分後に行きます」と電話を切った。私は、隠居部屋を急いで片づけた。週に一度は掃除機を掛け、便所掃除までする。実家が誰も居なくなったので、親から相続し老後の遊び場とさせてもらっている。誰が来ても、気兼ねすることもない環境である。
ピンポンがなり、本田さんが元気そうに表れた。白い半ズボンをはいて、アロハシャツ姿で白鼻ひげも似合う。大きなスイカを下げて来た。「おみやげ」と段ボール箱を置いた。彼は毎年、柿が出来たら持ってきてくれる。徒然草では「物をくれる友だちは、良い友だちだ」と吉田兼好は書いている。そのとおりである。私は上げる物はないが、帰りに、出した茶菓子を袋に入れて渡すと、受け取ってくれた。値段がつりあわないと思いながら。
冷コーヒーを飲みながら、身辺雑事を語り合う。本田さんが「アナグマの話はしましたっけ」と言う。「いえ、聞いていませんが」というと、語りだした。彼は農家を相続した。農業はやっていないようだが広い果樹園を手入れしている。家は、二階建の立派な住宅である。農機具を収めた納屋も別棟にある。
「天井裏に最近物音がするのに気付いた」一階と二階の間にも空間があり、中は狭くて覗けない。専門の業者に見てもらうことにした。業者が来て、天井に潜り、家の周りを調査した。アナグマが住んでいる。仏壇の上で物音がするので、大音響でラジオを鳴らすも効き目がなかった。見積を貰って、駆除をお願いした。狭い隙間に入り込み、薬剤を掛けながら子供五匹を捕まえた。親は逃げて行った。夕方子供が気になるのだろう、親グマが天井に入り込み、ごそごそ動き回る。
一週間後、ようやく捕獲でき、親を金網の中に確保した。本田さんはスマホで
見せ、大きなアナグマが金網の中で歯を剥いて怒っている。獰猛な動物で噛みつくという。業者が云うには、駆除してもまた、天井に入るでしょう。近くに林もあり野獣のすみかが一杯ある。壁のすき間を通じて一・二階を行き来し、天井裏を走り回る。糞を一個所に集中して便所をつくる性癖があるとも言う。
納戸の布団の後が臭いので、開けると奥にアナグマの糞が山のようにあった。全部引っ張り出し、布団の何組も廃棄場へ捨てに行った。天井裏も防御工事を行い。屋根瓦もかみ砕き侵入するので、屋根も一部修理した。「大変な目に会いましたよ」という「費用いくらかかったと思います」と問う。「さあ。三万円ですか」と答えると。片手を広げ、指を五本立てた。「すると五万円もしたのですか」と私は驚いた。「いいえ。五十万円払いました」「え!金持ち!」と声が出なかった。業者を行政機関に紹介して貰ったという。
「この業界は同業者が窓口になり、どこへ見積をとっても、同じような金額なのです。そんな大金はかからんはずです。穴グマ騒動で家族中、悩まされていた。漸く、我が家にも平和が戻って来ました」という。彼がトイレに行ったところで、私は隣の応接間に行った。
この部屋で、一人寂しく、音楽の練習をしている。ギターコードを弾き、歌謡曲をがなる。マイク設備は、カラオケ好きだった親父が残してくれていた。
コロナが三年も続き、歌謡小会が出来なく寂しくなった。二人の持ち歌を聞き出し、音楽の師匠に音符と歌詞の作成を依頼し、ギターの弾き方も教わった。もう二年以上も準備に費やした。部屋に戻って来た本田さんに、「歌謡曲でも歌いましょうか、私がギター伴奏するので」と持ち掛けると「やりましょう」と即座にOKした。私は伴奏をズンチャ・ズンチャと弾き、本田さんはマイク片手に、曲に乗り歌ってくれる。自分一人だと、飽きるが、他人が加わると、雰囲気が盛り上がる。五曲を歌い、楽しく過ごした。
家に帰って、妻に本田さんの西瓜を見せるとびっくり、八キロもあった。仏様に備えた後、少しずつ、カットしガラスの容器に入れ、冷蔵庫に保管してくれる。朝、寝起きは頭がボーとしている。小さくカットした西瓜を頬張る。冷たく甘い果実、サクッとした噛みごたえ、「本田さん、ありがとう。」と感謝しながら食べる。一週間以上、楽しめた大きな美味しい西瓜。また、来年も食べたいな。

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