第81話 インドで考えたこと 堀田善衛

文字数 415文字

虚無。これをわれわれの生活に根差した、リアリティを持つ日本語に云いなおすなら、無常、諸行無常の感というようなことになり、われわれの無常感がいのちに対する優情にみちたものであることは、私にもいくらか分かっている、けれどもそれは恐らく歴史を否定し、人間のつみかさねて来た歴史を、「歴史」としてでなく、そのときどきの人間をとりまいて不気味な黒光りを発する、単一の、単色の背景と化してしまうようなものである。われわれの伝統文学のもつ基礎的なリアリティは、「歴史」に根差すのではなくて、恐らく後者から発していると思われる。歴史とは、虚無との人間との戦いである、と私は理解している。
何千年の遺跡遺物が、いくらごろごろしていても、それは、それだけでは歴史でもなんでもありはしないのである。それは、ただそれが重々しく存在しているというだけのことである。
サルトルの英訳「存在と虚無」の中の一節を思い出した。「即自存在は永遠に余計なものである」云々。
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