第85話 西方の人 芥川龍之介

文字数 474文字

解説 海老井英次
芥川龍之介は昭和二(一九二七)年七月二四日未明に、睡眠薬自殺した。書き残した遺書の一つ「或る旧友へ送る手記」の最後に、「付記」として自らの高等学校時代を振り返って、次のように記している。
 僕はエムペドクレスの伝を読み、自ら神としたい欲望のいかに古いものかを感じた。僕の手記は意識している限り、みずから神としないものである。いや、みづから大凡下の一人としているものである。君はあの菩提樹の下に「エトナのエムペドクレス」を論じ合った二十年前を覚えているであろう。僕はあの時代にはみづから神にしたい一人だった。
 この「みづから神にしたい一人」の青年が、「みづから神としないもの」、むしろ「大凡下の一人」と自認するにいたるまでの歩みが、小説家としての芥川の生涯に他ならなかったのであり、ここに芥川という作家を理解する上での的確なスタンスが示されていると言うことが出来よう。最晩年の彼は自らを「阿呆」とした「或る阿呆の一生」で自身の生涯を総括するとともに、「神」になった男イエスキリストへの関心を「西方の人」という形でまとめ上げたのであった。
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